モータル子爵の使い2
22 モータル子爵の使い2
おじさん……アローズ男爵が厳しい表情でギルバートとエリーを見ながら言葉を続けた。
「貴族社会には貴族社会の伝統と規範というものがある。お前たちのやり方はそれらに唾を吐くものだ」
アローズ男爵の謝罪に虚を突かれた形で、一瞬、声が出せなかったが、話の内容はむしろ予想通りとも言える。
ギルバートが自分の両親を見ると、父親も首を横に振っているし、母親は辛そうに少しうつむいていた。
……残念だが、こっちも予想通りの反応だ
ギルバートは少し申し訳なさそうに両親と、アローズ男爵を見て、そしてエリーの顔を見る。
エリーは無言で頷いた。この展開は、森で話し合った想定の内であり、二人の覚悟は決まっていたからだ。
「分かりました。では、父上、オレを直ちに廃嫡してフォルダー家から除名してください。そしてアローズ男爵、申し訳ないけどお嬢さんは頂きます。と言うかもうすでに、彼女はオレの妻ですので」
「ギル、そんな勝手は通らんぞ!」
アローズ男爵が憤怒の表情で立ち上がる。
「勝手も何もないでしょう、おじさん。エリーの話、聞いてました?もう国に登録して来たんです。すでにオレ達は国が認めたに夫婦なんですよ」
ギルバートもエリーと一緒に立ち上がる。
「アローズ家の当主として認めん!ご領主様に異議を申し立てて取り消して頂く!」
「おじさんに認めてもらえないのは残念ですけど、誰が何と言おうとオレはエリーを……」
『主殿!』
ギルバートがアローズ男爵と話しをしているなかで、一瞬だけレイング男爵から視線が逸れた。
まさにその一瞬、アローズ男爵の横に座っていたレイング男爵が瞬時に床を蹴り、ギルバートに向って水が流れるように淀みのない動作で、曲剣の抜き打ちを敢行した。
……いや、抜き打ちをしようとして、曲剣を半ばまで抜いた状態で窮屈そうな姿勢で固まり、ブルブルと震えていた。
多少、反応が遅れたが、ケルのおかげで、ギルは危なげなくレイング男爵の身体を曲剣ごと、魔法の腕で握り締めていた。
レイング男爵は今にも中身が出てしまいそうな苦し気な表情で、大量の脂汗を流している。
「……アローズ男爵、これは殺人未遂の現行犯と言えますね。あなたの指示ですか?」
「なっ……わ、私は指示など……!」
「おじさん、レイング男爵が剣を振りぬいていたら、下手をすればオレだけでなく、エリーも無事では済まなかったのでは?」
「……っ!」
そうしている間も、ギルバートが魔法の腕による圧迫を一切緩めなかったため、レイング男爵は、ついに白目をむいて泡を吹いた。
ギルバートは魔法の腕で彼をソファーに戻すと、エリーを誘導して応接間の出口へ向かう。
「その人は、オレに殺されても文句は言えないと思いますけど……置いていきます。おじさんの良識ある対応を期待してます。あと、一応、忠告しますけど、その人を普通に解放すると、恩に着るどころか、多分、おじさん達やうちの両親の口を封じに来ると思いますよ。エリーの為にも、そうなって欲しくないとは思ってます」
そう言いながら部屋を出ると、レイング男爵の連れてきた使用人が短剣で突いて来たが、今度はギルバートも警戒していたので、短剣ごとレイング男爵の使用人を握り締め、廊下の奥の壁に放り投げた。
「ドンッ!……グシャッ!」
レイング男爵の使用人は巨大な何かにぶち当たって飛ばされたかのように水平に飛び、壁にぶつかって床に落ち、動かなくなった。
レイング男爵の時も、彼の使用人の時も、魔法の腕で防御できればギルバートも、もう少し穏便に対応出来たのだが、今は練習不足で攻撃しかできないようなので、どちらの場合もスピード勝負と化してしまい、握り具合の手加減が全く出来なかった。
なお、最後は特に放り投げる必要はなかったが、イラッとしてムカッときたので、つい反射的にぶん投げてしまった。
……まあ、死んではいないだろう。死んだとしても、先に殺そうとしたのは向こうだし、しょうがない。
ギルバートは振り返り、最後の声をかけた。
「……じゃあ、父さん、母さん、おじさんたちも、お元気で」
瞠目し、顎が外れないのが不思議なほど大きく口を開いたフォルダー男爵とアローズ男爵、その家族たちに最後に二人で一礼すると、ギルバートとエリーはアローズ家の玄関から出て、ふわりと浮き上がった。
「ごめんエリー、結局こうなった」
「しょうがないわ。ギルだけのせいじゃないもの」
「落ち着けるまで、ちょっと大変で忙しいかもしれないけど……」
「望むところだわ!」
ギルバートとエリーは、手を繋いだままだんだん高く飛び上がり、そのまま何処へか飛び去って行ったのだった。
☆
……わたし、うまくやったかしら?
エリザベスはギルに手を取られて空へと舞い上がりながら、内心では必死で、さっきまでの自分を思い起こしていた。
事前の話し合いでは、ギルが代表でしゃべる事になっていたし、余計な事は言わなかった。
突然、何故か戦いが起こってしまったが、わたしは全然平気ですよ?っていう顔をしていたはずだ。
……それより……
それより、エリザベスが気になったのはギルが初めてエリザベスの事を「妻」と呼んだ時の事だ。
出来るだけ何でもない顔を心がけた筈、だが、エリザベスには全く自信がなかった。
……思い出すだけで……
……うひゃあぁあああああっ!
……ギルが、わたしの事を「オレの妻」って……
……オレの……
……ギルのものなんだわ……
……きゃあぁああああああぁっ♪
エリザベスは件のギルの言葉を何度も脳内で再生したせいで、全力疾走をした直後みたいに真っ赤な顔になって、結構な量の汗をかいてしまった。
おかげでつないだ手の手汗で、ギルに速攻で異変に気づかれてしまった。
「エリー!?大丈夫!?顔が真っ赤だ!もしかして、どこか怪我してた!?」
「え、ええ?……あ、あの、えっと、ち、違うから。平気。平気だからっ!」
「でも、汗だってすごく……我慢してるんじゃ……!?」
「ほ、本当!本当に平気なの!お願い。信じてっ!」
その後、ギルが疑うのをやめてくれるまで、しばらくかかったのだった。
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本日、1話目。3話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「モータル子爵」
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