アローズ家
13 アローズ家
クレイブ・アローズ男爵はうだつの上がらない、領地をもたない宮廷貴族だった。
王宮ではなく、田舎領地であるグレイヴァル領の、領都グレイヴァルにある領主の城で、雇われの下級文官として薄給を享受する身だが、特に不満もなく、日々を平穏に過ごしていた。
貴族同士の付き合いなど、金がかかる上に面倒で、上司にどうしてもと言われない限りは常に欠席を決め込んでいる。
それならば、貴族を辞めて平民になれば良い、と言う者もいるだろうが、既にいい歳であり、手に職もなく、惰性で貴族の末席にギリギリ引っかかっているような状態のクレイブには、貴族を辞めて生きる術はなかった。
昼過ぎ、クレイブがいつもの仕事を終えて帰宅しようと、下級文官が詰める小さな仕事場を出た、ちょうどその時。
「ああ、アローズ男爵、丁度よかった。すれ違いになるところでした」
クレイブは自分に話しかけてきた相手をみて、内心、大いに顔をしかめたが、もちろん表の表情には出さなかった。
「これは、レイング男爵。あなたもこれからご帰宅ですか」
クレイブはレイング男爵の予定など全く興味はなかったが、さっさと解放されたいので、用向きを告げるよう促した。
だがむしろ、これ以上、話を聞く前に、この場で即座にレイング男爵を始末して、さっさと家に帰りたいと、クレイブは思った。
レイング男爵はクレイブと似たような家格の木っ端文官だが、厄介なことにモータル子爵の腰巾着をしている男だった。
そしてモータル子爵は格下を甚振るのが好きで、金と女と権力と腰巾着が大好きな、実に厄介で貴族らしい貴族だった。
領主から代々、小さいながらも豊かな領地を預かる代官で、領地内では好き勝手していると、もっぱらの噂である。
そしてそういった貴族のご多分に漏れず、モータル子爵の跡取り息子も、子爵に生き写しの様に厄介な無法者として有名だった。
つまり、クレイブが一番関わりたくない人間こそが、モータル子爵だったのだ。
一方のクレイブは使用人も雇えないような、誰もが知る貧乏暮らしで、金ともコネとも無縁だ。
そんなクレイブの唯一の宝はそこそこ美しい妻と娘、それに真面目だけが取り柄の、自分と同じ文官の跡取り息子だけだった。
モータル子爵のような貴族が目をつける可能性があるとすれば、結婚適齢期の娘、エリザベスだけだ。
「いえ、今日はモータル子爵の使いとして参りました」
レイング男爵は獲物を甚振るような、かすかに嗜虐的な目つきでクレイブにそう告げる。
これから、クレイブに起こる事を知っているのだ。クレイブがどうやっても逃げられないことも。
クレイブは油断していた。
モータル子爵のバカ息子が婚約しているのは確認済みだったので、いくつか来ている婚約の打診の中で、一番、娘にとって良い縁を選んでやるつもりで、今まで保留してしまっていたのだ。
「そうそう、詳しい事情は分かりませんが、モータル子爵のご子息のご婚約が、最近、白紙になったとかで子爵もたいそうご心痛のご様子……お労しいことです。アローズ男爵にもその事でご相談などあるのかもしれませんね。ぜひ、お話を聞いてさし上げていただけますか」
クレイブの心を読んだかの様に、レイング男爵が言った。
「いや、残念だがバスーラまで赴く時間は……」
「いえいえ。子爵はここ、グレイヴァルのご自身の屋敷に滞在中ですので。ええ、ええ♪」
レイング男爵が目を細め、舌なめずりをするかのように、猫なで声でクレイブを制止する。
「さあさあ、表に馬車を待たせてあります♪」
レイング男爵にうながされ、クレイブは無言でついて歩く。その足取りは果てしなく重かった。
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本日、2話目、ラストです。
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次回予定「失踪」
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