その後の事3
128 その後の事3
「……という感じになりました」
「なりました、ってギルバート……」
グレイヴァル領の領主である、シャルロット・グレイヴァル女伯爵は、お気に入りの温室でギルバートの話を聞いて、嘆息した。
もちろん、彼女自身がギルバートを焚き付けた自覚はあるし、他人事のように言う気はないのだが、まさか、一人で王宮まで突貫してしまうとは。
シャルロットとしては、ギルバートがゼクストフィール王国の大貴族五家の内、三家の念書を取れば戻ってくると思っていた。
その後、シャルロットが国王と国中の貴族に働きかけ、「ギルバート保護法」とでも言うべき特別法を成立させるつもりだったのだ。
「シャルロット様のお知恵のおかげで、割と全て上手くいったと思います。ありがとうございました」
ギルバートはそう言って頭を下げるが、シャルロットとしては、特に何もしていない。
せいぜい、シルバートゥースの動向に目を光らせ、街門の警備強化、街中の警戒強化を命じたくらいだ。
懸念していたシルバートゥースの後釜を巡る争いなども、水面下はともかく、表立っては特に目立った動きはない。
ある意味、ギルバートの悪名はグレイヴァル中に轟き、連中も鳴りを潜めているようだった。
その上、あの内容の公布が広まれば、ギルバートがグレイヴァルに居ると誰もが考える。暫くの間、静かで安全になるかもしれない。……逆に賑やかになる可能性もあるが。
「……まあ、全て上手くいったようで良かったとは思うが……」
シャルロットは、何とも言えず、曖昧に言葉を濁した。
「……それはそうと、ギルバート、また言葉が固いようだ。もう少し砕けた感じで頼むよ」
「そうでした。つい」
ギルバートが屈託なく笑う。そんな笑顔を見れば、まだ少年らしさを残している、とシャルロットは感じた。
「これでおそらく本当に、落ち着くことが出来るだろう。今後はもっと気楽に訪ねてくれ」
暇を請うたギルバートに対し、シャルトットはそう言って笑いかけた。
「ありがとうございます。いつも良くして頂いて感謝してます。次はエリーも連れて来ます」
「うん、それが良い」
ギルバートは頭を下げると、ごく自然に空へと舞い上がる。その所作は、何処か優美さすら感じさせた。
……すっかり「魔法使い」が板についた
シャルロットは、ギルバートが見えなくなるまで、その場で見送ったのだった。
☆
グレイヴァルの街の上空を飛び越えながら、ギルバートは初めて買った我が家を見た。
暫く戻っていないし、隠れ家の方に家具を色々入れてしまったので、もうあまり戻らないかもしれないな、と思うと少し勿体ない気もした。
だが、すぐにその考えは頭から消え、ギルバートの頭は夕食の事でいっぱいになった。
ギルバート達は昨日の王城突入前に森で朝食を摂って以来、丸一日以上、飲まず食わずでの戦いだったのだ。
帰ってくる途中で魔獣を狩って、エリーに預けてある。帰ったら美味しいエリーのご飯を食べる。今はそれしか考えられない。
ギルバートは全速力でグレイヴァルの森の上空を飛んだ。
もちろん「認識阻害」の魔法は常に発動しているし、「警報」の魔法具もまだ交換時期ではないので、警戒は万全だ。
隠れ家に帰り着いたギルバートは、塔の三階層の開いた窓に飛び込んだ。
「ただいま!」
「おかえり~♪」
『戻ったな。さすがに今日ばかりは待ちくたびれたぞ!』
ケルがケルらしからぬ気迫で、エリーが食卓に並べる肉を見ている。
「悪い悪い。じゃあ早速、頂こう」
「そうね!」
『うむ!』
そこからは暫く、無言で肉に齧り付く三人だった。
「……へぇ?じゃ、結局シャルロット様にも言わなかったの?」
「うん」
ギルバートは迷ったが、結局、ケルとエリーの魔法の事はシャルロットにも言わなかった。
エリーによれば、既にビスマルクス宰相には、エリーが魔法使いである事がバレているらしいが、だからといって自ら広める必要もない。魔法使いであることを他人に知られても、良い事など何もないのは、ギルバートが一番よく知っているからだ。
「……にしても、エリーは、良く、ビスマルクス宰相に、「水」の魔法が、効くって、分かったね?」
大分お腹は満足したが、ギルバートはまだ残っている肉を頬張り、もぐもぐと口を動かしながら聞いた。
エリーもまだ肉をもぐもぐしながら、その時考えていた事を話した。
「ビスマルクス宰相が、何で最初から出てこなかったのかを考えてね。何かのせいで出られなかったのが、途中で出て来れるようになったんじゃないか、と考えてみたの」
ギルバートは興味深く聞きながら、ふんふんと頷き、肉を噛んだ。
「で、それはやっぱりギルかケルの魔法だろうと思って、途中からケルが忙しくなって使えなくなった魔法といえば『雷』かなって思ってね」
ギルバートとケルが注目する中、エリーが自分の考えを嬉しそうに説明する。魔法でギルバートとケルに注目されるのが嬉しいらしい。
嬉しそうに話すエリーを見ると、ギルバートも嬉しくなる。
……エリーが無事で本当によかった
ギルバートはホッと息を吐いた。
「……てことは、『水』も効くかなー?って思ったの」
結局エリーは、特に確信はなかったようだが、それでもしっかり正解を導きだすのは流石だ。そして、残りはケルが解説してくれた。
『切羽詰まった状況で正解を導き、即行動出来たのは素晴らしかったぞ、エリーよ』
ケルに褒められ、エリーは少し顔を赤くしている。すごく可愛い。
『宰相が持っていたのは「反魔法」の魔法石だ。自らに対する魔法の効果を完全に打ち消す強力かつ希少な魔法だ。この魔法の弱点は、魔法の効果自体は打ち消すが、魔法が生み出したり操ったりした物質に対しては何の効果も無い事だ。つまり、エリーの読み通り、某の「雷」の魔法は「雷」を発生させて操るので、「反魔法」の魔法では防げなかったという事だな。同じ理屈でエリーの「水」の魔法の操る「水」も防げなかったわけだ』
ギルバートは成る程、と頷いた。
あの瞬間は何故魔法が効かないのか、という謎で頭が真っ白だったが、考えてみれば、謎と言う程の謎ではなかった。
エリーはエリーで、「『反魔法』と言っても意外と色々効きそうね?」と首を傾げた。
『エリーよ、「念動」や「重力視」の魔法などは全く効果がないし、「催眠」や「混乱」、「毒化」や「麻痺」、「弱化」の魔法なども無効化出来る強力な魔法なのだぞ?』
ケルは何故か少し傷ついたような顔をして、そう言った。
そう言えば、ケルは昔、王国貴族によって集って魔法石を盗られたんだった。多分、と言うか確実にあの「反魔法」の魔法石もケルが持っていた物なのだろう。何か思い入れがあるのかもしれない。
と言うかケルは、今までギルバートには教えなかった、色々危なそうな魔法の名前を、うっかり漏らしてしまっている気がするのだが、良いのだろうか?
まだまだ、色んな魔法があるらしい。まあ、別に危ない魔法が欲しいわけではないし、使い道も特にないが、コレクションとしては手に入るなら手に入れてみたいものだ、とギルバートは思ったのだった。
☆
ちなみにビスマルクス宰相がペンダントにして持っていた魔法石は、金と銀のマーブルに輝く透明な「反魔法」の魔法石の他、「念話」「暗視」「消音」の魔法石だった。
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本日、1話目。3話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「エピローグ3」
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