急転直下
126 急転直下
「……もう諦めなさい」
ビスマルクス宰相はそう言いながら、まっすぐエリザベスの方へやって来た。まるでそこがエリザベス達の急所であると宣言するように。
エリザベスは容赦なく矢を撃ちこんでいくが、ビスマルクス宰相の操る細剣が、それこそ魔法のように閃き、飛来した矢を弾き、逸らし、斬り払う。
そしてついにビスマルクス宰相は、エリザベスとギルとケルの「結界」の魔法の盾の守備範囲内に足を踏み入れた。
にも拘らず、透明な壁に阻まれもせず、反射属性で弾かれもせず、無傷で平然と笑っている。
エリザベスの短い人生で何度目かの絶体絶命の瞬間だった。
だが、ビスマルクス宰相はエリザベスを、ギルを、ケルを即座に斬り捨てようとはしなかった。
「……理解しましたか?あなた達の魔法は私には効きません」
ビスマルクス宰相は、おどける様に肩を竦める。
エリザベスは考える。そんな事があるのだろうか。
確かに事実としてビスマルクス宰相はギルとケルの「結界」の魔法の盾の中に侵入してきているし、二人の攻撃魔法も効いていないようだ。
良く分からないが、そういう効果を持つ魔法を使えるという事だろうか。
「お嬢さんの弓の腕では、私を傷つけることはできません」
確かに、物凄い剣の腕前だった。今もほんの数歩のところに居るビスマルクス宰相に狙いをつけているが、当たる気がしない。
だが、エリザベスは違和感も感じていた。
魔法が通じない上に、これ程の剣の腕前を持つビスマルクス宰相が、なぜ今まで出てこなかったのだろうか。
様子見だったのかもしれないし、単に重臣だからかもしれない。無駄にあがくエリザベス達を嘲笑っていたのかもしれないし、ただの気まぐれだったのかもしれない。
だけど、もしかしたら……もしかしたら「出て来ることが出来なかった」のかもしれない。そして今、「出てくる事が出来るようになった」のだとすれば、その理由は何だろう?
「……にしても、まさかそちらの鳥型魔獣が、かの『大魔法使い』であったとはね」
「!」
「っ!」
そのビスマルクス宰相の言葉に、思わずエリザベスとギルは目を見開いた。
「……おや、やはりそうでしたか」
ビスマルクス宰相はピクリと片眉を上げる。どうやら誘導尋問だったようだ。エリザベスもギルも、手もなく釣られてしまった。
ビスマルクス宰相は、今度はケルを見た。
「……大魔法使いケルケラス様。王宮にお戻りになりませんか?」
『……断る』
「何故です?もはやあなた様に不義を働いた愚王も王女も生存してはおりませんし、現国王は聡明な人格者であらせられます。あなた様を失望させるようなことはございますまい」
『もはや「ケルケラス」などという男は死んだ。王宮には義理も魅力も何もない』
「これは手厳しい」
突然、エリザベスの肩に留まっているケルとビスマルクス宰相が、何やら話?交渉?を始めてしまった。だがおかげで、処刑の執行猶予期間に突入していた。
エリザベスは必死に、ビスマルクス宰相が今まで出て来ることが出来なかった(のかもしれない)理由を考える。
今まで、あまり使ってこなかったと自覚している頭をフル回転させて、考えて、そしてエリザベスは一つの答えに辿りついた。
的外れかもしれない。もしかしたら前提が既に間違っているかもしれない。だが、もし自分の考えが正解であるならば……。
ビスマルクス宰相とケルの交渉(問答?)はまだ続いていたが、そろそろ終わりそうだった。
「……そこまで王国に対する遺恨が根深いとは。残念ながら諦めざるをえませんかな?」
『くどい』
「……ですが、そうなるとケルケラス様はともかく、ギルバートとエリザベスの極刑は免れんでしょうな?」
『ふん。それが貴様等の本性よ。世代が変わっても、その腐れ切った性根は五十年前から何一つ変わっておらぬわ』
「ははは。そう申されましても、貴族として必要な資質でございますから。おお、そういえばケルケラス様は平民のお生まれでしたか」
『某を王宮に戻して何をさせようというのだ』
「おぉ。考えていただけるのですか?それはまことに喜ばしい」
話は終わりそうだが、エリザベスは、ケルが押されているようだと思った。
だが、それよりビスマルクス宰相の注意が、完全にエリザベスから逸れているように感じるのだが、気のせいだろうか?
飛びついたら、「そんな訳は無いであろう?」って感じの誘いの隙だろうか?
だが、これ以上待っても、再びチャンスが来るとは思えない。エリザベスは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
エリザベスは出来るだけ殺気を籠めず、出来るだけ静かに、出来るだけ速やかに弓を引き絞った。そしてビスマルクス宰相に狙いをつけた瞬間。
「……いくらなんでも、それは無理でしょう?」
と、ビスマルクス宰相がエリザベスの方へと振り向いて一歩踏み出した。
その動きに合わせるようにエリザベスは、準備した「水」の魔法の水柱を自分に可能な最大出力でビスマルクス宰相の後方から発動した。
ビスマルクス宰相はそれすらも読んでいたかのように振り返りざま、ステップで華麗に回避したが、エリザベスの狙いは水柱の直撃ではなく包囲だった。
水柱は躱された瞬間、グルンと後方に回り込み、全周囲からビスマルクス宰相に向って迫る。
堪らず、跳躍して上から水柱の包囲を飛び越えようとするビスマルクス宰相。
だがそこはエリザベスが用意した詰み場所だった。
床の上でビスマルクス宰相を包囲していた水柱が膨れ上がって飛び上がり、前後左右上下、全方位から彼を飲み込み、水の檻になったのだ。
大きな水球の中で藻掻き、泳ごうとするビスマルクス宰相だったが、その身体は常に水球の中心部に固定されていた。
……あ、あなたも魔法使い
……だったんですか
ビスマルクス宰相の声がエリザベスの頭の中に届く。ケルとギルを見ても無反応である事から、この「念話」の魔法はビスマルクス宰相が使っているのだと分かった。
……ビスマルクス様、気を失うまでの間に、「念話」で国王陛下に降伏勧告をお願いします。あと、今すぐ「念話」以外の魔法石を出してください
……ハッ
……ハハッ
……容赦が
……ありません、ね
エリザベスは、水球の中で恨めしそうに睨むビスマルクスと目が合い、少しだけ罪悪感を感じた。
だがこれは必要な事であり、ギルにもエリザベス自身にも非は無い、と自分の心に言い聞かせ、その罪悪感を振り払った。
……あなたが気を失った後、国王陛下が降伏されない場合、残念ですが、あなたのお命は此処で失われることになります
……ハハッ
……では
……がんばってみま
……す
ビスマルクス宰相は水球の中で藻掻きながら、濡れて思うようにならない豪華な衣服の首元からペンダントをいくつか取り出して、手放した。
エリザベスはそれらを小さい水球で捕らえて分離し、ペンダントを手元に引き寄せる。
見るとペンダントトップの部分に指輪の爪のような部品で魔法石が保持されていた。ペンダント自体の造りもやたら煌びやかで、いかにも貴族らしい細工だった。
エリザベスが一応、それらを全て自分の首に掛けていると、水球の中でガボガボと空気を吐き出してビスマルクス宰相が足掻き苦しんだ後、プカリと浮いて動かなくなった。
「……や、やめ!皆止めよ!戦いを止めるのだ!この戦い、ゼクストフィール王国の国王として予が降伏を宣言する!早く!早く、ビスマルクスを救い出すのだ!」
その直後、国王の絶叫が轟いたのだった。
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本日、2話目。3話更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。
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次回予定「敗北宣言」
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