竜2
112 竜2
「……ケルが行けると言うから来てみたが、何処が小型なんだ?」
と言うのが、下の階層を覗いてみたギルバートの最初の感想だった。そして衝撃のあまり、全て口から洩れていた。
『ふむ……育ちも育ったり、だな。確かに小型と言うには育ちすぎておる』
などと、ケルは呑気な答えを返して来るが、ギルバートとエリーは、今や顔面蒼白だった。
デカい。とにかくデカい。デカすぎて恐らく、この階層を出ることは出来ないだろう。ダンジョンを破壊して拡張しない限り、あの細い坂を登れそうにない。
腕の太さだけでも人間の平均的成人男子二人分くらいはあったし、爪一本一本が鍛えている騎士の足くらい太かった。
そして頭部は胴体に次いで大きく、ずらりと並んだ牙の一本一本が、やはり鍛えている騎士の腕くらい太かった。
一見したときは目を瞑っており、静かな呼吸音が聞こえていたが、ケルによれば眠っている時の寝息の音はこんなものではないとの事。確実に竜は起きているだろう。
そして、竜の周囲には竜によく似た小型の魔獣が何頭も寝ていた。
こちらはエリーが、大物を見る前に思わず「可愛い」と呟くほどで、小型と言えるサイズだった。
だがそれも大物と比べての話であり、魔獣としては中型以上のサイズがある。
エリーはその後、大物を見て、壁の隅にいくつも転がっている骨の残骸を見た。さすがに可愛いという感想は消えたようだ。
……これは、さすがに出直しだろ?
ギルバートは「念話」の魔法でそう言った。大物のほうの竜は起きているだろうが、あの身体では追ってこられない、だろう。多分。
周囲の小物が起きる前に一度退却して、体勢を立て直して……。
ギルバートがそう考えていると、ケルが首を横に振った。
『ギルよ、気持ちは分かるが大丈夫だ。むしろリンドヴァーン伯爵の護衛兵のほうがよほど強力なのだ』
そう言われても、逆に計画自体が無謀なのではないか、と思えてしまう。
『ギル、まずは結界だ。反射はつけなくてよい』
ギルバートは、頭に疑問符を浮かべながらも、ともかくケルの指示通りに「結界」の魔法を発動し、魔法の盾で三人を覆った。
すると、少し心が軽くなったようで、ホッと息を吐いた。隣を見ると、エリーも胸を撫でおろしている。
『……分かったか?これは竜種の発する「威圧」効果だ。「結界」の魔法であればそういったものも遮断できるのだ』
ギルバートは頷いた。いつの間にか竜の恐怖に呑まれていたらしい。
『良いか、ギル、小型の竜は、魔法使いにとってはそこまで恐るるには足らぬ。奴は中型以上に育ってはおるが、小型の竜種である事に変わりはない。無論、強力ではあるが、某とギルであれば十分勝てる相手だ』
「わ、分かった」
ギルバートが頷くと、次にケルはエリーを見た。
『エリーよ。奴が何か身動きする時、アクションを起こそうとする時、目を狙うのだ。致命的ではないだろうが、相当嫌がって集中力を削ぐことができるだろう』
「う、うん」
エリーも弓をギュッと握り締めて頷く。その顔には緊張と気合が溢れており、冷たい汗が一筋、額から首へと流れ落ちた。
その汗から視線を戻すと、エリーがギルバートをジッと見ていた。そして同じくケルもギルバートを見ている。二人とも、何かを待っているようだ。
そう思ったと同時に、ギルバートは求められている事に気が付いた。
「……よし、じゃあ、皆、打ち合わせ通りでいくよ!?」
二人が無言で頷いた。
「じゃあ、作戦開始!」
ギルバートの号令と共に、三人は細い下り坂を駆け下り、竜の直前まで駆けよった。
同時にギルバートとケルがそれぞれ「結界」の魔法を発動し、半球形の魔法の盾で、三人を上からすっぽりと二重に覆った。
いつの間にか竜の双眸は開かれ、縦長の裂け目のような瞳孔で三人を睥睨していた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
突如、鼓膜が破れるかと言う程の大音声で竜が咆哮し、周囲で寝ていた、竜に似た小型の魔獣達が飛び起きた。
奴らが群がってくる前に、一気に止めを刺そう。ギルバートがそう思った瞬間、横なぎに巨大な何かが飛来し、「パァーーーンッ!!」と激しい破裂音を響かせた。
『ギル!結界だ!』
気が付けば、ギルバートの目の前には竜の巨大な右の掌があり、同じく巨大な爪がズラリと並び、その鋭利な先端が自分の方を向いていた。
ギルバートの「結界」の魔法の盾はいつの間にか消えていた。一瞬の圧力で突き破られ、維持できなかったのだ。
ギルバートは慌ててもう一度、魔法の盾を成型し直す。
『慌てて無理をする事は無い!しっかり魔力を注ぎ、「結界」を維持する!まずはそれからだ!』
「分かった!」
ギルバートは一旦、攻撃を忘れて「結界」の魔法の盾に意識と魔力を集中させていく。
だが、そうはさせじと小型共が一斉に火柱を吐いた。一本一本が火蜥蜴の火柱より遥かに高火力だった。
途端に周囲から吹き付けられる火柱によって視界が奪われ、今や天井付近から睥睨している大物の頭部しか見えないほどだ。
複数の火柱が乱立し、「結界」の魔法の盾に跳ね返されて乱れ飛んでいる。
「結界」の魔法の盾の外は今、まさに灼熱地獄だろう。これでは、普通の冒険者が討伐出来ないはずだ。
ギルバートがそんな事を考えていた時、ケルの念話の声が響く。
『……マズい!このままではダンジョン内の空気が一時的に薄くなる!ギルとエリーには致命的だ!』
珍しくケルの声が焦っている。
ここに来る計画は、ケルの一声によって急遽決まったもので、ケルの昔の記憶に依っている。その記憶では、小物によるこんな攻撃は無かったからだろう。
その時、「ヒュンッ!」と弦音が鳴った。その後さらに続けて「ヒュンッ!ヒュンッ!」と連続で弦音が鳴り響く。
数瞬後、火勢が弱まった。火柱が少なくなっている。見れば小型の魔獣達の何頭かが顔を押さえて蹲って藻掻いていた。その目には透明の矢が突き立っている。
「エリー!」
「任せて!」
エリーは次々と小型の魔獣達の目を射抜いていく。火柱を吐き出す小型の魔獣達が次々といなくなり、視界がクリアになって行った。
だが、そのせいで、いつの間にか大物の視線が、エリーに向けられていたのであった。
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本日、3話目、ラストです。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「竜3」
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