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盛夏の候

106 盛夏の候






 初夏、突如、覇気を漲らせたギルバートは精力的に働き出した。

 

 無論、それまでも頑張ってはいたが、まさに桁違いだった。

 

 どうしてもベッドや机といった類の大型家具は、魔法無しで隠れ家まで運ぶのは難しい。

 

 ならば自作しよう、という事でギルバートはリンドヴァーンとリオーリアの隠れ家用のベッドや机、椅子、棚といった家具を全て、手作りした。

 

 布類や食器などの細々とした日用品の買い出しにも精を出した。一か所で大量に買わないよう、あちこちの街にエリーを連れて行って選んでもらった。

 

 おかげで盛夏の頃には全ての隠れ家に、品質の差はあるものの、生活に必要な家具がそろったのであった。

 

 

 

 時々、様子を見に戻って来ていたケルは、そんなギルバートを見て、片方の翼を器用に使って、グッと親指を立てるようなポーズをして見せるのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……いやぁ~、去年の秋に出て行ったかと思えば、今年の春になって戻って来て、ホッとしていたのに、すぐにまたこれとは……」 

 

 お気に入りの安酒をちびちびと飲みながら、汗を拭きつつそんな愚痴をこぼしたのは、カルバート・フォルダー男爵、ギルバートの父親だった。

  

 自ら「ほぼ平民」を名乗るほどの貧乏男爵の彼には、貴族である事に何の拘りも誇りもない。

 

 手に職がないので惰性で貴族をやっている。ただそれだけだと自覚していた。

 

 そんなカルバート・フォルダー男爵も、息子を助けてやれなかったことは悔やんでいたし、その後、なんとなく和解出来た時にはホッとしていたものだ。

 

「そう思うなら、呑んでないで助けてあげてくださいよ」 

 

 出て行った息子でもやはり、多少の愛情は残っているのか、ギルバートの母親のエミリアが、夫を見ながらそう言った。


「いや、今回は前以上に無理だろう?」


 もちろん、それはエミリアにもわかっている。だが、なぜギルバートばっかりこんな目に、と思うと情けないやら可哀想やらで、泣けてくるのだ。


「そもそも、あなたにもう少し力があれば、こんな事には……」




 そして、フォルダー家は、いつもの無限ループに突入するのであった。




 ☆

 

 

 

 一方、お隣のアローズ家もそれなりに衝撃は受けていた。

 

「いやぁー、エリザベスも大変な男を掴んだものだね」

 

 完全に他人事、というよりむしろ楽しんでいる様子さえ窺えるのは、エリザベスの兄であるクライド・アローズだった。

 

 彼はアローズ家の跡取り息子であり、既に文官として領主の城で働いている。

 

「詰まらない軽口をたたくんじゃない。おかげで我々がどれほど肩身が狭いか、ちょっとは考えろ」


「いやぁ父上、考えてもどうにもならないでしょう?」 

 

 父親のクレイブ・アローズ男爵が窘めても、クライドはどこ吹く風だった。

 

 クレイブ・アローズ男爵は、エリザベスを溺愛していたので、心底、金持ちの婿の選定を遅らせていたことを後悔していた。

 

 そんな二人を見る、エリザベスの母、セリアーナはいつも通り、特に口出しはしなかった。しても無駄だからというのが一番大きな理由だ。

 

 

 

 アローズ家でのギルバートの評価は現在進行形で下がり続けていたのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……何とも目まぐるしい。年寄りにはとてもついて行けないよ」 

 

「あら、伯母さまは常に若々しいですわ!」 

 

 

 領主の館の温室は、夏の間は地中からの冷気や冷水を利用したり、窓を適宜開放するなどして、職人たちがそれなりに快適な温度に保っていた。

 

 ゆえに、夏であってもやはりシャルロット・グレイヴァル女伯爵は愛する温室に一日の大半を費やしていた。

 

 そして今は、姪であるブリュンヒルデとお茶をしている。


 ブリュンヒルデは、シャルロットの年の離れた妹の娘であり、シャルロット自身には子はいない。

 

 そのせいか、シャルロットはブリュンヒルデを実の娘か孫のように可愛がっていた。

  

 実際、姪が懐いて来るから可愛いのか、可愛がるから懐くのか。今となってはもう分からない事だが、いずれにせよ常に仲の良い二人だった。

 

 そんな二人が話題にしているのは、「元」魔法使い伯爵こと、ギルバート・フォルダー・グレイマギウスの事だ。

 

「何がどうしたら王弟殺害の大逆人などと言う事になるのだい?」


「……そこはほら、魔法使いでいらっしゃるもの、通常ではありえない道筋がおありなのでしょう!おほほほほっ」 

 

 さすがに自分でも苦しいと自覚しているブリュンヒルデは豪快に笑ってごまかした。


「はぁ……せめて、事を起こす前に相談してくれたなら、私もそれなりには力になれるのだがねぇ」


 シャルロットは小さく嘆息しながら、絶対他人には聞かせられない言葉を口にした。

 

 それは、シャルロットにも大逆の意思があったと勘繰られてもおかしくない言葉だったが、ブリュンヒルデは意にも介さなかった。


「あら、では伯母さまは、ギルバート様のことを忌避してはいらっしゃいませんのね?」


「まあ、何か事情があったのだろう。私はギルバートのことを無法者だとは思っていない。それに件の公爵の噂はかねがね聞いているからね。おそらく、うちの領でも散々悪さをしていたシルバートゥース絡みだろうよ」


「なるほど、さすが伯母さま、ご賢察ですわ!」


「年寄りをあまり持ち上げるんじゃないよ」


 目を輝かせるブリュンヒルデを見て、シャルロットは思わず苦笑した。




 シャルロットは自分に対して、一心に敬愛の情を示してくる、この姪が可愛くて仕方がないのだった。




 ☆




 ベルファームは、険しい顔の父を見て、小さなため息を吐いた。

 

 

 大港湾都市であり大城塞都市でもある、リンドヴァーン領の領都リンドヴァーン。

 

 その領都リンドヴァーンにある領主の城では、今、一つの重大な問題が持ち上がっていた。


 それは、城の宝物庫からいつの間にか、安置されているはずの宝物が紛失していた事だ。

 

 宝物庫に入れる者は、領主であるコルベルト・リンドヴァーン伯爵を除けば儀典官の長を含めて数名と、腹心の側近であるゼファンのみ。単独で入れる者は領主、儀典官の長、ゼファンの三名だけだ。

 

 今、城内が上を下への大騒ぎになって「いない」のは、ゼファンと儀典官の長に対し、領主が絶大の信頼を寄せているから、というだけではなかった。

 

 一つには、単純に箝口令が敷かれたせいで問題自体が殆ど広まっていない事。

 

 一つには、ゼファンも儀典官の長も、代わりが居ない人材だという事。

 

 そして、最後の一つが、ある容疑者の名が挙がっている事、だった。

 

 無論、容疑者と言っても何の根拠もない話である。

 

 むしろ証拠があるなら、リンドヴァーン伯爵であれば、どうとでも処理出来るので、最初から問題にもならない。

 

 その、最後の一つで挙がっている容疑者こそ、ベルファームのため息の原因だった。

 

 容疑者の名はギルバート・フォルダー・グレイマギウス(元)魔法使い伯爵。

 

 今や国から大逆人として指名手配され、爵位も剥奪されているが、そうなった途端にこんな形で名前が挙げられていることに、ベルファームは逆に、誰かの……下手をすればお父様の陰謀じゃないかしら?と思わずにはいられなかった。

 

 だが、それすらもベルファームにとっては、正直どうでもいい事だった。

 

 ベルファームが真に憂えているのは、彼の妻であるエリザベス・アローズ・グレイマギウスの安否だった。


 

「はぁ……エリザベス様、お元気かしら」

 

 

 

 ベルファームにとって、初めての同性で同年代の友達であるエリザベスの為に、バカみたいな騒動はアレもコレも、さっさと終わらせて欲しいものですわ、と一人嘆息するベルファームであった。



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本日、1話目。2話更新予定です。

楽しんでもらえると嬉しいです。


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次回予定「単独行」

読んでくれて、ありがとうございました♪

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