生存報告
105 生存報告
「……なるほど、大変だったんだねぇ。よく無事で戻れたもんだ」
アンナおばさんが落ち着くのを待って、ギルバートとエリーはおすそ分けの魔獣肉と干からびた植物魔獣を渡し、干からびた植物魔獣については説明した。
そして、これまでのギルバート達のざっくりとした立ち回りを話し、そのせいでアンナおばさんの家も、ギルバート達の立ち回り先として監視されているかも知れない、と告げ、謝罪した。
アンナおばさんはそれについては、笑って一蹴した。
「そんな事は気にする必要は無いよ。理不尽なことに黙っているつもりはないし、やるってんなら、やってやるってもんさ!」
アンナおばさんは腰が抜けた状態でも、威勢のいい啖呵を切った。
ひとまずホッとしたギルバートは、エリート顔を見合わせて笑いあった。
その間、ケルが周囲の警戒がてら、アンナおばさんの家の屋根の上に「警報の魔法具」を設置していた。
この家とギルバート達の実家は意外と近いため、「警報の魔法具」一つで十分、要警戒地点が警報範囲内に収まった。
次に、ギルバートが街の事を聞いてみた。するとアンナおばさんは、苦々し気に話してくれた。
・まず、アドリアーノ公を討伐してすぐ、国中に大々的に、ギルバートとエリーの指名手配は行われたようだ。同時に、爵位剥奪も広く布告されたという。
・それに対し、街の人の声は、推して知るべしと言うべきか、見事な手のひら返し。アンナおばさんは詳しくは教えてくれなかったが、街の名物冒険者だった二人は、今や王弟殺しの大逆人として、散々に悪く言われているらしい。
・冒険者ギルドにも二人に対する捕縛依頼が出され、同時に生死問わずの討伐依頼も出されたと言う。
・一方で、各ギルドはこれからは魔獣肉が手に入らないらしいと気づき、戦々恐々としているらしい。
「……それで、これからどうするんだい?」
「まあ、アンナおばさんにもお見せしたように、姿形は変えられるので、魔獣肉以外の素材を細々と売って行こうかと思ってます」
「肉は売らないのかい?」
「街に入るのに時間がかかるようになりましたし、街中で運搬のために魔法を使えないですからね」
「そうか、そりゃ残念だが、そう言う事なら仕方ないねぇ。まったく、王様も余計な事をしてくれたもんだ」
そう言って、アンナおばさんはため息を吐いた。
「アンナおばさんには時々、お土産として持ってきますよ」
「そりゃありがたいけど、無理しなくていいよ。なんせ、アンタたちは指名手配されてるんだからね」
「もちろん、無理なんてしませんよ。ついでがあれば、です」
「そうかい、楽しみにしてるよ」
アンナおばさんは、そう言うとニヤっと笑った。そして、表情を引き締めると、ギルバートの目を真っすぐに見た。
「……私らは、しがない平民だし、何もできないけどね……」
そこまで言って、アンナおばさんは迷っているように口ごもった。だが、ギルバートが黙って続きを促すと再び口を開いた。
「……アンタたち、いっぺんご領主様に相談してみたらどうだい?」
そう言ったアンナおばさんは、心配そうな顔をしていた。そんな顔をさせているのが申し訳なくなり、ギルバートは即座に否定できなくなった。
「……それは、どうしてですか?」
「うーん、根拠って言えるほどのもんは無いんだけどねぇ……」
アンナおばさんは、まだ言うべきか迷っているようだったが、結局は話してくれた。
「……ほかの貴族の事は分からないけど、ご領主様のことは、昔から見てきたからね。そんな理不尽をお許しになるような人ではないと思うんだよ。匿っていただくとか、そこまでは無理でも、何かしら助けになっていただけるんじゃないかと、思うんだけどねぇ」
暫くして、また「擬態」の魔法をかけなおし、二人はアンナおばさんの家を出た。
「おばさんの話、どう思う?」
「うーん、わたしは殆どご領主様と面識がないからねー」
ギルバートが、ご領主様の件について聞くと、エリーは良く分からないという感じだった。
「オレもたいして面識があるわけではないけどね」
ギルはそう言いながら、シャルロット女伯爵の事を考えていた。
確かに、理不尽な事は言われたことがないし、友達と言ってくれて、その通り、融通を利かせてくれたし、良くしてくれていると思う。
自分達の、昨日今日という程度の友達関係を考えると、そして彼女の地位を考えると破格の待遇を受けていたと思う。
そしてギルバートも、どちらかと言えば、彼女の事は好ましいと思っている。
だが、そうは言っても彼女は高位貴族だ。今の状況で判断するなら圧倒的に敵側の人間だ。それに彼女の周囲の人間はまた話が違う。
アンナおばさんが信頼していると言うのは大きなポイントではあるが、せっかくひとまずのところ、自分達の周囲から五月蠅い監視を引き剥がせたというのに、もしかしたらまた自ら呼び寄せる結果になるかもしれない。
そう考えると、ギルバートは二の足を踏んだ。そしてそれは、アンナおばさんにもシャルロット女伯爵にも失礼な事だと思い、チクリと胸が痛んだ。
結局、ギルバートは決断できないまま、グレイヴァルの街門まで来てしまった。三人はそのままグレイヴァルの街を出ると、森まで歩き、森に入ってからは低空飛行で隠れ家へと帰還した。
隠れ家に戻っても、ギルバートはベッドに横たわって、まだ悩み続けていた。
そんなギルバートのベッドの柱の天辺に、バッサバッサと翼を羽ばたかせてケルがやって来て留まった。
『ギルよ、その件、一旦、某に預けると良い。少し単独で動いてみようと思うのだ。それにギルにはそろそろ、果たすべき重要な任務があろう?そのためには某が居ない時間が非常に好都合であるしな』
「任務?」
『使命と言っても良い』
「……使命?」
ケルはあまりに察しの悪いギルバートに対し、嘆息し、肩を竦める様に翼を広げたた。
『……ギルには待望の願いがあろう?』
ギルバートの待望の願いなど、早くエリーの平和で安全な日常を取り戻したい事くらいだ。それ以外だと……言葉にしづらい願いが一つあるだけだが。
そう思った瞬間、ケルが何を言っているのか、ギルバートは理解し、ゴクリと喉を鳴らした。
『まあ、今日言って、今日すぐに、などとは言わん。某は既にギルという人間を知っておるのでな』
ギルバートはケルを、情けなくも複雑な表情で見た。だが、ケルは構わず続けた。
『まあ、しばらく頑張ってみればよい。数日ごとに様子を見に戻ってくる』
そう言うと、ケルは三階層の窓を開け、飛び立った。
「あれー?ケル、どっか行くの?」
二階層に居たエリーが、その音に気付いて顔を出す。
「あ、うん。何か、考えがあるらしいよ?」
ギルバートは冷や汗をかきつつ、平然を装った。ちょっと声が裏返ってしまったかもしれない。
ただ、幸運にも、隠れ家に戻った時、エリーへの念話は切っていた。常に繋げていると、エリーが居心地の悪い思いをするかもしれない。そう思ったから、休んでいる時は念話を切るようにしていた。その過去の自分の判断にギルバートは拍手喝采を贈りたい気分だった。
……さっきの念話を聞かれてたら、間違いなくエリーはオレより早く察してる
そう思うと、ギルバートはヒヤヒヤした。そうと知りつつ動くなど、ギルバートには出来ないと思った。
だが今は、もし失敗していたら、などという事を考えている時ではない。
ギルバートは雑念を振り払うと、突然訪れた超難関課題の達成の為、すぐに頭を切り替えた。
やがて、ギルバートの頭の中は、エリー一色に塗り潰されていったのであった。
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本日、2話目、ラストです。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「盛夏の候」
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