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1試合目

 大会の本配信ではキャスターとアナリストの2人が会話をしている。

 プロの大会の実況もしている人たちで大会を見ている人なら知らない人はいない。

 残念ながらそんな2人の会話は俺の耳に入ってこない。

 聞こえるのは今にも破裂しそうな心臓の鼓動だけ。

 コーチとして大会に出るのと選手として出るのではこうも違うのか。

 そんな俺のことは露知らず、大会の開始時間へ刻一刻と時は進む。

 

 


「で、もしも敵がいすぎてどこにも行けないってなったら――」


 試合が始まるまでの最終調整。

 今はロコさんが天外さんに軽くコーチングをしている。

 チーム内でも大会独特のどこか重い空気が漂う。

 それでも天外さんは大会慣れしているのかいつも道りの様子を()()()


 ちらりと見たら、本配信の同接が10万人を超えていた。

 それが俺の緊張に拍車をかける。

 今にも吐きそうな気持ち悪さに浮遊感。

 それは時間が経つごとに顕著に表れてくる。


「蓮くん、大丈夫そ?」


 その声だけはスッと耳に入ってきた。


「大丈夫ですよ。生きた心地がしないだけで」


「それは大丈夫って言わないんだよ」


 包容力の権化のような優しく包み込まれるような声。

 俺の推し、最高だな。と、まあ情緒不安定な俺だ。

 

「そんな気負わなくていいよ。どんな結果だろうと今日終わることに変わりはないんだから」


 今度はぐうの音も出ない正論で天外さんに殴られる。

 それでも、2人の言葉は俺を冷静にさせるには十分だった。

 ずっと熱かった頭が冷えていくのを感じる。

 

「いつも通りやったら勝てます。頑張ってきてください」


「よっしゃー勝つぞー」


 ロコさんからの喝に大声で答える天外さん。

 こういう、雰囲気をよくする人がいると勝てるんだろうなと思う。

 それにしても、頑張ってか。

 ロコさんは意識していないだろうが俺の嫌いな言葉が出てきた。

 前回は由香里が「期待しないで待ってる」って言ってくれたっけ。

 つい昨日の事のように思い出す。

 大会本番になって頑張るもくそもないのに。

 頑張るのは大会までの練習期間だろう。

 本番は養えた力を発揮するだけだ。

 これのどこに頑張る要素がある。

 と、今日の俺はいつにも増して悪い癖が出てしまう。




「これ西側から安地入るよ。先入りムーブ」


 天外さんがよく通る声でオーダーを出す。

 俺達の移動は相当速いものでまだ銃声の1つも聞こえない。

 嵐の前の静けさともいうべきか、そんな荒野を駆けていく。

 

 安地の北側、一軒家を舞希と天外さんで取っている。

 そこから少し離れたビルの屋上に俺はいた。

 ロコさんが教えていた俺を最大限使う動きだ。


「まだ周りに敵いないね」


「うん」


 それ以上の会話は無い。

 まあ大会だからと言われればそれまでだが。

 俺はそこにどこか寂しさを覚える。

 そんなことを考えていると小さい銃声が鳴る。

 1つの銃声から成る1キル。

 続けざまに2発。

 流れるキルログにはよく見た名前。


「動いたね」


「暴れてるなぁ」


 今大会のファーストキルはヨンさん。

 ヨンさんは緊張しないのだろうか、と戦場には不釣り合いな思考をする。

 ヨンさんのキルが合図となったのかキルログは止まることを知らない。 

 だが部隊が壊滅したパーティーは少ない。

 ハイドで順位ポイントを稼ぎに来たか。

 

「もう少ししたら、安地外の敵が来るから。倒せるならどんどん倒してね」


 これは俺に向けられた言葉。

 どうやら今戦っているのは安地外の敵らしい。

 安地に入ろうとして接敵したようだ。


 天外さんの予想通り続々と敵が近づいてくる。

 だがどれも勝負を仕掛けるようなものではなくエリアを取るためのようだ。

 俺が牽制で何発か撃つとすぐに逃げていく。

 順位ポイントが大事なので死にたくないようだ。

 練習の時はこんなことは無かった。やはり本番だと良くも悪くもみんな動きが変わる。

 



 8部隊まで減った。

 安地はまだそこそこ広い。

 逃げてハイドしていた人は無慈悲にも狩りつくされてしまった。

 俺達はと言うと最初の安地移動から一歩も動いていない。 

 的確な安地読みに、まるで陽斗とやっている気分になる。


「154の方向、車来た!」


 俺は舞希の報告を聞いてすぐに振り向く。

 

「蓮さんはそっち狙って。舞希ちゃんは逆側見といて」


「「おっけー」」


「お、ハモった」


 そういう事言うんだなあと思う。

 大会のガチモードでも言うときは言うらしい。

 いつもの天外さんが見れて少し安心する。

 って、安心している場合じゃないか。


 俺は近づいてくる車をスコープ越しに見る。

 手が震えて画面が揺れる。

 1発。

 運転手にヘッドショットが入る。

 運転手を失った車は徐々に減速していく。

 冷静に、冷静に。何度も頭の中で反芻する。

 すぅー、はぁー。大きく息を吸って、吐く。

 もう1度スコープを覗き、降りてきた敵を撃つ。

 2ダウン。

 大丈夫、当たる。そう無理やり自分に言い聞かせながら。

 敵がスモークを焚く。

 多分、蘇生をしているのだろう。

 蘇生をするなら1番手のプロだ。

 ダウンしていたのはこのあたりか。

 モク中を適当に(狙って)撃つ。

 ドンピシャだったようだ。


「つっっっっっよ~~~」


「今更でしょ」


「まあ、そうだけど……緊張でパフォーマンス落ちないのかなって」


 俺が落ち着こうとする裏でそんな会話をする。

 正直心臓バクバクで息がしづらい。

 それでも1番手の立場をもらっているんだ。

 緊張だなんだって言ってられないじゃないか。

 

 数分の静寂。物音1つ鳴りはしない。

 最後の安地収縮。残り部隊7。

 

「私たちが先頭でエリア取るよ!蓮さんはギリギリまでそこから狙てって!」


 時間が少ないため早口のオーダーだ。

 それでも、これまでの練習のおかげか将又(はたまた)元の声が聞きやすいからなのか、その声はスッと耳に入る。

 指示通りまだ屋上から敵を狙っているが誰も顔を出さない。

 ヨンさんなら勝負を仕掛けると思ったが当てが外れたか?

 

 俺の居たビルは早々に安地外になり舞希達に合流する。

 敵の位置が分からないので無策に動けない状態が続く。


「適当にグレ投げたら当たらないかな」


「いいね、それのった」


 ぽつりとつぶやいた舞希のそれに天外さんは即答で賛成する。

 

「蓮さん持ってるグレ全部頂戴」


 俺はインベントリを開いて持っているグレネードを全て落とす。

 

「俺は投げなくていいんですか?」


「逃げてくる敵を任せたい」


「りょーかい」


 そういう事なら、と俺はスコープを覗く。

 最終安地の遮蔽の少ない場所だ。

 敵の居る位置は予想がつく。

 舞希と天外さんが岩や木の裏にグレネードを投げ込むとすぐに敵が出てくる。

 この光景、マンホールに殺虫剤を噴出したときに似ているなあなんて思ってしまう。

 そいつらを1匹1匹踏み殺すように。


「ラスト1部隊!ラスト1部隊だよ!」


 天外さんの興奮気味な声が荒野に響く。

 大方、敵の居そうな場所は見たが最後の部隊が見当たらない。

 安地はどんどん小さくなり隠れることもできない。


「もしかしたら地下にいるのかも?」


「あー、ここ地下通路あるんだっけか」


 上から見たマップには映らない地下通路。

 これだけ探して見つからないなら可能性は高い。

 

「どうする?」


「なら俺、バイクで凸ります」


「私もー」


 多分このままだと回復勝負になる。

 ならその前に体力を削っておこうという作戦だ。

 それに回復勝負は3人でするより1人の方が効率がいい。

 俺と舞希は持っている回復を全て預けてバイクに乗る。


「あ、バイクにC4つけていきませんか?」


「はっははは、いいねそれ」


 悪魔の提案に乗るようなそれに2人して悪い笑みを浮かべる。

 前に付けるとばれてしまうので後ろに付ける。

 

 安地外のダメージを食らいながら進んでいく。

 地下通路の直線に出る。丁度安地の所だ。

 そこには1人優雅に立っていた。

 音を聞いていたのかスコープを覗きながら。


 キルログの流れでそこにいるのがヨンさんだと分かる。

 刹那、悟ってしまう。

 あ、これ死ぬなぁ。

 某超次元バスケの赤司さんもこんな感じなのだろうか。

 自分と舞希が2枚抜きされるビジョンが正確に見えた気がした。

 すぐにハンドルを左に切る。

 銃口が少し左に傾いて1発。

 俺はダウンしてバイクから落ちる。

 だが俺が死ぬ分には構わない。

 このままの勢いならバイクはヨンさんの所まで行く。

 そしたらC4でドッカンだ。


 だがその夢は叶わなかった。

 次にヨンさんは舞希ではなくバイクを撃った。

 ドッカーンという銃声よりも大きい、鼓膜を刺激する爆発音。

 

「えっぐいって~~~~~~」


 その爆発はヨンさんまで届かず俺も舞希もダウンしてしまう。

 ダウンしてしまってはC4も起爆できない。

 策をフィジカルで壊すというのはこうやるのかと()()()()()()()



 

 結果、1試合目は2位で終わった。

 キルポイントはマックスまで取っていたがそれはヨンさんも同じ。

 だがそこに大きな差は無くすぐに逆転できるくらいのポイント差だ。


「ほんっとごめん。私が回復のタイミング間違ったから」


「うんん、大丈夫だよ。私たちはボコボコにされたし」


 割と本気でへこんでいる天外さんとどこか遠い目をしている舞希。

 まあ、天外さんのはただのミスなので俺が気にすることではない。

 そもそも俺達がうまくやっていたら勝てた試合だ。

 

「ナイスナイス、2位っすよ。でかいでかい」


 ロコさんが励ますように声のトーンを上げる。

 大丈夫だ。()()調()()()()()()逆転できる可能性はまだある。

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