始まって、いったん最強か、
スマホの時計を見るとスクリムの時間が迫ってきていた。
時刻は7時45分。
スクリムは8時から開始の予定だ。
その後なんやかんやあってちゃんと始まるのは8時15分位になるだろう。
まあとりあえず通話サーバーには入っておくか。
そう思いサーバーを開くと、相も変わらず既に舞希が入っていた。
そして俺がちょうど入ろうとしたタイミングで鳴ったスマホのバイブレーション。
スマホの画面に『ゆきな』とひらがなで出ている。
舞希ではなく雪那と交換した連絡先。
舞希の時とは違いあまり動揺は無かった。
それは単に慣れたからか、それとも――
『もしもし~』
「もしもし~」
俺は雪那の独特なイントネーションを真似て返す。
どことなく声が軽やかだ。
『送った写真見た?』
「送った写真?」
何のことを言っているのだろうと疑問に思いチャットを見返す。
確かに雪那から新しくチャットが来ていた。
そういえばみんなで夏休みの宿題をしている時に通知が来ていたんだった。
すぐに見ようとしたが朱音に邪魔されて見れなかったのだ。
その写真は髪を染めた雪那の鏡越しの自撮りだった。
その明るすぎない赤は顔の白を強調し、首を、鎖骨を生々しく見させる。
『どう?どう?』
テンションの上がった声で俺に感想を急かす。
「めっちゃ可愛いです」
『ッッッ……そうだろうとも、存分に見てくれたまえ』
少し間をおいてから言い出したそれは配信でよく見る照れ隠し。
言われなくても存分に見るつもりだったのが公認になってしまう。
「じゃあこれスマホの壁紙にしてもいいですか」
『いいよ~。あ、でもロック画面にはしないでね。誰かに見られたら恥ずかしいから』
「分かってます」
ロック画面だと誰でも見れるからな。
由香里に見られたと思うと……想像しただけで恐ろしい。
ん?何で今、由香里を引き合いに出したんだ?
『じゃ、またね~』
「あ、はい。また」
そう言って電話は切れる。
また、と言ってももうすぐだろうが。
いや、一緒にしてはいけないか。
俺は見惚れそうな雪那の写真からパソコンの画面に視線を戻す。
「いやー、こんなにプロ多いことある?」
そうぼやくのは天外さん。
スクリムが始まるまでの暇な時間に今日発表された参加者一覧を見ながら雑談をしている。
「まあ、多いというか僕たちのチーム以外全員プロいますね」
・まじか
・こいつもプロと変わらんやん
・ほんとにそう
・天に舞ふ蓮WIN
・頼む勝ってくれ
そうそう、この人はロコさん。
今回の俺らのコーチだ。
こういう大会では競技シーンで活躍しているプロや元プロがコーチになることが多いがこの人は本職がコーチだ。
数々の強豪チームを指南してきて、現在はイラさんたちのコーチをしている。
「でも蓮くんも四捨五入したらプロみたいなもんだし」
「そうっすよ。僕、今の今までプロだと思ってましたし」
「よいしょが過ぎるなあ」
「蓮さんにはここで自信失ってもらったら困るからね。他チームのプロ倒してもらわないといけないんだから」
それはさすがに重荷というやつだ。
正面戦闘で負けるつもりはないがそれでも……
「それにしたって……現世界1位が出てくることありますか?」
「はは、まあ正直びびっちゃうよね」
舞希から乾いた笑いが出る。
そう、今回の大会は現世界1位のヨン・ジウン選手が出る。
さすがに他のプロとは格、というか次元が違う。
まあ、バランスの関係でメンバーはランクの低い人たちで構成されている。
それにしたって、だ。
他のメンバーは『VIVID』所属の韓国人V。
チーム内で言語の壁が無いのは大きいだろう。
それにしても、公式大会の片手間でこちらの大会を荒らさないでほしいものだ。
「でも、蓮くん1回勝ってるよね。ヨンさんに」
「いや、あれほぼまぐれっすよ」
・全員化け物だけど1人だけレベル違うんだよなあ
・さすがに世界1位は話が違う
・バランス大丈夫なの?
・大丈夫な訳あるかい
・何で始まりの村に魔王が来るみたいなことするん?
・ワンチャン魔王よりたち悪いぞ
「勝てない?」
「……100回やって1回勝てたら上出来ですね」
「そんなかぁ」
「私たちには分からないけど同じレベルになるとより顕著に分かるのかな」
天外さんがある意味核心をついたことを言う。
だが、同じレベル、か。
俺はかなりの負けず嫌いだ。
だが考えてみてほしい。
サッカーを始めた少年がテレビに映るプロに負けず嫌いを覚えるだろうか。
答えは否だ。そりゃあそうだろう、負けていないのだから。
少し大げさに言ったがそのくらい違うのだ。
勝負ではない。同じ土俵に立てていない。
勝負を挑むのすら馬鹿らしくなる。
1回撃ち合っただけで絶対に勝てないのだと恐怖心を植え付けられる。
そうなると立ち回りで勝つしかない。
まあ勿論無理だ。無理、絶対に。
立ち回りでフィジカルを超えるというのはかなり緻密なものが求められる。
だがその緻密な作戦は1回の暴力で壊れ、崩壊し、崩れ去る。
それが今の世界で戦う日本のチームの現状だ。
みんな怖いのだ、撃ち合うのが。
そんな恐怖心を抱えたまま勝てるわけがない。
意外と気持ちに左右されるものなのだ、FPSというものは。
そして何よりやばいのはフィジカルだけじゃないという事だ。
ヨンさんはチームのIGLも兼ねていて、その腕も世界トップレベルだ。
IGL枠で1番火力を出してウィンチェスター片手に先陣を切る。
うーん、ほんと、オタクの妄想も加減を知れと思うのだが。と現実逃避したくなる。
そんなこんなでやっと始まったスクリム。
思っていた通りのヨンさん1強……とはならなかった。
「一旦、私たち最強か」
・あれ、なんか思ってたのと違くね?
・何でこんな強いんw
・一旦ね
・とりま初日は1位か
・もうお前が世界1位名のっていいよ
・日本のプロより強くて草ぁ
・こんな大会出てないでプロシーン行けよw
・世界大会出てるレン見てー
予想外の出来事に間抜けた声でつぶやく天外さん。
5試合、今日のスクリムでは俺たちは3回1位を取った。
正直、手ごたえが無さ過ぎて逆にびっくりだ。
「もしかしたら俺要らなかったか?」
コーチのロコさんが教えることが無い、と言う。
まあその後にコーチングするんだけどね。
今もIGLの天外さんにコーチングをしている。
さすが本職といった感じで事細かに、それでも分かりやすく教えている。
どっかの誰かさんとは雲泥の差だ。
あれ?なんだか涙が出てきたぞ?
「でも、なんでこんなに勝てたんだろう」
舞希が全員思っているであろう疑問を口にする。
それにロコさんは理由は何個かありますけど、と答えてくれる。
「1つは、今日が初顔合わせだからだと思います」
「あ~、連携とかそういう話?」
「はい。2つ目は1番手のプロがIGLをしているので火力を出しずらいという事です」
「確かに」
「それに比べてうちらは蓮さんに自由に動いてもらってるから火力が出しやすい訳ね」
「うんうん、のびのびプレイしてる気がする」
「脳死だね」
「は?」
・wwwwwww
・www
・wwwww
・間違っては無い
・脳死でもフィジカルで行けますよと
・結局フィジカルなんだよねえ
天外さんの口から出た言葉に思わず声が出る。
「戦略的脳死ってことか」
「いや、フォローできてませんからね、それ」
舞希さんからフォローになってないフォローをもらう。
まあ、俺がIGLをやっていたらここまで勝てていないというのは事実だ。
俺は頭を使いながら何かをするという事が出来ない。
元々頭の悪い不器用な人間なのだ。
俺達の茶番を終ったのを確認するとまたロコさんが話し始める。
「これが最後の理由ですけど」
そう間を開けて、勿体ぶって話す。
「蓮さんが強すぎるんですよねー」
「そうなんだよねぇ。気づいたら敵、全部倒しちゃってるんだもん」
・えー、出禁です
・出禁w
・あんたが最強だよ
・まーじで強い
・立ち回りのこと考えなくていいから楽だね
・いつも考えて無いよ~ん
・いっつも脳死
「ほんと、舞希ちゃんとは大違いだ」
「はあ~?どんぐりの背比べって言うんだよ、そういうの」
「私はIGLしてるからいいんです~」
天外さんの返しが正論過ぎて舞希は唸る。
「っ、蓮君どう思うよ」
その会話のボールがこっちに来ることがあるのか。
「舞希さんのエリア取りとかめっちゃ助かってるので」
「ほら!やっぱり分かる人には分かるんだよ」
「おい、脳死全肯定オタクやめろや。自我を持て、自我を」
そのセリフいいのか?
多分、天外さんのリスナーにも刺さるぞ。という突っ込みは心の中にしまっておく。
自覚のないオタクほどこういうセリフに嚙みついてくる。
いやだろ、大会前に他配信者のリスナーから嫌われるなんて。
「まあまあ、舞希さんのエリア取りも凄いですし、天外さんのIGLも凄いということで」
凄いな。メンタルコーチもできるのか。
プライドの高い人達の相手をしていると慣れるのだろうか。
まあ俺はその人たち以上にプライドが高いので何とも言えないが。
ロコさんは苦労しているんだなあと憶測で勝手に労う。
そう思うと陽斗や凛も苦労してそうだ。




