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中の人

 沖縄のお土産を手に俺はまた東京に来ていた。

 こんなに早い時間から何でこうも人が多いのだろうか。

 まあ昼夜逆転していない普通の人からするとこれが普通なのだろう。

 田舎民からしたらどんなに人が多くてもまあ東京だし、で済まさられる。


 前に1度だけ来たことのある超高いマンションの前。

 相変わらずデカいし高いし、高級感の塊みたいなところだ。

 マンションのエントランスにあるオートロックを解除してもらうため舞希の部屋の番号を打ち込む。

 

「はい」


 良く配信で聞く声、よりかは少し低い落ち着く声。


「あ、えーと」


 やばい、こういう時なんて言えばいいのだろう。

 急に思考がロックされたように言葉に詰まる。


「ん、オッケーオッケー。今開けるね」


 俺が何か言う前に要件を察してくれる。

 この人は心が読めるのだろうか。

 目の前のドアが開く。

 綺麗に整えられたロビーラウンジを通ってエレベーターに乗る。

 

 さっきまで居た場所が物凄く小さく見える。

 俺の住んでるマンションとは雲泥の差だ。

 まあ比べるものでもないのだろうが。

 インターホンを押すとすぐにドアが開く。


「お疲れー」


 そう言って入りやすいようにドアを押さえてくれる。

 外に出ていないからか前に会った時よりもラフな格好をしている。

 灰色のショートパンツにTシャツ。

 外は暑く、その服装も分かるのだがさすがに目に毒だ。

 ほら、その……薬も過ぎれば毒となるというやつだ。


「どうする?どこか出かける?」


 俺の隣に座った舞希が聞いてくる。

 このソファーかなりデカいのに物理的に距離を詰めてくるので窮屈に感じる。

 暑いんだったら離れた方がいいと思うんですけどね。

 だが案の定というべきかクーラーが付いているため暑さとは無縁だ。


「めっちゃ嫌そうな顔するじゃん」


「だって外暑いですよ」


「やっぱり?外出てないからわかんなかったけど起きた時ですら暑かったからなあ」


「まあクーラーのおかげでここは快適ですけどね」


「ほんと文明進化様様だねえ」


 舞希は俺の太ももに頭をのせてスマホを弄り始める。

 そこで俺の目に入ったものはロック画面にちらりと見えた自分の顔。


「それいつ撮ったんですか?」


「前、家に来た時。私が起きた時、蓮君まだ寝てたから」


「寝てたから、じゃないんですよ。それ配信で映さないでくださいね」


「映さないよ。もし映ったら一緒に炎上してくれる?」


「してくれる、と言うか、します。受動的に」


「まあこうやって家にいること自体火種なんだけどね」


「そうですか?昨日の配信でリアルで会うって言ったとき全然荒れてる様子なかったですけどね」


「そりゃあ外で会うのと家で会うのは違うよ」


「同じなような気がしますけど」


「それが違うんだなあ。家で会うってなるとあれがあるじゃないか」


「あれって?」


「エッチイベント」


「無いです」


 急にバカなことを言い出した。

 エアコンのせいで頭のCPUの温度が下がり過ぎたんじゃないか?

 あまり配信ではこういうとこ言わないのでなんだか新鮮である。


「もしあったら炎上以前に犯罪ですからね」


「そうなんだよなあ」


 そう言いながら寝返りを打つ。


「いいよねえ君たちは。自由にそういう事できてさ」


 それはVtuberとしての本音なのだろう。

 幾ら舞希がガチ恋営業をしていないからってそういう事を考える層は一定数居る。

 そしてガチ恋の自覚のない者も。

 vtuberは恋愛してはいけないという頭の固い馬鹿も当然いる。

 更に幸せになればいいとか言ってお気持ちをツイートする奴。

 そういう奴の言葉はナイフの形はしていないがちゃんと刃はある。

 本当に生きずらい世の中だ。


「でも俺は恋愛してないですよ」


「君はしてなくても君には好意を向けてる人がいるかもよ?」


「えぇ……」


 一通り考えてみたが中々ピンとこない。

 そもそも好意を向けられたこと自体ないのだ。

 そのため俺にはさっぱり分からない。


「私。だって私がそうだもん」


 頭を上げ、こちらを向いて言う。


「……」


「……」


「はぁ?」


 おおよそ自分の声とは思えない間抜けな声が出る。

 え?いや、どういう……は?

 訳が分からない。

 どういうことだ??

 何がどうなってる?

 今ならドッキリと言われても信じる。

 だとしたら演技うまいな。

 いや、そうじゃなくて……


「でもさぁ蓮君の好きっていうのは推しに対してでしょ?――」


 脳の整理ができていないのに舞希は話し続ける。

 今、圧倒的に脳のCPUの冷却性能が足りない。

 7年くらい使い込んだパソコンの様に理解する時間がかかる。


「って、おーい大丈夫かー?」


「大、丈夫、じゃ、ないです」


 理解することに脳を使っているのでうまく話せない。

 

「まあまあ落ち着いて」


 いやあなたのせいだからね?

 声に出せない突っ込みを頭の中でする。

 おしゃれなコップに水を入れてきてくれる。

 俺はそれを一気に喉に通す。

 冷蔵庫に入っていた奴なのか冷たすぎて頭が痛くなる。

 だがそれくらいの刺激がちょうどいいのかもしれない。

 その間舞希は背中をさすってくれる。


「どう?落ち着いた?」


「まあ、少しは」


 幾分かは頭が冷えた。

 だからと言って状況が理解できるかと言ったら違う。


「じゃあ改めて説明するね。私は蓮君が好き」


「はぁ」


「でも蓮君が私に向ける好意は推しに対してのものだってのは知ってる」


「……はぁ」


「それでも気持ちだけは伝えておこうと思って」


「…………はぁ」


「ごめんね大会前にこんなこと言って」


「まあ大丈夫です」


 箇条書きのような説明で分かりやすかったのだが理解はできない。

 ネットで話しただけのしかもリアルでは今回で2回目のガキを好きになるだろうか。

 それよりも、これは告白に対する答えを出した方がいいのだろうか。

 俺は頭の中で箇条書きにされた問題に1つ1つ答えを出す。


「えっと、まず、俺の推しは舞希であって雪那さん(あなた)じゃないです」


「なる、ほど?」


「雪那さんは、なんて言うか……友達?ていう感じがします」


「あー、だから沖縄の時ああ言ってたのか」


「そうですね」


 俺は一呼吸おいてから話し出す。


「後、俺は誰かを好きになったことが無いので友愛と恋愛の好きの違いが分からないです」


「じゃあ私が教えてあげよう」


「何でそんなポジティブなんですか」


 ()()さんは俺の体を持ち上げ足で挟み後ろから抱き着くような格好になる。


「じゃあこれで正真正銘友達同士だねぇ」


「いいんですか?」


「ん?いいのいいの。これからゆっくり進んでいけば」


 俺の頭に後ろから顔をグリグリと埋めてくる。

 体から漂ういい香りに包まれる。


「それより、なんで舞希は呼び捨てなのに、雪那はさん付けなの?」


「なんか呼びなれないって言うか……」


「雪那って呼んでよー」


 後ろから掴まれて体をグラグラと揺らされる。

 やはりどうしても舞希の印象が強いので雪那という呼び方に違和感がある。


「はいはい、お姉ちゃん」


 逃げるようにそう言うと後ろから回された手で頬をグニグニと揉まれる。


「ゆーきーなー」


「……雪那」


「ふふ、よくできましたー」


 ペットの犬をなでるように俺の頭をなでる。


「ネットでは舞希で外ではお姉ちゃん、家では雪那って呼び方いっぱいだね」


「外での姉弟設定いります?」


「え、ほら身バレ対策、的な?」


 それ全く意味ないと思うんだけど。

 

「でもこの関係は秘密にしないとねぇ」


「もし配信で告ったなんて口滑らせたら俺死んじゃいますからね」


「まあそうだねえ。リスナーは怖いからねえ」


 さすがに言葉の重みが違う。

 単純に配信歴の違うもあるだろうがそれよりも身近な人で見てきたのだろう。

 同じ企業って言うだけでも調べれば蟻の巣から出てくる蟻のように夥しい数になる。

 そんなことを考えていると雪那がはぁ、と短くため息を吐く。

 それは疲れた時に出すものではなくそこか安心して一段落ついたようなそんなものだった。


「友達からでも嬉しいなぁ。職業柄、リアルの友達って増えずらいから」


「そうなんですか?凪咲ちゃんとか仲良さそうでしたけど」


「あの子は舞希の友達だよ。私とは知り合い程度」


 雪那は何処か悲しそうな、それでもどこか吹っ切れているような言い方をする。


「Vtuberていう職業は普通の人間の在り方を忘れさせてくるよ」


「まあ、得るものも大きければ失うものも大きいってことです」


「それもさっきまでの話!今はこうして友達ができたわけだし」


 嬉しそうに言葉を躍らせる。

 

「何となく男遊びするVの知り合いの気持ちが分かった気がするよ」


「急に夢壊さないでください」


「そういう夢見る?」


「いえ、全く」


「だと思った」


 まあvtuberってそういうものだ。

 結局、それくらいの年の女性が男の1人もいないとかほぼないだろう。

 それに友達になるきっかけがないだけで出会いならたくさんあるのだろう。

 特に企業勢なら。

 社員にマネージャー、絵師等々色々いる。

 でもそれでいいじゃないか。

 逆に人間らしさがあって。

 人間としての在り方を忘れた者たちの唯一人間である部分だ。


「雪那はそういうのなかったんですか?」


「私の周りの人に男の人いなかったんだもん」


 いやでもね、と話を続ける。


「みんな可愛いんだよ?でもさあやっぱりこう、ちゃんと好きな人がいいじゃん。私は別に女好きじゃないし」


「この時代、配信で言ったら怒られそうですね」


「いいじゃん。配信してないんだから。配信外でくらい人間でいさせてよ」


「まあ、それもそうですね」


 特に頭も使わず会話をしていると俺にも見えるように腕を回してスマホを操作する。

 適当にネットサーフィンをしているようだ。

 見えているのか分からない速度でスクロールしていく。


「蓮君の事、もっと教えてよ」


「質問が抽象的すぎません?」


「ほんと、なんでもいいの。私はこれまでの蓮君を知らなすぎるから」


「まあそういう事なら」


 渋っている感じを出しているが断る理由なんて微塵もない。

 それに雪那の言いたいことも分かる。

 俺は雪那の舞希の部分しか、雪那は俺のlotusの部分しか知らない。

 だから俺は少しづつ語りだす。


 元はネッ友の陽キャの話。

 実は隣に住んでいた友達の話。

 世話焼きの女性の話。

 小悪魔気質な少女の話。

 苦難を背負わせてしまった妹の話。

 血がつながっているだけで他人同然の親の話。

 そして未だ過去の傷に縛られている哀れな少年の話。


 それはかさぶたを無理やり剝ぎ取るかのように。

 痛くて、目を背けたい話。

 それでも雪那の前だとするすると、今まで考えてたことが稚拙な言葉として出てくる。


 一通り話し終えた俺は何度か深呼吸をして息を整える。

 窓の外から見える空はオレンジ色と青色がまるで別世界かの様にくっきりと分かれている。

 それだけでどれだけ長い間話していたのか分かる。

 途中から雪那の手に力が入り俺の腕に細い指が食い込んでくる。

 それはまるでもう離さないと言わんばかりの力だ。


「私が、親愛も、友愛も、恋愛も注ぐから」


 同情でも、憐みでも悲しみでもない。

 俺に与えられなかったものをあげると。

 それだけを言うと段々と腕の力が抜けてくる。


「お腹すいてきたね。何か食べる?」


 雪那はそれ以上は言わず話題を変える。

 そう言われてやっと自分の空腹に気づく。


「なら、雪那が作ったご飯が食べたいです」


「ふふ、任せといて」


 俺の我儘に雪那は快く答えてくれる。

 そして雪那は立ち上がり、後ろの台所に姿を消す。

 このクーラーが効く、涼しい部屋でもまだ、雪那の人肌のぬくもりが残っていた。

 親愛でも、友愛でも、恋愛でもある人肌が。

                       

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