押しとの距離、休息の終わり
ホテルに戻ってくる頃にはには日は高くなっていた。
そのせいで外では多くの人とすれ違う。
それはもちろんホテル内も例外ではない。
見たことのある顔の人と何度もすれ違う。
エレベーターのボタンを押すと待っていたかのようにすぐに開く。
勿論そんなわけはなく中には数人乗っていた。
そんな美男美女の中に拓を見つける。
そのほかの人とは当然話したことは無い。
同じクラスの人もいれば先輩も後輩もいる。
この場面だけを切り取っても人脈の広さが伺える。
直前まで話していたのに俺を見てから口が止まる。
本当に気まずいので気にせず会話を続けてほしいものだ。
そして拓に絶対に話しかけるなという念を送っていたのが功をなしてその人たちとは目を合わせるだけで済んだ。
俺は拓たちと入れ替わりでエレベーターに乗るとFPSで鍛えられた連打力で「閉」ボタンを連打する。
その行動に反して扉はゆっくりと閉まったが誰かと一緒にエレベーターに乗るというバットイベントは回避できた。
「あぁ疲れた~。……それにしても今日の凛――」
何を血迷ったのか。
俺はすぐに口を紡ぎ恥ずかしさから目を背けるために前から髪をかき上げる。
が、凛に付けられたヘアピンによって止められる。
「てかこれどうなってんだろ」
自分で自分の顔を見る機会なんてほとんどないので今の自分の状態が気になってしまう。
そんなヘアピンに気を取られているとポケットに入れたスマホが振動する。
誰からかなんてすぐに分かる。
俺では稀にみる素早い動きで電源をつける。
送り主は想像通り舞希からだった。
「今いい?」とそれだけ来ていたので俺は大丈夫ですと返す。
短い文字でも数回、誤字が無いように見返してから。
すぐに通話がかかってくる。
「蓮君?」
「あ、はい」
久しぶりに話すので心臓の鼓動が早くなる。
声だけでも舞希にはばれているだろう。
だがそんなことには何も言わず話し始める。
「私、『SHRC』のリーダー権もらったんだけど、蓮君どう?」
『SHRC』日本のプロチーム『SHM』が開催するエンジョイ大会、という名のガチ大会。
運営的にはエンジョイ大会にしたいようだが多くのプロ、ストリーマーが出ていてエンジョイのエの字もないような大会だと聞いたことがある。
因みに『SHRC』だと長いのでリスナーも配信者も多くがシークと日本語に直して読んでいる。
というかシークのリーダー権が渡されたという事はそろそろ開催するのだろうか。
大会など微塵も興味がないので知らなかった。
だが舞希からの誘いとあれば興味がないなんて言えない。
「自分で良ければ」
「そりゃあ蓮君がいいから声をかけたんだよ」
さすがに推しからこんなことを言われるとにやけてしまう。
手で頬を触り、上がってしまった口角を下げる。
こんな顔、人に見られた時には人としての尊厳が破壊されてしまう。
「それとこれからの事なんだけど――」
舞希と話していると気づいたら自分の部屋の前にいた。
金色の高級感のあるドアノブに手をかけたとき舞希のでも俺のでもない声が耳に飛び込んでくる。
「あれ?蓮さんじゃん」
声の方向に振り向くと隣の部屋から綾さんが出てくる。
電話越しにも聞こえたのか舞希はすぐに黙る。
舞希は俺が配信をしていることを隠しているのを知っているのでその配慮だ。
俺は通話相手の名前が見えないように綾さんとは逆方向にスマホの画面を向ける。
「そんな真剣な顔して話してるの初めて見た。いや、話してる姿すら初めて見たかも」
「んなバカな。会話したことあるじゃないですか」
「ん、確かに」
まああれが会話に入るのかは審議が必要だが。
あれは言葉のキャッチボールなんかではなく俺が的の的あてゲームに近い。
「それで、誰と話してたの?」
俺の意に反してグイグイ来る綾さん。
正直、苦手意識を覚える。
それよりも、だ。何と答えるのが正しいのだろうか。
馬鹿正直に言っても舞希に迷惑がかかるし、さらに俺の身バレ待ったなしだ。
いや、舞希と言って信じるかは怪しいところか。
「いやー、えーっと……」
何と答えようか。
ちらりとスマホを見て考える。
名前ではないとしたら関係性だろう。
推し?いや、推しとスマホで話しているオタクがどこにいるのだ。
……ここに居るか。
いやいや、そういう事ではない。
一緒にゲームする人?
よく話す人?
尊敬する人?
自分に秘密を話してくれた人?
ずっといても退屈しない人?
そういう人の事を俺は
「友達」
と呼ぶことにした。
「……てなると誰か限られてくるな」
「遠回しに友達少ないって言うなよ」
「結構ストレートのつもりだったんだけど」
「それはそれでだよ」
久しぶりに綾さんと話していると俺のではないスマホから通知音が聞こえる。
綾さんはスマホを数秒眺めてから顔を上げる。
「ごめん友達に呼ばれちゃった。またね」
そう言うと足早に駆けていく。
友達に呼ばれちゃったとかいつか俺も言ってみたいものだ。
そんなことを考えながら再度スマホを耳に近づける。
「んふっ、ふふふ、ん~」
スマホから聞こえるのは嬉しそうに笑みをこぼす声。
配信でも見ない光景に戸惑う。
「何かありました?」
「ん、いや~、へへへ」
俺の問いに勿体ぶって中々答えてくれない。
だがそれは答えを教えたくないからではなく幼少期の子供の様な自慢の仕方だった。
「友達、友達かあ」
「!いや、あの、すみません勝手言って」
「あー、違うよ。嬉しいの」
安堵で胸を下ろす。
冷静に考えて推しを友達発言とは相当イカレている。
俺は昨日寝たベットに腰を下ろす。
「なんかさ、ちょっとは仲良くなれたのかなって思って。推しって言われてうれしいけどちょっと距離感じてたから」
それはそうと、と舞希は話題を戻す。
「えっと、大会の事はまとめてメールしとくから」
「助かります」
そんなに複雑なルールなどはないだろうが集合時間などは口頭よりも文字の方が分かりやすいのは確かだ。
「それより、今どこか行ってるの?」
さっきの綾さんの声を聞いてそう思ったのだろう。
「同じ学校の人たちと沖縄来てるんですよ」
「なるほどね。だから最近配信無かったんだ」
「そうっすね」
よく見ているなと思う。
配信はしなくても推しの配信は見ている俺が言う事ではないのだろうが。
「いつ帰ってくるの?日程合わせるけど」
「明日には帰ってると思いますけど配信できるのは明後日くらいですかね」
「おっけ~。天ちゃんにも話しておくね」
「え、なんで天外さんが出てくるんですか?」
「だって大会のメンバー私と蓮君と天ちゃんだし」
「……」
少々メンバーの圧が強すぎるのではないだろうか。
俺は配信のない休息の時間が風のように早く通りすぎていくのを感じた。




