取引
蓮が半強制的に部屋から追い出されている時、中には2人の男女がいた。
仲が良いゆえに陥る無言の空気。しかしそれはいつもと少し違っていた。
1人は蓮の帰りを今か今かと待っている者、1人は蓮が返ってくる前に話さないと、とタイミングを見計らっている者。
この場に蓮がいないのは偶々などではなく、計算された策だ。
ただそれは害をもたらすものではなくどちらかというと手伝おうという善意によるもの。
陽斗は寝そべったまま目だけをチラチラと動かし由香里の方を見る。
だが由香里がその視線に気づかないはずがない。
「どうしたの?」
言葉では取り繕っても声のトーンからは不機嫌だと窺える。
ただそれは無意識に出たものではなく意識的に、わざと出したもの。
何か言いたいことがあるなら早く言え、と遠回しに伝える。
そしてそれに気づかない陽斗ではない。
「いや、ごめんて」
陽斗は由香里の意思を知っていてももったいぶる。
これから陽斗にとって重要な話をするのにベットに寝たままなのは仲が良いから、という理由もあるが単純に体が動かせないという理由の方が大きい。
蓮がいない状況を作るために陽斗は「飲み物買ってきて」と言って蓮を追い出した。
だがそのためには自分が疲れていることを演出しなければならない。
でないと蓮に不審がられてしまうから。
唯一陽斗の計算外だったのは思った以上に海で泳ぐのに体力を消耗したことだ。
まあ蓮が想像以上に泳ぐのが速くて自棄になったという事もあるのだが。
「それで、何なの?」
由香里はそんな謝罪どうでもいいと内容を言えと急かす。
「ああ、えっと……蓮とどこまで行ったの?」
「はあ?」
今度は本気で不快感を顕わにする。
勿論、陽斗も悪気があったわけではない。
陽斗の場合これが普通だと思っていたから行き違いが起きてしまった。
時間をかけて最適な言葉を見つける。
「まだ蓮と付き合ってないの?」
「まあ……いやいやいや、な、なんで?」
「無理だぞ?誤魔化せてないからな?」
「な、何が?」
声を上擦らせて、陽斗からの視線を避けるように明後日の方を見る。
だがこれでも由香里は誤魔化せたと思っている。
これまでに培ってきた嘘の自信があるから。
ただこの嘘はいつもと違った。
いつもの自分を守る嘘ではなく誰かに迷惑をかけないための嘘。
由香里はその嘘の付き方を知らなかった。
陽斗はいつまでたっても認めないと悟り、ため息を吐いてから話す。
「ちゃんと言わないと気づかないぞ、蓮は。そういうタイプだ」
陽斗と蓮の関係は約2年と一般的に見たらあまり長くない。
だがそんな短い時間でも陽斗は分かる。
蓮が自分とは正反対な人間なのだと。
ここで言う正反対とはすべてに対して言っているのではない。
事、恋愛に関して、という意味だ。
それは由香里も薄々気づいている。
「そんなの分かってるけどさあ」
この何とも言えない感情を拗ねるように口をとがらせて表現する。
「まあ頑張れよ、何かあったら協力するから」
「ありがとう、ちょっときもいかも」
「お前情緒イカレてんのか」
由香里はベットに顔を埋めて大爆笑する。
さすがの由香里でも本当にきもいとは思っていない。
ただの照れ隠しだ。
深呼吸をして笑いを落ち着かせる。
「でも珍しいね、こういうのに協力してくれるの。いつもなら「俺そういうの興味ないから」とか言うのに」
図星を突かれたのを笑ってごまかす。
実際陽斗はこういうことに、とことん興味がない。というか嫌いだ。
だがそれは自分が関わっている時の話である。
自分がこの恋愛の舞台の役者じゃないと知るとそれは大好物に早変わりする。
陽斗は疲れた体をなんとか起こし目を見て話す。
「別に、理由なんてねえよ。ただ蓮には幸せになってほしいってだけで……」
そこまで言うと陽斗は自分が恥ずかしいことを言っているのに気が付く。
勿論本心で、それ自体は何も恥ずかしいと思わないがそれを由香里に言っていることが陽斗を羞恥心で悶えさせたのだ。
由香里も気づき、陽斗に気づかれないように微笑む。
だがこの陽斗の言葉は本心であっても、理由の全てという事にはならない。
「と、に、か、く!!!困ったことがあれば言えよ」
「分かったよ」
恥ずかしさを隠すようにそう言い括る。
由香里は心の中でありがとうと感謝する。
「俺に言いずらかったら赤坂妹とか、生徒会長さんにでも言えば相談乗ってくれるんじゃないか?」
「ん、確かにね」
生徒会長こと、椿凛。
由香里は既に凛に相談したのだが敢えてここでは言わなかった。
そして赤坂妹、これは瑠亥の事だ。
陽斗からしたら瑠亥はどうしても妹の友達という感覚が強くこの呼び方になってしまったのだ。
陽斗の考え道りこの2人は蓮に詳しい。
凛は昔からの知り合いだし瑠亥に至っては兄妹だ。
「とりあえず自分の力でできるとこまでやってみるよ」
「ああもう、認めるんだ」
「勉強をね?」
「はいはい」
お互いに冗談を言い合っていつも通りの空気に戻る。
だがそんな中、由香里は思考の海に身を任せていた。
由香里の知っている陽斗はこういった恋愛話に全くと言っていいほど興味のない人間だからだ。
なぜ陽斗が協力的なのか不思議でならなかった。




