8月4日
8月4日、後日に旅行を控えた日の夜、俺は舞希の誕生日凸待ちに行くためにモニターの前で正座待機していた。
明日はこれくちおのスタジオに行った時の様に朝が早い。
そのため寝る準備はもう済ませてある。
当然そこには明日の持ち物の用意も含まれている。
誤解ないように言うと持ち物を準備したのは俺ではなく凛だ。
俺が前日にやるわけないのだ。
新しくできた凸待ち用の通話サーバーに入る。
他の人にかぶらないように見ていた舞希の配信をミュートにする。
「お、ちょっと待っててねー」
そう言って配信画面の凸者というところに俺の前に来ていたテアさんの名前を書く。
誕生日配信という事でいつもの雑談配信とは違うおしゃれな背景だ。
「じゃあ、お名前どうぞ―」
初めて凸者の立場になったことで段々と鼓動の音が大きくなるのを感じる。
時間をかけないで何度か深呼吸をする。
「どうも、ロータスです」
「はい、という事で蓮が来てくれました」
「ロータスです」
「うん、知ってるよ蓮」
「ロータス……」
「蓮……」
意地でもロータスと言わない。
配信画面でも蓮と書かれている。
まさか誕生日配信に俺の名前が書かれる時が来るとは思わなかった。
みんな俺の本名を知っているのにロータスと名のったのは本名で書かれると心臓が破裂しそうになるからだ。
ロータスだと別人だと思えば何とかなる。
なら本名でも別人だと思えよと言われるかもしれないが皆想像してほしい。
推しに本名を呼ばれる瞬間を。
な?別人でもドキッとするやろ?
俺は呼ばれることには慣れてしまったがまさか『あの』『誕生日配信』に名前を書かれるとなると別だ。
緊張と歓喜が同時にこみあげてくる。
「……」
「……」
「……」
「え?」
お互い無言の時間に困惑する。
配信外で話している時は無言でも気まずくならないのだがさすがに配信中に無言になられると困ってしまう。
舞希から話を振られないと俺は何も話せないぞ?
「まだかなあ」
「?」
「あれ、もらってないなあ」
「???」
一体舞希が何を求めてるのか分からない。
舞希が求めている物を探すべくアマゾンの奥地、という名のコメント欄へ向かった。
数ある、あり過ぎるコメントを見ているとほとんどの人が気づいているようだ。
ちらっと見ただけだが舞希が何のことを言っているのか分かった。
「誕生日おめでとう?」
「ありがと~」
どうやら当たり択だったようだ。
冷静に考えてみたら誕生日を祝いに来ているのに祝わないとかただの馬鹿だ。
「じゃあ色々聞いていこうかな。まずはー、私を知ったきっかけって何?」
「え、きっかけ?」
すぐに蘇る記憶をより鮮明に思い出す。
その頃の記憶と共に嫌な思い出も思い出すができるだけ考えないようにする。
「暇してた時に偶々舞希が初配信してて気づいたら全部見てたって感じかな」
「全部!?私その頃って毎日配信してたよね」
「毎日見てたね」
「え、やばあ」
ドン引きされてしまう。
まあ俺もやばい奴という自覚はある。
「そんな人がまさかここまで大きくなるとはだよ」
「いやほんとに」
今思い出しただけでも手が震えてくる。
「私が蓮を知ったのはねえ、V杯の時かな。うまい人参考にしようと思って」
「絶対参考にする人間違ってる」
「いやそんなことないって。だって蓮の事教えてくれたの慶だよ」
「そうなの?」
「うん。っていうか慶めっちゃ好きだよ、蓮の事」
衝撃の事実が発覚した。
まさか慶さんが俺の事を好きだったとは。
いらさんと言い慶さんと言い何で『rex』がうまい人は俺のことが好きなのだろうか。
「舞希王の時なんて蓮の居ないところではしゃいでたんだから」
「なんか全然想像できないな」
あのいつも冷静な慶さんがはしゃいでいる姿など想像もできない。
解釈不一致というやつだ。
「最後に私の好きなところ言ってから落ちて」
数十分間雑談をして次の凸者が待機する。
そろそろ終わりというタイミングで舞希が爆弾を持ってくる。
ただこの爆弾の対処法は凄く簡単だ。
「全b「却下」
「却下!?」
最後まで言わせてもらえなかった。
勿論『全部』というのは本心だ。
好きなところがあり過ぎるが故に全部まとめるとこうなってしまう。
「なら1番好きなとこ」
「ええ、1番かあ」
物凄く迷ってしまう。
1番なんて決められないのだ。
このままだと一生経っても答えが出ないので俺は少し考え方を変えてみる。
好きなところではなく『思い出に残っている』ことを思い出す。
そうすると天啓の様に頭にの言葉が出てくる。
「声が―」
「声が?」
「優しい」
綺麗でも可愛いでも美しいでもなく『優しい』。
「……ありがと」
「え、なんで照れてるん?」
「うるさいなあ」
予想外の反応をされる。
いつもは見れない一面に少しニヤッとしてしまったのは秘密だ。
「改めて誕生日おめでとう。また来年」
「はーいまた来年。来てくれてありがとね」




