新学期
♪♪♪♪♪♪♪♪
スマホに設定した音楽で目を覚ます。
遅い時間に寝たせいで寝た気がしない。
設定している音楽は舞希さんが歌った曲なので少し気分がいい。
気分がいいからと言って眠気がなくなるわけがなく正直今すぐにでも寝たいがそうしてしまうと絶対に学校に遅れるので起きることにする。
ベットが目に入ると誘惑に負けて寝そうになるので頑張って目を合わせないようにしてダイニングを目指す。
慣れた手つきで冷蔵庫に入っている作り置きの肉じゃがをレンジで温めパンをトースターに入れる。
どれだけ時間がなくても温めている時間は短縮できないのでこの間はゆっくりすることにする。
『watcher』で昨日の舞希さんの配信を見ようと思ったらホーム画面に俺の切り抜きが流れてくる。
如何やら昨日の配信の切り抜きのようで既に100万再生されていた。
夢かと思いほっぺをつねってみるとちゃんと痛かったので夢じゃないんだろう。
ほんとにこの方法で夢かそうでないかを判断できるのかは分からないが。
まあ、夢だった場合起きた頃には遅刻確定なのでリアルという事にしておこう。
自分の切り抜きを見るのは気が引けるが投稿から4時間もたっていないのに100万再生されていることに興味を惹かれ見てみることにする。
時間も1分ほどなので自分のきもい声には我慢することにする。
内容は俺が舞希さんを倒して発狂するものだった。
改めて見るとほんとに声量がおかしい。
ほんとに俺の喉から声が出ているか疑ってしまうほどに。
後俺クソ音質過ぎな。
ごめんなリスナー、今までこんな聞きづらい音質で喋ってて。
ちゃんと良いマイク買っておくからな。
別に喋んないけど。
この動画、レミアさんとクラデムさんのリスナーはもちろんだが舞希さんのリスナーも見てくれているようだ。
俺はクソ音質で汚染された耳を浄化するため昨日の舞希さんの配信を見始めた。
うん、癒されるな。
桜に近いピンク色のショートヘアで少し濃い水色の目をしている。
配信時間は5時間。
この人も配信時間バグっているな。
オタクとしては推しには健康でいてほしいものだ。
杞憂民ではないからな?
配信を見てるとレンジとトースターの温め終わった音が聞こえてくる。
登校時間まで時間がないのでパンを食べながら行きたいのだがそうしてしまうと曲がり角でイケメンとぶつかってそこから恋に発展するという乙女漫画展開になってしまうので大人しく家で食べることにする。
あれ?俺女側じゃね?
早食い大会をしているかのような速度で朝食を食べ終え学校に行く準備をする。
食器は……まあ、帰ってきてからでいいだろう。
扉を開けると冷たい風に当たり体が固まりそうになる。
4月だからと思いウインドブレーカーを着たことに後悔する。
今からでもダウンジャケットを着てこようかと思ったがそんな時間はなさそうなので寒さを我慢して学校へ向かう。
家から出て数分経った頃俺はウインドブレーカーでよかったなと思う。
というかウインドブレーカーですら熱い。
俺の家から学校までは意外と近いのでいつもは歩いて登校している。
いや今日は時間がないため走っているのだが運動不足過ぎて既に体が熱い。
運動している人でも熱くなるんだろうがその比ではないだろう。
運動したことがないからわからないが。
家を出る時にあった眠気は既に皆無になっていた。
学校に着くと息を整えようとする。
喉が冷たい空気に当てられ痛い。
足もできる事なら動かしたくない。
思っていたよりも早く――一般的には遅い――学校に着いたのでゆっくり歩いて教室に向かう。
校内に入ると暖かかった。
いや、廊下まで暖房の効果はないのだが麻痺した体はこれでも暖かいと感じる。
玄関から2年生の教室まではかなり遠いのでその間に喉の痛みは引いてきた。
廊下を上がった先に貼ってあるクラス表を見る。
如何やら今回は1組だったようだ。
そして俺の名前とは別の名前を探す。
1組の表の中から見つかって少し安堵する。
教室のドアを開くと教室にいた人がこちらを見てくる。
新しいクラスになったので誰が来たのか気になったのだろう。
興味がないように俺から視線を外して周りの人としゃべり始める。
友達多くてズルいなーなんて思っていると声をかけられたのでそちらに向かう。
「よう。また同じクラスでよかったな」
「いや別に」
陽斗だ。
こんなことを言ってしまったが正直違うクラスになると話し相手がいなくなるので嬉しい。
ほんとはもう少しゆっくり話していたかったがもうすぐ先生が来るので自分の席に着いた。
俺の席は陽斗の3つ後ろで窓側の1番後ろの席だ。
ボッチにとっての玉座だ。
そしてストーブが1番近い。
あったけ~、っていうかあっつい!
キーンコーンカーンコーン
「はい、では皆さんしっかり予習しておいてくださいね。それでは授業を終わります」
ん?終わったのか?
時計を見ると如何やら4時間目が終わったみたいだ。
やばい記憶がない。
眠気は無くなったと思っていたが寝てしまっていたらしい。
理由は簡単、寝不足とストーブだ。
この場所暑すぎて布団に入っている気分になる。
寝不足の体がそれに耐えられるわけもなく。
「蓮、一緒にご飯食べない?」
その言葉に俺の眠気は吹き飛び心臓が跳ね上がる気がした。
小野由香里。
数少ない俺の友達だ。
髪は肩にかかるくらいの長さで整った顔立ちをしている。
由香里とは知り合ってから1年弱経つが未だに緊張してしまう。
いや最初の頃に比べたら大分話せるようになったんだけどね。
「あ、うん。いいよ」
「ありがと」
「陽斗は?一緒じゃないの?」
「海ちゃんのお弁当が間違えて入ってたみたいで今届けに行ってるよ」
「なるほどね」
「……」
「……」
うーん、気まずい。
由香里とは陽斗経由で知り合ったので別に共通の趣味があるとかないので話す内容に困ってしまう。
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
「え、なに?」
突然そんなことを言われちょっと身構えてしまう。
「私さ『rex』やろうと思ってるんだけどマウスとかキーボードとかあんま良いのじゃないから買いに行きたいんだけど、どういうの買ったらいいかわかんないから付き合ってくれない?」
由香里は俺が『rex』をやっていることを、というか配信していることも知っているので身近な有識者が俺だったのだろう。
「ああ、それなら全然いいよ。俺はいつでも行けるから由香里の予定に合わせるよ」
「助かるー。じゃあ決まったら後で連絡するね」
そのあとの授業は記憶にない。
寝た訳じゃないよ?
緊張で全然集中できなかったのだ。
俺が女子と買い物?
ありえないだろ。