恋の気づきと過去
凛と由香里は蓮がトイレに行ったため本屋の前の椅子に腰を掛けている。
さっき偶然出会った由香里は少し気まずい思いをしていた。
「まさか由香里ちゃんと会うなんてねー」
「すみませんお邪魔しちゃって」
「いやいや大丈夫だよ。そろそろ帰ろうかって話してたところだったし」
優しい声でそう言ってくれて由香里は胸を下ろす。
由香里は凛と2人きりになる貴重な時間でこれまで気になっていたことを聞こうと思った。
直接聞くのではなくゆっくり遠回りしながら。
「よく2人でこういうとこ来たりしてるんですか?」
「そんなことないと思うよ。今日は偶々」
そういえば何で蓮とここに来たんだっけなーと考える素振りを見せる。
「蓮がこういうところ苦手なのは知ってるからあんまり誘わないようにしてるんだよ」
「そうなんですね」
由香里はチクリと胸が痛くなるのを感じる。
蓮の知らないところを知っていることへの嫉妬か独占欲か。
それでも顔には出さないように気を付ける。
そんなことこれまでずっとやってきた由香里には造作もなかった。
「会長って蓮と幼馴染って聞いたんですけどいつからの付き合いなんですか?」
「蓮が4歳くらいの時からかな。幼稚園じゃなくて通ってた塾が同じだったんだよね」
由香里はあのめんどくさがりの蓮が塾に通っている姿など想像できなかった。
凛は付け加えてちゃんと話したのはもっと後だけどねと言う。
由香里の目には凛の顔が悲しそうに映った。
「小中も別で高校になってやっと同じになれたって感じ」
「蓮って塾通ってたんですね」
「通ってたっていうか通わされてたっていう方が正しいかな」
由香里は真面目な顔つきで体を隣に向ける。
「あの!蓮の昔の事、教えてくれませんか」
つい緊張で大きな声が出る。
周りのお客さんから視線を集めていることに由香里は気づいていなかった。
「超ストレートに言ってくるじゃん。さっきまで遠回りに言っていたのは何処へ」
由香里が本当に聞きたいことをはぐらかして遠回しに聞いていることなんて凛はとっくの昔に気づいていた。
だからこそ驚いてしまう。
「いやなんです。蓮の事何も知らないの」
それを聞いて凛は理解できた。
こういうものを恋と呼ぶことに。
素直に嬉しいと思った。蓮の事が好きという人が現れて。それを相談しに来てくれたことに。
「蓮の事好き?」
真面目なのかそれとも揶揄っているのか分からない笑みを浮かべる。
「すき……です」
その小さな声は店内のBGMにかき消されそうだったが隣の凛の耳にははっきりと届いた。
俯いて真っ赤になった顔を見て凛は微笑ましくなる。
「君が聞きたいのはあれだろ?何でお前、蓮の家に入り浸ってるんだーってことでしょ?」
「ま、まあ」
言い方は違うが概要はあっている。
由香里は考えていたことが凛にばれていて驚きを超えて恐怖を感じていた。
「私が蓮のご飯作ったり家事とかしてるのは……なんていうのかな、罪滅ぼしなんだよね。ただの自己満」
そう言って凛は持っていた飲み物を1口飲む。
それは全く味のしない飲み物になっていた。
「罪滅ぼしですか?」
「そう。詳しく説明しようとすると蓮の過去を話さないといけないんだけど……無許可でべらべら話すのは気が引けるんだよなあ」
困ったという顔をする。
さすがにあの内容を蓮に無許可で言うのはダメだろう。親しき中にも礼儀ありというやつだ。
だが凛は由香里の真面目な顔を見て気持ちが変わる。
「少しだけ話してあげるよ。その代わり詳しいことは蓮に聞きなね?」
そう言うと由香里はうんうんと頭を上下に動かす。
「蓮の親、父親が厳しい人でね蓮を色んな習い事に通わせたんだよ」
凛は話さなかったが蓮の妹―瑠亥も同じような境遇だった。
だが父親は瑠亥に才能がないとわかるとすぐに切り離した。
家から追い出したとかではない。ただ人として扱ってもらえなかっただけで。
「塾、水泳、書道、ピアノ、英語教室、サッカー。一気にやり始めた訳じゃないよ?ちょっとずつちょっとずつ、蓮が結果を残していくたびに増えていったの」
由香里は蓮と凛が映画を見ていた時と同じ気持ちを味わっている。
こんな壮絶な過去があったのかと。
違うところがあるとすればこちらの話は全く感動できないという点だろう。
「別に才能があったわけじゃないんだよ。周りの人からすれば天才って思うかもしれないけど」
由香里にも思うところはあった。
期末試験の点数を見たとき天才だと思ってしまった。
それが過去を否定する言葉だと知らず。
「習い事はね全部父親ができなかったことなの。それを自分の息子に達成してもらおうとしてたんだよ。
全部遺伝で決まるっていうのにチッ、あのクソジジイ」
胸糞悪い過去を思い出しつい怒りがこみあげてくる。。
「じゃあ何で蓮は全部で結果を残せたと思う?」
由香里は急に話を振られたことで焦る。
必死に理解しようとしていたことを整理してから答える。
「環境……でしょうか?」
自信がなく疑問形になる。
「正解はね、期待されてたから、だよ。期待されてるって理由にならないのに。その頃の蓮はそれが当たり前だと思ってたんだよ」
凛はそこまで話して自分が熱くなっていることに気づく。
本来はここまで話すつもりはなかったのにと反省する。
そしてグッと背伸びをしながら話を続ける。
「ま、何が言いたいかって言うとそこまで苦労しているのを知っていながら何もできなかったから今は楽させてあげようって、それだけの話なんだよ」
そう言って立ち上がる。
由香里の奥に顔を向ける。
「ほら君の好きな人が来たよ」
由香里はすぐに凛が見ている方向に顔を向ける。
凛は私は帰るからーと手を振りながら言って逆側に歩いて行った。




