res.凛
目が覚める。
寝たのかそれとも目をつぶっていただけなのか、そんな感覚に陥る。
枕の横にある画面が上を向いているスマホを手に取り電源をつける。
まだ6時だった。
こんなに早く起きるのは小学校以来だ。
2度寝もできそうになく俺は居間に向かう。
ドアを開けると廊下に一本の光が差し込んでいた。
その光は居間と廊下を隔てるドアのすりガラスから廊下を照らしていた。
光の当たっているところを踏むと足の裏から暖かい感触が伝わってくる。
日光か。昨日カーテンを閉め忘れただろうかと思いながらドアを開ける。
正面の窓から入ってくる日光に思わず目を細める。
「あれ?早いね。おはよう」
横のキッチンから凛が顔を出す。
「おはよう」
寝起きのカスカスの声が出る。
「ごめん、まだご飯できてないからちょっと待ってて」
俺はソファーに寝転がり昨日の舞希の配信を見る。
イヤホンをつけると包丁とまな板がくっつく音や鍋のぐつぐつとした音が聞こえなくなる。
ほっぺをツンツンと突かれて目を開ける。
もしかして寝ていただろうか。
「ご飯できたよ」
凛の顔が上にあった。
俺は腕を頭の上に思いっきり伸ばす。
「もしかしてちゃんと寝れなかった?」
そう言って心配そうな顔をする。
俺は頭が当たらないようにずれてから体を起こす。
「そんなことない……と思う」
「そう?」
俺はいつの間にか置かれていた朝ごはんの前に座る。
「一緒にご飯食べるの久々だな」
「蓮がもうちょっと早く起きてくれたら一緒に食べられるんだけどなー」
凛がちょっと前かがみになる。
「ぐうの音も出ません」
その圧に耐えきれず視線を逸らす。
そうしていると俺のお腹から空腹期収縮のグーという音が鳴る。
「ぐうの音出てるけど」
俺は出来立てでいつもよりもおいしい朝食を食べ始める。
「そういえば蓮、期末試験学年1位だったね」
「よく知ってるね」
「まあ生徒会長だからねえ」
当然だというような顔をする。
生徒会長ってそんなことも知ってるのか。
この学校、全体の順位などは公開されないのだ。
「凛も学年1位だったじゃん」
「え、なんで知ってるの?」
適当に言ったが当たったようだ。
適当というのは当てずっぽうという意味ではない。
体育祭が終わった時、少ない時間ではあったが凛が俺の家に来た時があった。
すぐ荷物をまとめて帰ったのだがその時にバックの中に見覚えのある参考書がたくさん入っていたのを覚えている。
「まあ受験生だからねえ。勉強に本腰入れないとならんわけですよ」
どこか疲れたように言う。
「別に俺の世話いつでもやめていいんだからね」
そう言うとポカーンと拍子抜けた顔になる。
凛はうーんと少し考えた後、口を開く。
「私がこれやめてるとこ想像できないなあ」
「ニート作ろうとしてる?」
「ヒモでもいいよ」
揶揄った表情になる。
最近の人はこういうことを顔色一つ変えず言ってくるので新鮮な気持ちになる。
「それに……さ、お世話してるわけじゃないからね?」
その言葉でお互いの間に気まずい空気が流れる。
凛が何を言いたいのかすぐに分かる。
昔の、思い出したくもない嫌な記憶が頭をよぎる。
その記憶と気まずい空気を断ち切るように凛がパンっと手を合わせる。
「この後、買い物でも行こうか」
「まあ、いいよ」
「お?珍しいね」
俺は途中で箸を止める。
「俺、凛の誘い断ったことなくない?」
「そういうことじゃなくて、前までは絶対えーめんどくさいなーって言ってたのになって思って」
そう言われて最近の自分の異常性に気づく。
いや、異常だったのは前の方だろうか。
最近は外に連れ出されることが多いので慣れてしまったのだろう。
「ふふっ変わったね」
嬉しそうに微笑む。
「まあ色々あったからね」
「そうだねー」
うんうんと頷く。
そして目を開き俺の方を見る。
だがその目は遠いところを見ているような気がした。
「でも嫉妬しちゃうなあ。私じゃあできなかったことだから」
少し声のトーンが低くなる。
「そんなことないと思うけど」
そんな当たり障りのない言葉しか言えない。
「ま、こればっかりはしょうがないね。しょうがないしょうがない」
そう言って自分を落ち着けている。
「今の蓮に私が頼りになるのか分からないけど、いつでも先輩に頼りなね?」
昔よく聞いたセリフを言う。
また懐かしい気持ちになる。
今度は良い思い出で。
「じゃあさっさとご飯食べて買い物行こっか」
そう言われ俺は思い出の黒い海から抜け出す。




