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初めまして

 配信が終わり俺は舞希と一緒に外を歩いていた。

 他の人は仕事が終わってなかったり提出物を出していなかったりという理由でマネージャーに引き留められていた。

 そこらへんは舞希はしっかりと終わらせているようですぐに帰れた。

「いやー疲れたな―。大丈夫?」

 今までは外で声を出してこなかったのに今初めて声を出されてちょっとドキッとする。

 周りに人がいる状態でvtuberと話すと、少し悪いことをしている気分になる。

「俺は大丈夫です。舞―」

 名前を言おうとしたがハッとして口を紡ぐ。

 さすがに名前を呼ぶのはまずい。

 ただ何と呼べばいいのか迷っていると1ついい案を思いつく。

「お姉ちゃんは―」

「ん゛っ!?」

「こういうの慣れてると思ってたけどやっぱ疲れるんですね」

「え、あ、う、うんそうだね。今日はちょっと緊張しちゃって」

 歩くスピードが少し早くなり嚙み々になりながら言う。

 俺達がどこに向かっているかというと今日泊まるホテルだ。

 いやさすがに同じ部屋じゃないぞ?

 というか舞希はこの近くに住んでると言っていたのでそっちに帰るだろう。 

 俺は別にホテルとかに詳しい訳ではないのでその辺は全部舞希に頼んである。

 せっかく東京に来たという事で観光でもしようかなと思い1泊していくことにした。


「着いたよー」

 物凄く高いホテル、というよりもマンションだろうか、エレベーターで上がっていく。

 とある部屋のドアの前で立つ。

 後ろに見える景色は細かな光が集まってできた大きな光にしか見えないく、かなり高いところまで来たことが分かる。

「入る前に親御さんに同意してもらってね。まだ私捕まりたくないから」

「え?はあ、分かりました」

 理由は分からないがとりあえず親に連絡する。

 かなり下の方にあった母親のトーク画面に移りメッセージを送る。

 待たせないために電話の方がよかったかもと思ったがそれは杞憂に終わった。

 すぐに返事が来る。

 好きにしろとの事。

 冷たく見えるかもしれないが単に愛情表現が下手なだけなのだ。多分。

「大丈夫だそうです」

「そっか良かった」

 そう言ってドアを開ける。

 そこは生活感あふれる部屋で通路の端には多くのたたまれた段ボールが壁に立てかけられている。

 俺の住んでいるマンションよりも1周りも2周りも大きな内装に驚きながら進んでいく。

 居間に入ると見たことがないほど大きなテレビとスピーカーが置いてある。

 整理整頓されていて俺の家の物がないことで生まれる綺麗さとは違う綺麗さがあった。

 天井から紐で支えられている棒には洗濯物が干されてあった。

 俺は顔を振ってすぐさまそこから視線を外す。

 洗濯物が干されていた。そうそこには当然下着もあるわけで―

「あ!ごめんごめん!」

 慌てて洗濯物を取り、違う部屋に持って行った。

 そしてようやくここが舞希の家という事が分かる。

「ごめんね嫌なの見せちゃって」

 顔を赤くしている。

 俺は大丈夫です大丈夫ですと言いながらさっき見た記憶を消すことに努めている。

 だが1度脳にこびりついた記憶がそう簡単に消える訳もなく。

 あれ意外と大きかったな……いややめろ、俺何考えてる。

 俺は脳に無駄なことを考えるなと命令を出しながらソファーに座る。


 舞希が作ってくれたご飯を食べて話しているとあっという間に夜が更ける。

 舞希も今日は配信を休み寝ることになったのだが……

「おいでー」

「いや無理ですよ」

 2人寝ても窮屈にならないくらいの大きさのベットで舞希が横になっている。

「いいじゃん。一緒に寝よ?」

「無理です。今日は野宿することにします」

 この空間では床ですら寝れない。

 それでさえ心臓が破裂してしまう。

「もう……」

 そう言って舞希は立ち上がりギュッと抱き着く。

 これまでとは違い前から。

「え?」

 そうして2人そろってベットにダイブする。

 立ち上がろうとする体を押さえられる。

 ヘッドボードに置いてあるリモコンで常夜灯にする。

「もう寝るよー」

「いや寝れるわけないじゃないですか!」

「し、ず、か、に!」

 そう言って俺の顔を胸に押し付け騒げないようにする。

「私もドキドキしてるんだから、騒がないの」

「……はい」

 音がないこの空間だから聞こえる声量でやり取りする。

 舞希の言葉に安心したのか俺の心臓は段々と落ち着きを取り戻していく。

 それ以降会話は無くなり眠りの海に溺れそうになっていると、

「私ね、引退しようかなって思ってたんだ」

「え!?!?」

「し~~ず~~か~~に~~!!」

「グフッ」

 驚きに思わず大きな声が出る。 

 そしてもう1度顔の後ろに置かれた手で胸に押し付けられる。

「去年ぐらいからかな、配信が面白くなくなってリスナーからの評価が怖くてマウスを触る手が震え始めたんだ。配信外でゲームをする時間の方が長くなって、事務所やスタジオに行くのが拷問に思えてきて」

 唐突に舞希の口から明かされる真実を聞くことしかできないでいた。

「でもね、蓮君と出会ってから変わったんだよ。理由は分からないけど世界が変わったように生きやすくなった。蓮君はそんなことしてないって思ってるかもしれないけどそれでも、ありがとね」

 かける言葉が見つからないでいた。

 このコミュニケーション能力に欠けた脳では正解を導き出せない。

 舞希が語り終わると、押し付けていた手の力が優しくなっていく。

「だからこうやって蓮君の喜びそうなことしたんだけど、自惚れ過ぎかな?」

「いえ、そんなこと無いです。嬉しいです。ただそんなことしなくても俺はもう十分すぎるくらい貰いましたよ」

「それじゃあダメなの~」

 両手で俺の髪をかき混ぜる。

 そして両手で俺の顔を持ち常夜灯で顔が見える位置まで離す。

「初めまして、樋渡(ひわたし)雪那(ゆきな)です」

 中の人としての初めまして。

「初めまして、赤坂蓮です」

「これからリアルで合うときはこっちの名前で呼んでね」

「分かりました。お姉ちゃん」

 散々弄ばれたのでそう揶揄って呼ぶ。

 舞希の顔が赤いのは常夜灯のせいか。

「っっっ、うるさいぞ~。……蓮って呼んでいい?」

「はい。いいですよ」

「……そろそろ敬語やめない?」

「それお姉ちゃんもですよ」

「なら一緒に」

「まあそれなら」

「ふふっそれなら改めて、よろしく蓮」

「よろしく、雪那」

「……お姉ちゃんでもいいよ?」

「分かった。姐さん」

「違う」

 これからリアルで呼ぶときはお姉ちゃんと呼ぶことになるだろう。

 本名で呼ぶと、好きすぎてそのうち配信でも呼んでしまいそうになるから。

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