新モード
通話サーバーには既に舞希と凪咲ちゃんが入っていた。
何やら話していたのを遮って悪い気がする。
「ごめんね急に誘って」
まだ声を発していないのに舞希は通話サーバーに入った俺に気づく。
「あ、いや大丈夫です」
俺からは誘えないのでこうして誘ってもらえるだけでうれしい。
たまに誰かと配信したいなと思うが俺みたいな人はどうしても誘われ待ちになってしまうので辛い。
じゃあ誘えって?無理に決まってんだろ!俺が何年コミュ障やってると思ってんだ。
舞希と凪咲ちゃんの会話を聞きながら配信を始めるまで射撃訓練場でエイム練習をする。
声を聞くためにゲーム音量を下げたのは秘密だ。
「もう配信に音のってるよー」
「え、ちょっと早いって」
机に置いていたスマホから舞希の配信が始まった通知が来たので俺も配信を始める。
スマホで時間を確認すると配信開始時間だったので全然早いなんてことはない。
サブモニターに映したコメント欄は久しぶりのコラボで大いに盛り上がっている。
「今日は新シーズンになって追加されたアルフォスモードをやっていきます」
俺はてっきりランクをやるのかと思っていたが違うようだ。
今シーズンから追加された新モード。
1度もやってないどころかその動画すら見ていないので完全初見プレーだ。
「アルフォスモードについて簡単に説明するとバトロワとは違う広大なマップに出撃して脱出することが目的のゲームだよ」
まあやったことないから詳しいことはわかんないけどという舞希。
ゲーム内の説明を読んだ感じPvPvEになっていてバトロワと違いもともと武器や回復をもって出撃するらしい。
そしてマップ内に落ちている武器や回復、その他色んなものを拾ってきてお金に変えたりそのまま使ったりするようだ。
お金というのは勿論そのモード内で使うお金だ。
リアルマネーに変わったら全人類がこのゲームをするだろう。
出撃する前に持っていく武器を選ぶ。
最初なので何もアタッチメントが付いていない武器しかない。
ただ全武器使えるようだ。
「アタッチメントついてないならVALがいいのかなあ」
「まあバトロワならVAL一択でしょうけどアルフォスだとわかんないですね」
こうなるんだったら配信前にアルフォスに触れておくべきだったと後悔する。
ちなみに俺はVAL一択とか言ってるが使うのはウィンチェスターだ。
ただウィンチェスターを探すが……
「あれウィンチェスターがない」
「え?」
・あれ?
・バグか?
・運営君さあ
・影薄すぎてバグってることに気づかれない
・でもその武器使う人いないから
・ここに1人いるぞ
何度も何度もスクロールして見直すが愛用のウィンチェスターは見当たらない。
コメントでも言われているが多分バグだろう。
ウィンチェスターの影が薄すぎて運営から忘れられたどころか使う人もいないのでバグにも気づいていないようだ。
他のスナイパーを持っていこうかと思ったがそれだとなんだか負けたような気がするのでやめる。
持っていく武器はAKとシプカ。
陽斗が愛用している武器構成だ。
凪咲ちゃんがジャンプマスターで出撃する。
プレイヤー90人とNPCがいるので戦闘が多くごたごたしたようになると思っていたがマップが広大すぎてその印象はない。
降りたランドマークはアルフォスモードにしかない場所だった。
バトロワと違い漁るのはロッカーや棚にあるものだ。
「おーパソコン15万円だって」
キャッキャとはしゃいだ凪咲ちゃんが言う。
俺が漁ったものと比べると相当高い。
「でもパソコンで15万円って安く感じちゃうよね」
「まあ職業柄ねー」
配信者ともなるとかなり良いパソコンを使わないといけないので安く感じてしまうのだろう。
多分ゲーマーからしても15万円のパソコンというのはちょっと物足りなく感じると思う。
ちなみに俺のパソコンはそれほど高くないので2人の会話を聞いてるたびにグサグサと刺さる。
「蓮ちゃんは配信活動してからパソコン買い換えたことある?」
俺が黙っていたからか凪咲ちゃんが話を振ってくる。
「いやないね」
自然とタメ口が出てくる自分に驚く。
最近敬語で話す機会がなかったからかもしれない。
ただ舞希には無理だろう。それだけは分かる。
「買い換えたいけど外出るのめんどくさいから」
「ニートがよお」
いつもより嬉しそうな声で言う。
「でも買い換えたいんだ」
「はいそうですね。配信でいろんなゲームやろうかなって思ってるんですけどスペック足りなくて」
舞希からの質問にちょっと緊張しながら答える。
買いたいという意思はあるがそれで外に出るかと言われたら答えは出ないだ。
ネットで買えばいいと言われるがどれがいいのか分からないのだ。
そんな悩んでる時間があったら俺は舞希の配信を見る。
「じゃあ買いに行けばいいじゃん。舞希先輩と」
「何でそこセットなの。あ、勿論一緒に行くのが嫌とかそういうわけではなく……」
自分で言ってて誤解を与えないようにそうフォローする。
「あっははは。いや分かってる分かってる。分かってるからね」
手をパンパンと叩きながら笑う舞希。
移動中だった舞希が操作していたキャラは微動だにしていない。
当然行きたくないわけがないのだ。
ただ……俺死ぬぞ?
「2人で買いに行けばいいじゃん。デートだデート」
「「は?」」
・てぇてぇか?
・デート配信しろ
・オタクが4んでまうやろ
・まあまきまきはパソコン詳しいからなあ
・れんの違うゲーム配信見たいな
何言ってるんだと思ったが舞希とハモった喜びが勝る。
多少のラグはあると思うが俺の方では完璧にハモっていた。
「丁度蓮ちゃんも外に出る機会があるしね」
「え?外に出る機会なんてないですよ」
「やっぱり運営からのメール見てないでしょ」
凪咲ちゃんからそう言われ俺はサブモニターでメールを開く。
そこには1通、これくちお運営から。というメールがあった。
開くと堅苦しい文章が長々と書かれていた。
まあ要約すると公式番組に出ませんかという話だ。
凸待ちに来たテアさんが言っていた奴だろう。
「どう?出てみる?」
「えっと、はいそうですね。出てみます」
・おおおお
・ついに公式番組デビューか
・何やるんやろな
・そりゃあまきまきとイチャコラするんだろ
・需要大あり
・ご飯5杯はいける
・おかずにするんか
・まあオカズにするんやろ
・↑以上バカたちでした
舞希から聞かれて答える。
特に断る理由もないのでいいだろう。
「そっか良かった」
「ん?舞希先輩、何が良かったんですか?ねえねえ何が良かったんですか?」
まるで水を得た魚のように生き生きした凪咲ちゃんが詰める。
言葉の綾だろうに。
「うるさいなあ」
「いひひひひひ」
いたずらに成功した子供のような笑い方をする。
ここだけ見るとまるで幼稚園児だ。
何度か戦闘をしてお金になるものを取ったり武器を取ったりそして、
「わあウィンチェスターだあ」
やっと見つけた俺の相棒につい頬が緩んでしまう。
1番レベルが低く、スナイパーなのにスコープもついていないがそれでも使う。
「あれだよね。なんか蓮ちゃんって弟属性あるよね」
「いや妹しかいないんですけど」
「ここに姉がいるだろって」
・おねえちゃーん
・まきまきガチデレするからな
・実際あれは兵器だよ
・ここにも効いてる人がおったか
・それどこで見れる?
・これくちお公式が切り抜いてるよ
・実はそれ300万再生超えてたり
・えぐいな。いいぞもっとやれ
そう言って凪咲ちゃんはニヤアっと口角を上げる。
同じイラストレーターの親を持つ舞希の事を言っているのだろう。
「ほらお姉ちゃんって言ってあげなって」
「私を殺す気か?」
「照れ死?」
ここまで凪咲ちゃんと話して思い出したことがある。
そういえばこの家に凪咲ちゃんのママがいるんだったと。
朱音にメールを送る。
そうすると今まで経験したことがないほど早い返信が来た。
「凪咲ちゃんちょっといいんですか?」
「ん?」
「今俺の家に凪咲ちゃんのママいるんですけどこれまでの事チクってもいいですか?」
「え……いやその……出来心と言いますか若気の至りと言いますか……」
・おっと
・流れ変わったな
・嫁を守る夫
・れん「俺の嫁をいじめるな」
・誰かファンアートよろしく
・言い出しっぺのなんちゃら
ゆうぁと・わたしが書こう
・ままー
・本家がきたな
焦ったように言い訳をし始める凪咲ちゃん。
瞬きの回数が多くなったことを見逃さない。
その隣では相変わらず可愛い顔の舞希がいる。
「ん?蓮ちゃんの家にママが……これは新たなてぇてぇの香りか!?いやでも私は蓮ちゃん舞希先輩推しなんだ……」
「なに変なことで葛藤してんの?」
舞希がジトっと冷えた目で言う。
そろそろマッチの制限時間が迫ってきたので俺たちは脱出場所へと向かっている。
そして脱出場所のドアを開ける。
「うわあああびっくりしたあ」
ホラーが大嫌いな凪咲ちゃんが叫ぶ。
俺達は脱出場所で隠れていた敵に倒されてしまった。
この手のゲームではよくあることなのだが、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もうマジで最悪」
場出できないと今まで集めたものはすべてロストしてしまう。
つまりやっとの思いで見つけたウィンチェスターも消えたという事だ。
配信至上最も萎えた瞬間だった。




