体育祭準備
「体育祭の準備の担当をクラスから2人ずつ募ることになったんだけど誰かやりたい人いる?」
朝のSHRの時間、担任の言葉で嫌なことを思い出す。
今日は体育の授業がないので気が楽だったのに。
小声が飛び交っていた教室は外の風の音が聞こえるほどに静まる。
当然立候補する人は出てこない。
他のクラスは知らないがここは学級委員長的な人がいないので困る。
「まあいないよねー。だと思ってくじを作ってきましたー」
「えー」と皆から声が出る。
クラスの人数は40人なので当たる確率は20分の1だ。
『rex』のマッチで名だたる配信者とマッチした俺の運はとうに尽きているので当たることは無いだろう。
列ごとにくじが配られる。
俺の列が最後だ。
隣を見ると丁度陽斗にくじが配られた。
ちらっと見えたが四つ折りにされたくじには何も書かれていない。
前に人からくじをもらったとき何となく違和感を覚える。
手に取って見てみる。
「欠陥じゃねえか」
誰にも聞こえないような声量で悪態をつく。
四つ折りになっていているがうっすら赤い線が見える。
一応開いてみると当然赤い丸が出てくる。
察したように陽斗が憐みの目を向けてくる。
「どんまい」
俺は関係ないという様に笑いながら言ってくる。
「陽斗のくじちょっと見せてよ」
「いやだよ。絶対交換するじゃん」
チッ。バカなら騙せると思ったんだけどな。
まあこいつの場合勉強ができないだけで地頭はいいので無駄だったか。
「じゃあ赤い丸が書かれてた人は手上げて―」
担任の先生がそう言ったのでしぶしぶ手を上げる。
声は発していないのにみんな俺の方を見てくる。
そして少ししてから、
「はいっ」
よく聞く元気な声と共に手が上がる。
それはよく見知った顔で、
「もう1人由香里だったのか。よかったな」
陽斗は由香里の方を一瞥してから俺の方を見る。
「まあそうか。いや担当にならないのが一番なんだけどね」
確かに話したことがない人とやるのよりはいいが担当にならなかったらこんなこと考える必要なかったのだ。
「うわ由香里さんが担当なら俺がやっときゃあ良かった」
前の人がそんなことを言う。
由香里はかなりモテるので他にもこういう人はいるだろう。
修学旅行の寝る前に「お前、綾さんと由香里さんどっち派?」という会話が出ると予想できるくらいモテる。
まあ俺に聞かれることは無いけどね。
なんか悲しくなってきた。
「担当は由香里さんと……蓮さんね」
担任の先生今俺の名前忘れてなかったか?
なんか悲しくなってきたの2乗。
先生となんて話したことないから印象に残らないのは分かるが先生なんだから生徒の名前くらい覚えてほしいものだ。
「今日の放課後から集まりがあるからよろしくねー」
ほんと嫌になってしまう。
せっかく今日は体育祭関連のものがないと思っていたのに。
放課後、帰宅する人を羨みの目で見ていると由香里が近づいてくる。
「行ける?」
「うん」
由香里に言われ筆記用具だけ持って集合場所の空き教室に向かう。
「くじの紙、裏から透けて見えてたよね」
「うん、俺そのせいで担当になることになった」
「はは、災難だったね」
「前の席の人が由香里なら俺やりたいとか言ってたから代わればよかった」
「え、それは……なんで代わんなかったの?」
「話しかけれなかった」
「……あーなるほど」
そこまで話しているとちょっとした疑問が出てくる。
「由香里って後ろの席じゃないよね。あたり……というか外れくじ?自分で取ったの?」
「いや、綾ちゃんと交換したの」
もしかしてやりたかったのだろうか?
どもそれなら自分の時に取っておけばいいよな。
そんな思考を巡らせているといつの間にか空き教室についていた。
空いている席に隣同士で座る。
来ていないのは生徒会長だけだろうか。
あまり長い時間を待たずして生徒会長が入ってくる。
「お、全員集まってるなあ。それじゃあさっそく始めようか」
「あれ会長、資料は?」
生徒会に所属していると思わしき偉いだろというような雰囲気を醸し出している男子生徒が言う。
「うわ!忘れてた。すぐとってくるから。蓮ちょっと手伝って頂戴」
不意に名前を呼ばれる。
めんどくさいけどこの人の頼みは断れないので付いて行く。
めんどくさいけど。
少しの時間無言で歩く。
「こうやって学校で話すの初めてだね」
「そうだね」
生徒会長――椿凛と今日使うらしい資料を取りに行く。
この人は俺のお世話をしてくれている人だ。
ご飯を作ったりいろいろしてくれている。
後ろを歩いて付いて行くと生徒会室に着く。
中には3つの小さなダンボールが置いてあった。
「これ全部運ぶの?」
「そう。蓮は1つ持ってくれればいいよ」
「分かった」
そう言って俺は上から2つ持つ。
「え、1つでいいよ?」
「全部運ぶんじゃないの?」
「まあそうだけど……私2つ持てるし」
「俺も2つ持てるけど」
「……」
困ったような顔をする。
こういう時は年下が多く持つべきではないのだろうか。
「ま、いっか。ありがと、甘えることにするよ」
「うん」
どうやら折れてくれたようだ。
会議は30分ほどして終わった。
凛の話し方で30分なので校長先生が担当したら3時間はかかるだろう。
凛の話が早いのか校長先生の話が長いのか。
生徒会のメンバーはまだやることがあるらしい。
「由香里さん、蓮さん」
鈴のような声で言いながらこちらに近づいてくる2人の女子。
「あ!海ちゃーん」
由香里が嬉しそうに手を振りながら近づいていく。
「初めまして、藍川朱音と言います」
「初めまして、小野由香里です」
もう1人の生徒が軽く頭を下げて自己紹介する。
これは俺も自己紹介した方がいいのだろうか。
「それでこの人が赤坂蓮さん。瑠亥のお兄さんだよ」
「え、そうなんですか」
え(この人がお兄さん?似て無さ過ぎ―。本当に)そうなんですか。という意味だろう。
「あ、すいませんまだ生徒会の仕事があるので失礼します」
「うん頑張ってねー」
「はいありがとうございます」
俺が空気に徹している間に海さんと朱音さんは生徒会メンバーの方に帰っていく。
「蓮一緒に帰らない?」
「いいよ」
特に断る理由も無いため承諾する。
あるとすれば周りの視線に殺されることだろうか。
『rex』とか配信の事を話しながら帰る。
できるだけ舞希の名前は出さないように全神経を使って会話する。
「そうだ、言いたくなかったら言わなくてもいいんだけどさ、生徒会長と知り合いなの?」
少し声が暗くなったように感じる。
「なんていうか……ご飯とか作ってもらってる人」
「ご飯?……あ!もしかしてお弁当作ってる人?」
「そうそうていうかよく覚えてるね」
「え!?ああ……まあ……ね」
焦ったように足取りが早くなる。
この話をして今日は自分でご飯作らないとなと思う。
会議で疲れて物凄くめんどくさく感じる。
部活に入っていたらどうなっていたことやら。
帰宅し超超超手抜きご飯を食べて今日もまた配信を始める。




