寝落ち(もちもち)
意識が覚醒する。
いつもより硬い枕に寝ていることを不思議に思いながら体を起こす。ぼやけていた視界が段々クリアになってくる。目に映るのはいつも起きた時に見ていた白い天井ではなく3枚の黒いモニターだった。
机に頭をのせ椅子に座りながら寝ていたためか体が縮こまっていたので思いっきり体を伸ばす。
「んーーーー」
自然に声が漏れどこかの骨がボキボキと朝を知らせる鶏のように鳴いている。
机上に適当に置いてあったスマホを取り時刻を確認する。かなり前に明るさの設定を最低にしていたので寝起きの目への負荷は少なかった。ナイス過去の俺。
時刻は6時、その下には月曜日の文字。月曜日……月曜日かあ、はあ、と心の中でため息をつく。なんで月曜日って見ても聞いても食べても憂鬱な気分になるのだろうか。いや別に食べないか。如何やら今日の俺の脳はおかしいらしい。多分チェスをやったら1手目でチェス盤をひっくり返すだろう。だめだチェスなんて言う頭を使うゲームは考えるだけで頭が痛くなる。
とりあえず朝食を食べよう。登校時間までかなり時間があるのでパソコンで『watcher』を見ながら。そうと決まれば動かねば。
骨が鉄パイプに変わったのではないかと思うほど動かしづらい体で立ち上がる。さっきスマホを見たら充電のマークが赤くなっていたので充電器にさしてベットの上にボンと投げる。
冷蔵庫に入ってあった朝食をあっためている間に何故俺は椅子で寝ていたのかを思い出すため昨日のことを考える。
確か昨日はスクリムがあったはずだ。5試合目で慶さんの代わりに俺が入り最多キルで1位を取った。4試合目も1位だった為2連続1位という事になる。その後俺、舞希、凪咲ちゃんでカスタムマッチをやったはずだ。その時のリスナーのコメントでカスタム1日目の総合1位という事を知った。それでその後は……その後は……
ピー―、ピーー
「わっ」
電子レンジの音で体がビクッと跳ねる。やばい意識飛んでた。
1人分のご飯をのせるには大きすぎるお盆に朝食をのせ自分の部屋に運ぶ。
キーボードを奥に寄せてご飯を置く。お盆は机の上に置くと邪魔なので机の脚に立てかけておく。
マウスを動かすとスリープ状態だったパソコンが起動して3枚のモニターが明るく光る。
寝ている時に取れたであろうイヤホンをつけて椅子に座る。
「あー疲れたー」
椅子の背もたれにもたれかかりながら独り言を言う。今の俺では家の中を歩くことすら100回目のシャトルランと同じくらい体力が無くなる。まあシャトルラン100回まで行ったことないけど。
背もたれにもたれかかっていると段々瞼が重くなる。あ、これ寝ちゃうかも……
『ローちゃん起きた?』
「え!?」
さっき付けたイヤホンから聞こえてきた舞希の声に驚く。すぐに体を起こしてモニターを見るとそこには俺と舞希と凪咲ちゃんが入った通話サーバーが映っていた。サブモニターには俺の配信のであろうコメント欄が今もなお流れている。
『おはよう』
「え、あ、おはようございます」
『敬語……』
「……おはよう」
『うんおはよう』
『糖度たけー。てぇてぇなあ。朝チュンですか?』
・おはよー
・おは
・やっと起きたか寝落ち魔が
・てぇてぇ
・てぇてぇ
・朝チュンはまずいw
凪咲ちゃんが言う。絶対画面の向こうでニヤニヤしてるだろ。それ専用のアバターの表情追加してもらった方がいいのではないだろうか。
「凪咲ちゃんもおはよ。でも朝チュンはまずいかも」
『なんで?』
「燃えるんだよ」
『カップルがいちゃいちゃして何で燃えるの?』
「リスナーは怒るしカップルじゃないんですよ」
『リスナーは面白がるしカップルじゃなくて夫婦か』
・ラブホでゲームしてたんか
・同じ家なんやろ
・[速報]ロータスさんvtuberと同棲
・舞希さんならええやろ
・炎上や
・いけ火炎放射
・効果は抜群だ!
何言ってるんだこの人は。俺と一緒で頭おかしくなっているのかもしれない。
「頭おかしくなってるかもしれないですね。寝起きですか?」
『寝てないね』
「え、大丈夫なんですか?今日月曜日ですよ?」
仕事とかあるのではないだろうか。
『私たちは毎日が日曜日だから』
「いいなー」
『ローちゃんも学校辞めたら毎日が日曜日になるよ』
「ニートじゃないですか」
『じゃあ『これくちお』に入ろう』
「ちょっと無理かも」
『でも入ったら事務所の企画とか出れるよ』
「うーん」
『舞希と一緒に』
「入ります。今すぐ応募します。裏口とかってありますか?」
・オタクがよお
・ニートがよお
・まだニートじゃないだろ
・ニート予備軍がよお
・俺も裏口で……
・お前じゃ無理だ
『私に毎日100万円くらいくれればいいよ』
「ちょっと銀行行ってきます」
『お金下ろそうとしてない?』
「いや借金ですね」
『まずいなあ』
『今日学校あるの?』
「そうですね」
『そっかあ……』
舞希が凄く悲しそうな声で言う。
「え、休みます」
推しが悲しむことはやっちゃいけない精神だ。
『違う違う大丈夫だよ』
『舞希せんぱーいだめですよー寂しいからって』
『そういうのじゃないって』
「まあ今日もスクリムあるので……」
『そうだね』
「じゃあ学校行ってきます」
『うんいってらっしゃい。寝ちゃだめだよ?』
「はい」
『同棲しとるんか?同棲してるんか!』
・てぇてぇ
・てぇてぇ
・てぇてぇ
・てぇてぇ
・てぇてぇ
・てぇてぇ
凪咲ちゃんあんたはさっさと寝た方がいいと思うよ。




