異世界転生追放貴族〜いいから早く俺を追放してくれ〜
気が付いたら異世界に転生していた。
会社からの帰り、いつも寄るコンビニで弁当と缶チューハイを買い、いつもの愛想笑いをくれるバイトのアジア系姉ちゃんと二言三言だけ話をし、そのまま誰も待っていない安アパート(築35年の1K)に帰宅するはずだった。
そのはずだったのだが、なんの因果か居眠りトラックに轢かれてしまい、なんとなく、おそらく、たぶん、即死。だって自分が死んだ瞬間なんて覚えてないから。
「……ばぶー……」
そしていつの間にか、やたら豪華なお屋敷っぽい一室で、俺は赤ん坊になっていた。どういうことだよチクショウ。いや待て、これはあれか。しがない安月給のサラリーマンを続けてブラック労働の挙げ句、過労死まっしぐらな人生よりも、お貴族様として悠々自適な生活を送れるチャンスなのでは……? ありがとう神様! 本当にいるのか知らないけど!
「ばぶー!(俺、新しい人生を面白おかしく過ごします!)」
光陰矢の如し、とはよく言うもので、俺もとうとう16歳。すっかりこの異世界の事情やら文化も習得してしまった。どこからどう見ても現地人(?)の一員だ。幸い、この異世界はよくある中世〜近世くらいのヨーロッパっぽい文化と技術レベルのようだ。
現代社会の便利さを噛み締めつつ、さりとて思ったほどそこまで不便ではない暮らしを送れている。
そして、ここからが重要なのだが、もう数日もすれば俺も社交界デビュー、つまり貴族としての本格的な幕開けとなる。なるのだが……。
「おい! 若様は見つかったか?!」
「それがどこにも……!」
「ええい、早く見つけろ! でないと我々は……!」
俺の家……つまりは豪奢な邸宅の中を使用人達が右往左往している。それを俺は少し離れた木の上から眺めていた。恐らく父上がこの前、大枚叩いて買ってきた絵画……子供が描いたようにしか見えない落書きのようなナニかをビリビリに破いたのがバレたんだろう。とてつもなく高価なものらしかったから、今度こそ俺は追放されるハズ。
そう、俺はこういう冗談で済まされないイタズラ……いや、工作活動を幾度と無く繰り返している。なんの為かって?
そりゃあ、この家から追放されるためだよ……って、ヤベ! 見つかったか! いや見つかるのは織り込み済みなんだけど。
「ワシの絵画をこんなにしてしまったのは……お前か」
「……はい、お父様。それが何か」
父上の書斎に連行された俺は、わざとふてぶてしい態度を取る。さぁ言え、今度こそお前をこの家から追放する、もしくは勘当だと!
「……この絵画はな? さる有名な画家が鬼籍に入る直前に描き残し、市場にも記録にも残らなかったとされる幻の一品なのだ……それ故、相当な額を費やしたのだが……」
そんな事はどうでもいいから! 早く! 雷を落とせ! お前のようなバカ息子は何処へでも行けと追い出せ!
「お前のような……」
そう、その調子だ! さぁ、さぁ、さぁ!
「お前のように出来た息子は他にいない! いやいやどうして、全くもって助かったぞ!」
……あークソ、またもや駄目だったか……。
「いやな? どうやらこの絵画、その画家の執念というか妄念のようなものが取り憑いているとかで、持ち主を尽く呪い殺すようなのだ。しかし、お前がそれをすぐに見抜いてくれたお陰で、ほれ! ワシはピンピンしておるわい!」
父上は自分の命が助かってさぞ喜んでいるようだが、俺の心はどんより雨模様。いや土砂降りだ。というか、絵画を購入した代金はもう支払ったってこと、すっかり忘れてないか? 結構な額で、その話を聞いたときには思わず目眩がしたほどだぞ?
俺はどうやら、この異世界に転生した際、一つのスキルのような物を獲得したらしい。
それは『幸運』。どんな時でも慶事に恵まれ、何か行動を起こすとそれは大抵良い方向に進んでいく。その効力は凄まじく、恐らくサイコロを振って暮らすだけで豪邸が建ちそうな勢いだ。
それだけなら良いのだが……良いのだが……人生とは常に儘ならぬもの。
「いやぁ、またしてもお前に助けられてしまったな!」
「……それは良うございました、お父様」
心のなかではちっとも良くねーよ!と叫ぶ俺。そう、全ての元凶はこの父上だ。
俺がスキル『幸運』を持つ人間だとしたら、この父上はスキル『不幸』を持つ人間なのだろう。やること為すこと全てが裏目に出て、時には己の命の危険すらある始末だ。
ある時は領地改革に乗り出し民衆の恐ろしいまでの反発に合い(その時は俺の不用意な一言のせいで丸く納まってしまった)、またある時は旧知の中でもある腹心が実は別の貴族に買収されてスパイのような事をしていたり(その謀を俺が気付かないうちに阻止していた)、俺が生まれるまでよく生きてたなというレベルだ。
「お前がいれば、この家も安泰だな!」
「……そうですね、お父様」
『幸運』と『不幸』、そのスキルは互いに拮抗して……いや、生きている年数だけ『不幸』が強いのか? 年々ウチの財力やら領地からの税収が落ち込んでいるのを俺は知っている。原因は絶対にこの呑気に笑っている父上の『不幸』のせいだ! そうでなくちゃ俺の『幸運』スキルが説明つかない!
(このままじゃあ悠々自適なお貴族様ではなく、貧乏貴族まっしぐら……! 一刻も早くこの家から抜け出さないと!)
幸いにも……いや本当に幸いにも、俺には弟と妹が何人もいる。兄としての贔屓目を抜きにしても、こいつらは優秀なほうなので、俺が居なくても十分に領地経営をこなしてくれるだろう。……父上の『不幸』スキルに負けなければいいが……。
然らば、次はどうやって家から追放されるか思案する。こっそり家出を試してみたが何故かこの家に連れ戻されてしまうし、かといって父上をどうこうするのは流石に気が引ける……というか、領主を殺せば息子だって普通に処刑だぞ。逆に領主である父上を追放するにも、それ相応の理由が無ければそもそも無理な話だ。
「ところで、これはまだ内々の話なんだが……お前に縁談があってだな?」
「え゛っ……そ、それは……」
「ぬふふ、そう照れるでない。お前もあと少しで立派な貴族社会の一員、そういう話もどんどん沸いてくるぞ?」
「は、はぁ……」
いや、違う! 縁談は……まぁ、転生前にはそういう浮いた話一つ無かった俺にとっては嬉しい限りなのだが!
問題は! 父上経由でやってくるっていう事なんだよ! 絶対ヤバい事になるに決まっている! 見た目は美人でも性格は最悪だとか、ウチよりも貧乏な家柄だとか、そういうのに決まってるって!
「いやぁ、孫の顔が楽しみだのう!」
……早く、早く俺をこの家から追放してくれぇー!
深夜、ふと浮かんだネタをそのまま文字に起こしました。うーん、なんだこれ。