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最終電車と20分間。

作者: 泉 菜奈

彼と彼女のはじまり。

ガタン ゴトン、

ガタン ゴトン。


久しぶりの女子会で思いのほか盛り上がり、すっかり終電になってしまった。

車内いっぱいだった人も、一駅都心から遠ざかるごとに少なくなって、いつの間にか車両には向かい側の端の席で頭をつけて寝ている赤ら顔のおじさんと、そのさらに向かいに座っている派手な女性、そして私の隣に座っている男性だけになっていた。


こんなに空いている車内で、わざわざ隣の男性と肩を並べる必要はない。

私は席を移動しようと足に力をいれた。


そのとき。


コテンっと私の肩に何かが触れ、 私の体が反射的にビクッと反応する。


驚いて視線だけ右にやると、隣の男性が腕を組んだまま、私に頭を預けていた。


ーえ、寝、寝てる!?ど、どうしよう。


一瞬、新しい痴漢のスタイルかと思い、体に緊張が走ったが、少し様子を見てみても体温がじんわりと伝わってくる以外の動きはない。


ー…。

ー私が立ったら、この人、横に倒れちゃうだろうな。でもこのままなのは…。起きてくれないかな…。


一駅分我慢してみたが、動く気配がない。


かすかにシトラスの柔らかなコロンの香りがする。

若めの男性なのだろうか。


熟睡していることをいいことに、チラッと男性を覗き見ると、

ピカピカに磨かれた革靴に、視界の端に見えるのは上質なトレンチコート。組んである足の上にはいかにもビジネスマンのカバン。

適度にまとめられていたであろうサラサラの黒髮は少し乱れていた。


ーこんなに深く眉間に しわを寄せて…。

疲れているのだろうか。


と、そこまでじっくり観察したあと、ふと気がつく。


ーあれ?

この人、見たことがある。

どこだっけ?


ーあ、

朝よく地元の駅で…。


朝よく見かける彼だと気がついた瞬間、安心感から肩の重みの不快さが消えた。知り合いでもなんでもない人なのに、女性の防衛本能とは不思議なものだ。


人の顔を覚えるのが大の苦手の私が彼を記憶していたのは、単純に彼の体格がとても好みだったからだ。遠目でしか見たことがなかったが、いかにもさわやか営業マンといった出で立ちでホームに立っている姿に目を惹かれていた。


すらっとスーツの映える身長に、広めの肩幅が小顔を余計に目立たせる。カバンを持つては大きく、佇まいが静かな印象がさらに好みだった。


たまに同じ電車に乗り合わせては、私の目に栄養をくれていた彼だ。

その彼が今日は疲労困憊の様子だ。

お酒の匂いもしないし、仕事がハードだったのだろうか。

知り合いでもないのに、なんだかだんだんと情が湧いてくる。


ー好みだからって優しくなるなんて。


ゲンキンな自分にすこし可笑しな気持ちになる。


朝見かけるということは、きっと彼も同じ駅で降りるはずだ。


ーまあ、あと3駅なんだし、寝かせてあげようかな…。



私はピンと背筋を伸ばして、少しでも彼の首が痛くならないよう肩の位置を精一杯あげた。


———————————



「次はー、立川—。立川—。この電車は最終電車となりますー。お乗り過ごしのないよう、ご注意くださいー。」



ーどうしよう、

起きる様子がない。

でもここで降りなきゃいけないし、

彼も多分、ここで降りる。


降車のアナウンスに私は慌てていた。


さりげなく肩を上下して、違和感で起きてくれないか試すが、いっこうに起きる気配がない。


ー声をかけてようか?

いやでも、なんて?

「降りますよ。」なんて、なぜこの女、俺の降車駅を知っているんだ、ストーカーかってなるし。


ー膝を揺すってみる?

いや、膝はダメだ!

男性の膝をいきなり触るなんて私が痴漢(痴女?) みたいじゃないか!


下車もせまりどうするべきか、グルグル考えていると、


「んっ…。」


と、どえらいセクシーなかすれ声が耳元で響き、無意識に肩をすくませてしまった。


ーこの人、骨格も最高なのに声帯も最高なのか…!


「んん…?」


突然の枕の裏切りに眉間のシワをさらに濃くして、彼は目をつぶったまま、首を起こし、首の位置を正常に戻した。


ー起きた…、のか…?


そのまま彼は目を瞑ったまま動かない。


「まもなく立川—。降り口は右側ですー。」


ーどうしよう!このままでは完全にこの人は寝過ごしてしまう!これ終電なのに!

乗り過ごしたら、この人、帰れない!


私は勇気を出してストーカー認定される決意をした。

ーこの人が休めないよりは私の一瞬の恥を飲もうじゃないか!


「あ、あの〜…?次、立川ですよ…?」


「…?」


目を瞑ったまま、眉間のシワをさらに濃くする彼。


下車駅は近い。時間がない。


人の良すぎる私は、ストーカーに加えて、痴女になる決断をした。


「あの、立川につきますよ!起きてください!」


と彼の膝を揺すった。


彼はようやくとても辛そうに目を少しずつ開け、シパシパと瞬きを繰り返し光に慣らすと、ハッとした顔で液晶モニターに表示されている『次停車駅 立川』の文字を確認し、少しホッと短いため息を吐いた。


そしてまたハッとして彼の膝に手をかけ、彼を覗き込んでいた私を開けたばかりの瞳に映した。


「………。」


しばし、お互いに瞬きをし合う。


ーえっと…?

なんだこれ…?頭が回っていないのか?

ストーカーか、痴女か迷っているのか…?

私はどちらでもないぞ!


「あ、あの〜…?」

私が再度声をかけようとしたとき、電車が立川についた。


ガタン!プシュー。

「立川—。立川—。お乗り過ごしにご注意くださーい。」


「と、とにかく!ここで降りますよね?!ほら!」


私はあわてて彼の腕を掴み、閉まりかけのドアに滑り込むように なんとか彼と共に降車する。


「はー。よかった〜!」

膝に手をついて、つぶやく。


「あの、」


ようやくまた腰に響く声が頭2つぐらい上から聞こえる。


呼びかけに応じて顔だけ彼の方へ向ける。

こんなに近くで正面から彼を見たのは初めてだ。

やはりいつもの出で立ちから数割減のさわやかさの彼が言葉を落とす。


「乗り過ごすところでした。ありがとうございました。」


ーはあ〜。よかった…。

ストーカーとも、痴女とも思われていない様子に安心する。


「いいえ、あの、無理やりすみません。えっと、私、あやしいものではなくて、その、」


「たまに朝、同じ電車に乗っていますよね?」


ーなんだ…と…?!


「よく、ほらあの、小さな星が散りばめれらた文庫本カバーで本を読んでらっしゃる…。あれ、違いますか?」


ーえ、いや、違わないけれども!

私よりだいぶ観察していないか!?


「あ、いや、それは私ですが…。」


「いや、すみません、素敵なカバーだなと思っていたので…。起こしてくださってありがとうございました。今日はもう遅いので、お礼はまた近々させてください。」


彼はスーツの胸ポケットから黒革の名刺入れを取り出し、流れるような動作で一枚引き抜くと私に差し出した。


「いや!あの、お礼なんていいので!そんな大層なことしていないですし!」


軽く両手を添えて名刺を差し出す彼に、私は胸の前で両手を振り、「いいです、いいです」ジェスチャーをあほみたいに繰り返す。


「僕の気が済まないので。どうかお願いします。」


彼は私の右手を掴むと、名刺を持たせてそういった。

大きな手は指先まで綺麗だった。


「このメールアドレスか、電話に連絡してくださ…。その様子では頂けなさそうですね…。あの、怪しいものではないので、連絡先、お伺いしてもよろしいですか。」


ーあれ、怪しいのは私ではなかったのだろうか…?


深夜の回ってない頭で反射的に電話番号を伝えると、彼はすぐに携帯に登録する。

ピロンと私の携帯が鳴ると「高山雅也です。」とショートメッセージが来た。

彼は私がメッセージを開いた様子を確認すると、乱れた髪をかき上げながら申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「ありがとうございます。では、もう夜遅いので。ご自宅はこの辺ですか?」


「…。はい、えっとすぐ近くです。」


「そうですか。こんな時間なのでお送りしたいところですが…。」


「え、いやいいですいいです!あの、おやすみなさい!」


いつも遠目から見ていた「好みの塊」との距離が縮まりすぎてどもり続ける自分を嫌悪しながら、急いで彼に別れの挨拶をすると、ピッと改札を通る。


振り向くと彼はまだホームの近くからこちらを見守っていた。


「あの、ゆっくり休んでくださいね!」


そう一言声を張ると、彼は



「はい、」

とすこし目尻を下げながら優しく微笑み、

続けて、


「お気をつけて。」


と手を振った。


彼と私の始まりと、最終電車と20分間。






こんなことは現実世界、あんまり起きません。

でも出会いはいつも突然に…。と、

飛び乗った最終電車のなか、向かい側に座っていた男女をみて勝手に妄想を膨らませた犯人は、私です。


もし、読んでくださる方がいるのならば。

メンタルが弱いので、ネガティブなご意見は心にそっとしまってくださると作者の胃が守られます。

良い感想は頂けますと、作者の明日を生きる活力になります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] きゅんとする作品でした。 [一言] 見ず知らずの人に枕にされたことがあります(笑) 乗ってくるなり、私の肩に頭を乗せ眠り始め、私は枕じゃない! イラッとしましたが、どうせ次の駅で降りるのだ…
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