第6話
本日3話目です。
「クソがっ!なんだてっんだよあのおっさんは!」
とある宿屋の一室に1組の男女がいた。そう、エミのかつてのパーティメンバー、ジョンとキャシーである。
ジョンは苛立ちを隠そうともともせず、声を荒らげる。
「別にエミのことはもういいじゃない」
「良いわけあるか!あれは俺の女だぞ」
「.......」
別に彼がエミのことを好きだったという訳では無い。幼い頃から村で一緒に過ごして、自分と一緒にいるのが当然なのに、それがどことも知らぬおっさんに奪われたと癇癪を起こしているだけだーー自分が突き放したということを棚に上げて。
そして、それをキャシーは理解していた。
ずっと一緒に過ごしてきて、ジョンの気質ーー独占欲の強さーーぐらいは理解している。彼女はジョンのことが好きだった。性格に多少難はあるとはいえ、顔はそれなりに良く、【剣術】というギフトのおかげでトップは無理にしてもそれなりの将来性はある。あの時、彼女もジョンと共に声をあげたのは、ジョンがそう言うならそうなのだと思ってだったーー恋は盲目と言うやつだ。
なので、キャシーとしてはエミがいないのならばそれはそれで良い。ある意味潜在的な恋敵がいなくなるし、ジョンが言うように暗くてドン臭くて冒険者としてもあまり必要性を感じない。そういうわけで今は無駄かもしれないが諦めるように言ってはいる。しかしーー
「(なんで私はこんな奴のことを好きなんだろう)」
キャシーの恋心は急速に冷め始めていた。
エミがいなくなって以来、ジョンがブツブツ独り言を言う時間が増えているし、直接的な暴力は受けていないものの、何となく危うい雰囲気をまとっている。
冒険者としてもエミが抜けて以降、調子が悪い訳でもないのにその成果は目に見えて悪くなっていた。一方でエミの方は絶好調。話に聞くと近くランクが上がるらしい。これもジョンが今の状態になっている原因かもしれない。
「(潮時.......なのかもしれないわね。頼むから余計なことはしないでよ)」
翌朝、キャシーが見たのは空っぽになったジョンのベッドだった。
ーーーーー
「よし。今日はこの辺で終わるぞ」
「わかりました」
俺達はいつものようにアルテア大森林に来ていた。しかし、やっているのは森を走ることではない。
「レベルはどうだ?」
「上がってます!これで30です」
既にエミにはレベル上げという名の実践をやらしていた。午前中はいつものように森を走らせているだけだが、午後は俺との模擬戦や魔物の討伐がメインだ。
エミの武器は当然魔法ーーではなく、短剣。しかし、それでもゴブリン程度なら全く問題はない。
「明日からはもう少し強い魔物を狙っていくぞ」
「了解です!師匠」
既にレベルアップもゴブリン程度だと頭打ちになっていたからな。あの時は逃げるしかなかったファングボアなんかに挑ませても良いかもしれない。
「さて、今日は帰るぞ。魔力操作の練習も怠るなよ?」
「わかってますよ!」
エミは魔力操作の練習もかかせずやっており、まだ魔法は使わせてないのだが、それなりの練度にはなってきているように見える。そして帰り道、今後の予定を考えているとーー
「正面から誰か来るな」
「そうなんですか」
行き帰りに同業者とすれ違うことはそれなりにある。そして、それは間違いないなかったのだがーー
「あー.......なんだか面倒事の香りがするぞ」
「そうですね.......」
現れたのはあのジョンだった。それも、雰囲気がおかしい。いや、元々変な雰囲気を纏ってはいたが、今日は輪にかけておかしかった。
「ジョン君だっけ?こんな所でなんか用か?」
「.......せい.......」
ブツブツと何かを呟いている。正直、魔物なんかよりよっぽど怖い。
「.......用がないなら俺達は帰るぞ」
そう言ってその場を去ろうとした、その時ーー
「お前のせいでええええええええええええええ」
「師匠?!危ない!」
そう叫びながら腰の剣を抜き、襲いかかってきた。まぁこの程度で俺がどうこうなることは無い。
振りかぶられた剣の刀身を素手でそのまま掴む。ジョンはそれを引き抜こうとするが、ビクともしない。
「お前のせいで、お前のせいで、お前のせいでええええええええええ」
「はぁ.......何となく言いたいことはわかるが落ち着けって」
俺がそう言っても叫びながら剣を引き抜こうと必死だ。ならばと思って剣をパッと話してやると、勢いそのままに尻もちをついた。
「クソがっ!さっさと死ね!」
「どうするんだよこれ.......って」
どうしようかと迷っていると、ジョンがぶっ飛んでいった。下手人は勿論エミである。
「前から思ってたけど、あなた、正直気持ち悪い。これ以上私達に近づかないで」
「エミィィィィィィィお前えええええええ」
なかなかに辛辣である。実際気持ち悪いけど。
「師匠、私がやります。良いですよね?」
「殺すなよ?」
「はい」
そう言ってエミは拳を構える。短剣術以外にも、エミには格闘術なんかも指導している。これは別にジョンを舐めてるとかではなく、これで十分という意思表示だ。実際、何の問題もないと思う。
「雑魚の分際でええええええええええ。俺のものにならないなら死ね!」
「はぁ.......別に私はあんたのものじゃないんだけど(師匠のものになら.......ポッ)」
ジョンは我武者羅に剣を振る。しかし、それはエミに一切当たらない。暫くそうしていると、ジョンは息切れし始めた。エミは訓練の後にもかかわらずまだまだ余裕があるように見える。
「はぁ.......かわすだけで.......はぁ.......何も出来ねぇじゃねぇか」
「そう思うならそれでいいよ。ほら、かかってきなよ」
出会った当初はおしとやかな雰囲気のエミも今となってはこの通り。クラウドブートキャンプの成果が如実に現れていて嬉しい限りだ。
「調子に乗ってんじゃねええええええええええ」
「さよなら」
ジョンの渾身の上段切りを完全に見切り、カウンターを叩き込む。
そのまま吹き飛んでいき、それ以上動かなくなった。確認すると、気絶しているだけで死んではいないようだ。花丸をあげよう。
「上出来だ。良いパンチだった」
「師匠に褒められました!えへへ」
幼なじみをぶっ飛ばしたというのに可愛い笑顔を浮かべるエミさん。まぁいいか。
「こいつ、どうすれば良いと思う?」
「完全な犯罪行為ですよね?衛兵に突き出すかギルドまで引き摺っていけば良いと思います」
「そうだな。面倒だがそれが1番か」
エミにこんなのを担がせるわけにはいかないので、それは俺が担当する。
アルバンに着いて、もはや顔馴染みの門番に事情を説明すると、何とも言えない顔をしていた。身柄をそのまま預けて、次はギルドへと報告する。
「それは.......間違いなく冒険者ギルドを含めた登録している全てのギルドから追放処分となります。その後はどうなるか.......クラウドさんとエミさんに実質的な被害はないので死罪とはならないでしょうが。この度は本当に申し訳ありません」
いつもの受付のエルフのお姉さんが頭をさげる。
「いえ、貴方が謝ることではありませんよ。これ以上俺たちに関われないようしていただければそれで十分ですので。そう言えば、パーティメンバーの少女が居たはずですが」
「実は、彼女からは昼前に相談がありまして。朝起きたら姿が見えず、最近様子がおかしいからどうすれば良いか、と」
「なるほど」
どうやらキャシーさんの方はまともだったみたいだ。もしかしたらあの時の態度もジョンが好きだったからとかなのかもしれないな。今はどうか知らんけど。
「では、後は任せます。俺達はこれで」
「はい。厳重な処罰をお約束します」
俺達はギルドを離れる。なんか精神的に疲れてしまった。
「なんか疲れたな.......」
「ですね.......」
エミもどうやら同じようだ。こういう時にはーー
「宿に帰ったら何か甘いものでも食べるか」
「本当ですか?!やった!プリンかな?ケーキかな?」
アルテアの美しい夕日が俺達を照らす。
トラブルはあるものの充実した時間が今日も過ぎ去っていった。
ーーーーー
「こいつ、どうするんだよ」
「さぁな」
ここは日々アルバンの平和を守る衛兵の詰所、その地下にある罪人を留置する牢獄だった。
本日の牢番を任されている2人の衛兵が、ある1つの牢屋を横目に呟く。
その牢獄の中には、とある一件でここの住人となった1人の少年がいた。ジャンである。
彼は気を失った状態でこの牢屋に運び込まれた。そして、目を覚まして以降、配給される食事もろくに取らず、今でも意味のわからない独り言をブツブツと呟いている。ここまで来ると一種のホラーだった。
罪名は〝殺人未遂〟
しかし、被害者は全くの無傷であり、彼らからの情状酌量の声はないものの、二度と関わらなければそれで良いということで未だに明確な刑の執行は行われていなかった。
アーベルの法律だと労働奴隷辺りが妥当との判断なのだが、本人がこの状態では仮に奴隷契約を結ばせたとしても使いものになるかわからず、未だに反省の色が見えないので服役後も被害者との約束をどう守らせるかで頭を悩ませていた。
「この際死刑でもいいんじゃねぇのか?」
「気持ちはわかるがそうもいかねぇだろ」
「はぁ.......そうだよな」
そして数日後、今回の一件を知らせたジョンの故郷の村に住む両親からの返答が報告された。
「〝煮るなり焼くなり好きにしてくれ〟ってか.......」
「自業自得とはいえ、不憫なやつだな」
両親からの返答は、事実上の死刑を望むもの。加えてーー
「パーティメンバーだった嬢ちゃんもとっくに村へ帰ったってよ」
「そりゃそうよ」
両親やジョンの1番の理解者だったかもしれないパーティメンバーのキャシーにまで見捨てられ、最終的な引き取り手もこれでいなくなってしまった。
「とりあえず、例の被害者の2人がアルバンから離れるまではここに入れておくしかない、か」
「やれやれだぜ」
そして今日も、詰所では不気味な少年の独り言がこだましていた。
次回は4月5日の12時です。