第13話
マヨネーズ大会の翌日、俺は約束通りヨルダンさんを尋ねた。
そして、そこであの傭兵パーティのリーダーであるカインと偶然再会した。どうやら依頼の件について報告に来たらしいのだが、彼から驚愕の情報を聞くことになる。
「あの捕えた盗賊団なんだが.......殺された」
「は?」
カイン曰く、アロイスの衛兵に引き渡した後、その日のうちに牢獄で火事が発生。捕えた盗賊は全員が焼死、残っているのは骨だけという有様だったらしい。
カインは王都を拠点としている傭兵で、暫くは王都にいるというので、飯はまたいずれということでその日は別れた。ヨルダンさんの店でも不足していた一部の物資を購入させて貰った。
ディージング商会はあれ以来大きな被害にはあっていないらしい。それでも、荷馬車の襲撃や農地の放火によって被害を受けている商会は後を絶たないと言っていた。
そしてーー
「「「「「師匠!今日も宜しくお願いします」」」」」
「お、おう。宜しくな」
俺達が王城に滞在してから5日が経過する。
当初の予定は既に霧散し、一連の事件の解決を見届けたいというのもあるが、何よりドミニクを含む王族の要望と、エミにイーリスという親友が出来たという理由もある。
今俺がいるのは、王族は勿論ここで働く者の食事を一手に担う厨房だった。
あの夕食会の日、王族とザームエルさん、エミは食事に大量のマヨネーズをかけて多いに楽しんでいたが、それを良しと思わない人間がいた。
そう、それはその日の食事を用意した王宮料理長並びにその部下の料理人達だった。当たり前である。
俺だってせっかく作った料理を、物にもよるけどよるがマヨネーズまみれにされて良い気持ちになれるはずがない。エミも普段はあそこまでマヨネーズは使わないが.......今となっては後の祭り。
翌日、ディージング商会から帰ってきた俺に、王宮料理長からーー
「俺と料理勝負をしろ!」
と言われてしまう。はっきり言って乗り気ではなかったのだが、よりにもよってドミニクの耳に入ってしまい、その日の夕食を用意する事に。
結果から言えば俺の圧勝。
先行は料理長だったのだが、食べている途中でドミニクがマヨネーズを要求し始めてしまう。そして俺が提供したのは〝ビーフクリームコロッケ〟で、牛のひき肉をふんだんに利用し、ソースも特性のデミグラスを使った渾身の逸品だ。どうせ勝負するならと手を抜かなかった訳だが、これを食べた王族連中とザームエルさんは涙を流しながら食べ、試食した料理長に至っては土下座しながら弟子入りを希望し始める。なんだこれは。
あれ以来、何故か朝食から夕食まで何故か俺がプロデュースするはめに。料理長は勿論、部下の料理人全員が俺のことを師匠と呼びようになってしまった。弟子はエミだけで十分なんだが。
ちなみにそのエミはというと、イーリスと遊ぶ以外にも、アーベル王国の騎士団の訓練に参加していたりする。レベルをあげるのに必要なのは何も魔物を狩ることだけじゃない。体力トレーニングや模擬戦だって経験値は入る。特に、自分の実力と同等かそれ以上の相手とのガチの模擬戦は経験値もそうだが、ただの経験としても非常に有用だ。
他にも変化はあった。
ここに来た当初は騎士や使用人からは訝しげな視線を浴びていた。〝不審な王女の客人〟でしかなかった訳だが、あの一件落着以降〝国王を救った英雄〟として見られるようになり、すれ違えば立ち止まってお辞儀をされるし、噂を聞いたどこぞの貴族のパーティへの招待状が届いたりかなり大変な目にあっている。
「今日のメニューはオムライスだ。仕込みは済んでいるな?」
「勿論です」
今日の昼ご飯の献立は〝オムライス〟だ。
まずはチキンライス作り。アルテアでも米は流通していて、アーバンではメインではないが生産されている。具材は既に細かく刻んでおり、やはり決めてとなるのはーー
「これが自家製のケチャップだ」
「「「「「おぉ〜」」」」」
鑑定のモノクルのおかげで材料や製法はわかっているので、自分で作れそうなものは自家製し、アレンジを加えたりしている。時間だけはかなりあったからな。
調理器具もガチャからわんさかでていたので、ダブって使わなさそうな物はここの厨房に寄付してあげた。
「良し、始めるぞ!」
「「「「「ウィー!シェフ!」」」」」
何度でも言うが、俺はプロの料理人ではないぞ。
それにしても、マヨネーズぐらいはあると思ってたんだけどな。俺の様な異世界人って過去にもいたって話しだったし。
よくよく考えてみれば、異世界人が地球出身で俺と同じ時代に生きた人間って偏見だよな。地球のある世界とアルテアのある世界があるように、他にも世界はあるだろうし、同じ地球出身でも大昔の人って可能性は十分にある。
おっと、とりあえず目の前の仕事をこなそうか。
ーーーーー
「ぐぬぬ」
ここはアルテア大霊峰。そこにポツン立つログハウスの中で、1人の女性がいた。
「クラウドのやつ、王都についてからこっちに中々帰ってこんの。はぁ〜暇じゃ」
クロノアである。蔵人がいる時にはご飯を一緒に食べてるのは勿論、模擬戦をやったり、ただただ話をするだけでも時間を使うのに事欠かなかった。
龍種であるクロノアはほぼ不老の存在である。既にかなりの年月を生きているのだが、そのせいか一度眠りに着けば数十年数百年でも特に何かない限りは目覚めないということもザラだった。実際、蔵人がここに来るまではその状態だったのだが、今更寝て暇を潰そうとも思えなかった。
「スラきちとフブキもそう思わんか?」
「きゅ?」「わう?」
蔵人の家族であり、スライムであるスラきちとオオカミのフブキにクロノアは話しかける。
スラきちとフブキの2匹も大霊峰にお留守番だ。それには理由がちゃんとある。
〝魔物使い〟
このように呼ばれる者達がいる。文字通り、本来は敵対関係にある魔物を使役し、それを戦闘や生活に役立てている者のことだ。
テイマーには共通点があり、それは〝契約魔法〟というギフトを持っていること。契約魔法の拘束力というのはその使い手の力量とは関係なく強固であり、クロノアや蔵人であっても一度結んでしまえば簡単にどうにかできる物ではない。
魔法を成立させるのには最低でも術者と契約者の間に同意が必要で、テイマーはそれを魔物との間で行う。契約を行うと、その形態にもよるが術者と契約者の間に魔力的なパスが繋がり、その結果〝契約紋〟と呼ばれる紋章が体に浮かび上がる。
村レベルならともかく、ある程度の規模を誇る街や都市に入ることができる魔物は、この契約紋を持つ個体だけと法によって厳格に定められていた。
蔵人と2匹の間にはある意味契約以上の絆があるとはいえ、共に街へ入ることは出来ない。何とか紋章を偽装するという手段もなくはなかったが、それは法を犯すことになるし、万が一を考えれば下策を言わざるを得ない。
以上から、クロノアという蔵人にとって信頼出来る相手がいるということもあり、お留守番という形をとる事になった。実は、クロノアもお守りがなければ蔵人について行こうと思っていたのは内緒である。
「クラウドには事情を聞いているとはいえ、どうにかならんものか。おぬしらが人化出来れば話は変わるんじゃが」
「きゅ.......」「くぅん.......」
スラきちとフブキも残念そうに鳴き声を出す。
「ふむ.......お主らはまだギフト持っておらんからの.......もしかしたら.......やってみる価値はあるかの」
「きゅ?」「わぉん?」
ーーーーー
クロノアが何やら企んでることも露知らず、俺は昼食をドミニク達王族と共にとっていた。
オムライスは大変好評で、準備していた食材は予備も含めて無くなる勢いだった。特に騎士達は職業柄体を動かすのでよく食べる。ちなみに、俺がプロデュースを任されて以降、王宮での食料の消費が尋常では無いらしい。
「クラウドよ、オムライスは最高だな」
「食いすぎじゃねぇの?」
俺は1人前で十分で、既に食後の紅茶をすすっている。
ドミニクは既におかわりのおかわりまでいっており、今後の健康が不安になるレベルだ。今度料理長に言っておこう。
「ところで、例の件はどうなった?」
「ん?ああ、上層部はほぼ間違いないのではということで意見は一致している。確証はないがな」
今回の国王暗殺未遂と襲撃・放火事件の関係性のことだ。
アーベル王国の上層部は関係性アリとしたらしいが、ドミニクの言う通り確証はない。相変わらず下手人の尻尾は掴めていない。手掛かりとなりそうな奴らは始末されてしまったからな。せめて綺麗な状態の死体ならまだしも、骨だけになってしまうと鑑定してもあまり意味はない。
「そうか」
「国をあげて対応はしている。それでも被害はゼロというわけじゃない」
「ドミニクはともかく、カミラさんとイーリスは気をつけろよ」
「おいおい、一応ワシは国王だぞ」
「それなら国王陛下とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いや、やめてくれ。オムライスが不味くなる」
ドミニクの暗殺に失敗した以上、次に狙われるとしたら王妃のカミラさんか王女のイーリスになる。一応、王太子となるイーリスの兄がいるらしいのだが、彼は魔王国内にある〝魔法都市アルカディア〟に就学中ということで、狙われる可能性は少ない。
後は狙われる可能性があるとしたら.......エミ、そして俺か。
相手にもよるがエミもそれなりにやれるし、俺を狙ってくれれば話は早いのだが。
「物理的な暗殺や誘拐には特にな。まぁ俺が魔力探知で見張っているから不審な輩が近づけば対処するけど」
「それなら安心だな、ははは」
「ったく.......調子が良いことで」
自分や家族の命が狙われているかもしれないのに随分と楽観的なものだ。まぁそれがアーベルの穏やかな国風に繋がっているのかもしれんが。
そして、事はついに動き出す。
それは今から3日後の夜のことだった。