『あるもの』と『ないもの』
「こうはい君、こうはい君。」
「はい、なんでしょうか。せんぱい。」
僕は先ほどまで読んでいた小説を一度とじると、彼女に向き直る。彼女はそれを満足そうに見つめながら問うてきた。
「君が今持っているそれはなんだい?ここがいったい何の部活なのか、それを踏まえたうえで答え給へ。」
はてと手元の本を見つめ、しばしの瞑想ののち、僕は簡潔に答える。
「ミステリ小説ですね。」
「この部はなにかな。」
「ミステリ研究会ですね。」
「何かいうことは。」
「この小説、大変おもしろいです。」
「そうか。」
「はい。」
「そうかぁ…。」
多少哀愁のこもった言葉は宙へと溶けていき、せんぱいは少し遠い目をしたあと『こほん』とわざとらしく咳払いをした。
「さて、ここでひとつミステリクイズといこうじゃあないか。」
「唐突ですね。」
「唐突でも何ででもいいんだよ。私はミステリ研らしいことがしたいのさ。」
フンスと鼻息荒くもっともらしいことを述べてはいるがこのせんぱい、先ほどまで目の前のおかしをバカみたいに食べていたのだ。今も食べかすが口の端についてる。威厳のへったくれもない。
「さて、これを見てくれ。」
せんぱいがずいっと見せてきたのは、おかしの山から取り出した一粒の飴玉。それを僕が確認するのと同時にせんぱいは目の前でそれを握りしめ、手のひらの中に隠してしまった。
「問題だ。先ほどの飴玉はいま、どちらの手の中にあると思う。」
「左手ですね。」
「正解だね。ではお次はどうかな。」
今度はわかりづらくシャッフルし、再度こぶしを突き出してきた。
「えー、では次は右手で。」
「はずれ。」
「じゃあまた左手だったんですね。」
「それもはずれさ。」
せんぱいはそう言うと手のひらを見せつつ腕でバツ印をつくる。
「え、ではどこに?」
「正解は君のポケットに。」
そう言ってせんぱいは僕の上着から飴玉を取り出すと、いたずらな笑みを浮かべそれを食べて見せた。
「手品ですか。」
「手品だね、お嫌いだったかい。」
「嫌いじゃないですけど……、これミステリ関係ないですよね。」
「そうでもないさ。人はあるべきものがそこには在り、ないものは無いという先入観を誰しも持っている。では例えばそこに、あるはずのものがなく、あるはずのないものがあったとしたら、人は驚き、疑問を持ち、探求心を刺激される。ミステリとはとどのつまり、そういうものなのだと私は考えるのだよ。」
「そんなものですかね…。」
「少なくとも私にとっては、ね。ところでこうはい君、このおかしはとても美味しいね。どこで買ってきたものなんだい。」
「え、せんぱいが買ってきたんじゃないですか。」
「いや、私はてっきり心優しいこうはい君が買ってきて置いてくれたのだとばかり…。」
「「……………。」」
あるはずのものがなく、あるはずのないものがあったとしたら