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2. ひとひらの魔法

「その冬最初の雪のひとひらを捕まえたら、願いが叶うんだって」

 

 雪舞う学校の帰り道、教えてくれたのは瞬だった。

 正直、こどもっぽいしロマンチックすぎると思ったのは内緒だ。

 でも、冬のオリオンを…周りに隠れた他の星座を教えてくれたのも、白い虹や青白く輝く夜光雲を教えてくれたのも瞬だから。私は素直に信じた。瞬はいつも、それまで見えなかったものを私に見せてくれる。

「来年、どっちがゲットできるか競争しようね」

 瞬は思いがけないほどうれしそうに笑ってうなずいた。

 

 ……それが、瞬の笑顔を見た最後だった。


 ※


 平日の午後2時。キャメルのダッフルコートの上に赤いマフラーをぐるぐるまき、身代わりの抱き枕に後を託して、私はそっと家から抜け出した。

 天気予報は確かめた。晴れのち曇り所により雪。決戦の時が近いこんな日に学校を休めたんだから風邪を引くのも悪くない。

 外には吐いた息がそのまま凍りつくような冴え冴えとした空気が張り詰めていた。鼻先はすでにつんと冷たい。

 急がなきゃ。

 足を速めた私の横を、クラクションを鳴らしながら路線バスが追い越していく。

 バスは嫌いだ。乗れば時間を短縮できるけど、バスは使わないって主義を曲げる気はなかった。


 丘の上の公園にたどり着いた私は、定位置…中央付近の街灯に寄りかかり、鈍く垂れこめた空を見上げた。

 息をつめ、首が引き攣れたように痛んでも、眼球が乾いても、身じろぎもせずに見続ける。

 天がため息をこぼすまでに、どれくらい時間が立ったろう。吐き出された憂いが雪に変わって舞い落ちる。 

  

 この冬最初の、ひとひら。


 あれだ!

 私は死に物狂いでダッシュした。つまずきながらも腕を伸ばす。

 つかまえた! 

 地面に倒れ込んだまま、てのひらを祈りの形に握り合わせ、私はぎゅっと目を閉じた。

 どくどく脈打つ鼓動。

 お願い。これが最初のひとひらでありますように。

 祈りながら手を開く。

「………。駄目、だったよ。瞬」

 絶望の息。空っぽのてのひら。

 最初の雪を捕まえるなんて所詮無理な話だった。それでもすがらずにいられないほど私は追い詰められていた。

 だって、奇跡か魔法でもなければ私の願いは叶わない。

 亡くしてしまった人と会いたい…だなんて無茶な願い、叶うはずもない。

 なのに最初のステップさえクリアできなかった。

 魔法も奇跡も起こらない。願いは叶わない。瞬にはもう、絶対に会えないのだ。


 空を見上げる。

 落ちてくる雪。目尻からこぼれる氷の粒。霞んでゆく世界。

 ねぇ、瞬。あんなに突然、瞬がいなくなるなんて思ってもみなかった。

 バスの運転手がハンドルを切り損ねた…それだけで全部壊れてしまうなんて…。 

「も…無、理…」

 唇を噛んでぎゅっと目を閉じる。

 ひとりきりじゃ星も虹も雲も見えない。瞬がいないと世界中が曇ってなにも見えないよ。


「……?」

 顔に雪があたらないのが不思議で、私は目を開けた。

 いつのまにか雪は大粒に変わり、白く積もり始めている。

 なのに私の顔や体には雪があたってない。…まるで、だれかが身体を傾けて庇ってくれてるみたいに。

 明らかに不自然な雪の動きがうっすらと“だれか”の輪郭を浮かびあがらせる。あるのは雪を弾く透明な輪郭と懐かしい気配だけで、顔なんてわからない。でも…。

「…瞬? きて、くれたの?」

 答えるように目尻に優しく触れる気配に、急いでてのひらをあてる。

 重ねたはずなのに手の感触はなく、自分の頬に触っただけだった。

 それでもいい。

 熱で見た幻でも幽霊でも構わなかった、瞬に会えるのなら。

「待ってたの。ねぇ連れてって。私も瞬のところに行きたい。ひとりぼっちはさみしいよ」

 言った途端、雪の塊が顔に飛んできた。

「わわ」

 ぶんぶん首を振って払い落す。

 見ると地面の雪の一部分がはがれてる…だけではなく、ご丁寧に『バ・カ』って書いてある。

 どうやら、私は触れられないけど瞬からはOKらしい。

 気配が動いたかと思うと今度は『ガンバレ』って文字が増えた。

「…やっぱり頑張らなくちゃ駄目かぁ」

『サヨナラ』

 もう? という言葉を呑む。なんで魔法も奇跡も一瞬で費えてしまうんだろう。


 私は雪のシルエットを見上げて、両手を広げた。

 さよならよりもっと伝えたい言葉があった。

「今までありがと、瞬。大好き…ずっと大好きだよ」

 空っぽを抱きしめる。


 ふぅっと、空気の流れが変わった。大粒の雪が濡れた頬に降りかかる。

 さよならはいわないね。

 これからもきっと、知ってたはずの日常に新しいなにかを見つける度、そばに瞬を感じるから。 


『キ…』


 時間切れの最後の言葉が雪に埋もれていくのを、私はただじっと見つめ続けた。

雪がお題の2000字小説です。

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