15. ゼンブウソダヨ、と彼女は言った
時空がお題の2000字小説です。
ぜんぶ嘘だよ。片手をあげ、あいさつのように言って間中はコンビニの前でメロンパンをかじっていた僕の隣に立った。正確には立とうとして車止めに躓いた。
無表情なままそそくさと体勢を立て直し、間中は左目の眼帯に細い指をあてると、
「失敬。今、生体コード認識装置にノイズが走った。状況は逼迫してる」
しょっちゅう躓くんだから眼帯は危ないという言葉を飲み込み「……そうか」とうなずく。
間中は紙パックの牛乳を持つ右手を見て、
「坂崎はこれからバイト?」
「うん」
ぐるぐる巻きの包帯を指なしの手袋に変えるのはチラシ配りのバイトの時だけだ。
包帯では悪目立ちしてしまう。手の甲に刻まれた聖痕を人目にさらすわけにはいかない。
「5分。ボクに5分だけ時間をくれないか」
「もちろん。地球の命運にかかわるんだろ?」
「さすが坂崎、話が早い。そうだね、命運はともかくキミの持ってる世界への認識は崩壊するかもな。この5分で」
間中はこちらに視線をむけ、無表情なままにやりと笑うという器用な真似をした。
すぐに顔を正面に向け淡々と話しだす。
「時間がない。急ごう。実はボクはこの世界…いやこの時空の人間じゃないんだ。時空転移装置を使ってこの世界に流れ着いたよそ者なのさ」
「……」
「驚かせてすまない」
「いや…」
珍しいな。出だしからいつもと違ってたけど、今まで圧倒的に、人の子の罪をその身で贖うため降臨した天使とか、ふとした過ちで世界に厄災をもたらし浄化の方法を探し続けている魔法使いとか、悪魔に許されざる恋をしたため天から落とされた堕天使とか、闇に蝕まれた光の精霊だとか、ファンタジー寄りが多かったのに、今回はSFか?
うーん。返しが難しい。
「えっと…どうしてこの時空に?」
「ボクの生まれたβ7軸ζ13時空ではさ、生まれたときから人は2種類に分けられてるんだよ。支配するものとしての上級種と支配されるものとしての下級種。長き安寧と停滞に飽いた上級種はさ、刺激的なゲームを生み出したんだ。それがボクがこの時空に来た理由」
「え、あの、間中?」
「わからない? キミは善良だな。…人狩りだよ。自分たちと同じ姿かたちの下級種を別の時空に放って狩りを楽しむ。次元転移装置と転移した世界に潜伏するための認識阻害装置だけを持ってボクらは永遠に彷徨う。いつか狩られるその日まで」
自嘲気味に小さく笑う間中。
おいおいおい、それはやりすぎじゃないか? 趣旨からずれてないか?
罪を贖うため、過ちを償うため、許されざる想いのため。世界から、世間から、人から、……親から、どんな仕打ちを受けても、今を凌いでいくための理由を捏造するという僕たちの趣旨から。
厨二病とからかわれて外した眼帯の下の真っ黒に晴れ上がった目の周りと傷で周囲を沈黙させた間中と、包帯や長袖の服では隠しきれない火傷と切り傷とあざを気味悪がられてる僕との唯一の接点。
辛い現実をごっこ遊びで誤魔化して僕らはなんとか耐えてきた。それくらいしか今の僕らにできることはなかった。
だから今まで、合言葉で始まる厨二病としか言えないちゃちな作り話にでも付き合ってきたんだ。
僕たちは狩られちゃだめなんだ。凌いで、生きて、いつか笑わなくちゃ。
「間中、それは…」
間中は、話から降りずに食い下がろうとする僕の方を向き、
「これを見てくれるかい?」
言ってゆっくりと眼帯を取った。
そこには…。
「だめだ! 間中ストップ! 何見せてくれるつもりだったか知らないけど、カラコンずれてる! 瞳孔ふたつあるみたいになってるじゃんか!」
「え、あ? 嘘! マジで!?」
思わず噴き出した僕に、間中があわてて眼帯を元に戻す。
「ちぇ、失敗。今日はちょっとシリアスにいってみようって思ったのにさ」
「やりすぎだって」
間中は肩をすくめて小さく笑い、
「最後だからいいじゃん」
「……行先決まったのか?」
「うん」
それ以上間中は何も言わなかったし、僕も聞かなかった。
今夜、アルコール依存症で暴力が止められない父親から逃れるため、間中と母親は密かに家を出る。
それは誰にも知られることなく行わなければならない。
当然、ただの同級生に過ぎない僕も何も知らない。知ることはできない。
「元気で」
「うん」
うなずいて、間中が歩き出す。
角を曲がる手前で振り向くと、眼帯をはずした顔に笑顔を浮かべて、
「ねえ、坂崎。ゼンブウソダッタヨ。でも楽しかった!」
そういって手を振り、間中は僕の前から消えた。
跡形もなく。
特に話題になることもなくいなくなった間中の、空になった席を見ながら、僕は時々思ってみるのだ。
間中が言った嘘はどこからどこまでだったのかと。
またいつか、時空を超えて会いに来てくれる可能性についても。