14. 晴れ女
激しい雨が降る、がお題の2000字小説です。
生粋の晴れ女である自分に感謝したことは、生まれてから一度もない。
…ごめんなさい、嘘です。嘘をつきました。16年のうちで一度くらいならあるかもしれない。
でも、晴れ女あることにうんざりしてるのは本当だ。
絶望的に運動音痴の虚弱体質。休み時間は図書館に逃げ込む対人スキル皆無のヒッキー予備軍で、趣味は読書と謎解きゲーム。いじめられるほどの存在感もないザコキャラの私には、体育祭とかマラソン大会とかは全部天敵だ。明日の強行遠足も昼休みの今から憂鬱で、お気に入りの本の続きが全然頭に入ってこない。
だってさぁ、友達同士和気あいあいとしてる中、ぼっちで20km歩くとかどんな罰ゲーム? 勘弁してほしいよ。
土砂降りの雨が降ればいいのに。行事の度に逆さテルテル坊主に祈りぺんぺん草をむしるけど、今まで一滴の雨も降ったことがない。いい迷惑だ。だいたい晴れ女なんて言うのは、私みたいなのじゃなくって…。
「あっ」
突然書架の影から現れたすらりと背の高いクラスメイトに、びくっとして身体を竦める。
思い浮かべた相手がいきなり目の前に現れたらさすがにびびる。
桧垣絵奈。バスケ部のホープで明るくて美人なクラスの人気者。彼女の周りには常に人が集まって、まるで太陽みたい。晴れ女ってこういう子にこそ似合うんだと思う。私とは最も縁遠いタイプだ。
目を合わさないようにそそくさと本を閉じて立ち上がる。
「見つけた、宮坂さん!」
「はいぃ」
声が上ずる。話しかけられただけで挙動不審とか、終わってるよ、私。
「ねね、明日の遠足、誰かと一緒に歩く約束しちゃった?」
「いや…その…」
なんですか、ぼっちに対する嫌味ですか、それは。見栄を張ってもばれるから、仕方なくまだだと答えると桧垣絵奈はぱっと顔を輝かせた。
「マジで? じゃじゃ一緒に歩こうよ」
「なんで?」
訳が分からず真顔で聞き返すと、
「それ」私が抱え込んだ本を指さし「小花蝶太郎! 私好きなんだぁ」
「えぇぇ? マジで?」
こんなマニアでもなきゃ読まないような作家を?
「祭野久次とかも好き。こないだ読んでたよね」
それも結構マニア向けだよ、マジもんだよ、この人。
「知ってる人あんまいないからさ、一回話してみたくてうずうずしてたんだ。なのに宮坂さんってば休み時間すぐ消えちゃうじゃん! 放課後は部活あるから話してる暇ないしさ。今日こそって追っかけてきちゃった」
ペロッと舌を出して「いあいあ、ストーカーじゃないから大丈夫だよ」と付け足す。
「でも…。私なんかと歩いたら、その…」
「なんかとか言わないの! イエス? ノー?」
両手を腰に当ててずいっと顔を近づけてきた桧垣絵奈の迫力に押し切られる。
「イ、イエスぅ」
キーンコーンカーンコーン 絶妙なタイミングで予鈴が鳴った。
桧垣絵奈ははっとして、
「やばッ今日体育当番だった。先行くね。明日、約束ね!」
…太陽どころか嵐だよ、この人。
あっという間に走り去る桧垣絵奈を見送りながら、私はうきうきした気分で本を抱いた腕に力を込めた。
※
でもって、翌朝。
私は窓が雨粒に殴打される音で目を覚ました。カーテンを開けると軒先でずぶぬれのテルテル坊主がうなだれている。
なんのことはない。私は晴れ女じゃなくて空の神様から嫌われてるだけらしい。そりゃあ私だってこんなうじうじした女は嫌いだ。だからってこんな意地悪しなくてもさ…。
雨で遠足が中止の時は体育館で球技大会だってプリントには書いてあった。チーム分けは気の合うもの同士って、ぼっちにはキツイ方式だったはずだ。…だったら。
こうなったらもうやけっぱちだ。私は制服が濡れるのも気にせず、天の底が抜けたような激しい雨を長靴でガシガシと踏みながら登校した。
教室に飛び込み、鼻息も荒く着替中の桧垣さんの前に立つと、一緒に喋っていた友達連中があっけにとられた顔で私を見た。
「桧垣さん! 球技大会一緒のチームに入れてくれる?」
気持がくじける前に目を合わせずに一気に言う。
「あ。ごめん、無理」
返事はあっけなかった。
「あははー。ですよねー」
…はぁ。やっちゃった。空気読めてなかった。
なに言ってんの、こいつ。って周りの声が聞こえてきそうで、恥ずかしくて耳まで熱くなる。やっぱないかぁ。ザコキャラの私が桧垣さんとなんて。
「運動部、球技大会の雑用と審判に駆り出されるんだよー。チーム組めないんだぁ。お昼休みは解放されるからおべんと一緒に食べよーよ」
「え…?」
「イエス? ノー?」
「イエス!」
力いっぱい答えると、桧垣さんは嬉しそうに笑った。
「……」
うん。やっぱり私は晴れ女なのかもしれない。
桧垣さんの顔を見ながら私は、土砂降りの雨が降ってても太陽が昇ることってあるんだなってしみじみ思った。