13. 常闇の国
太陽のせい、がお題の2000字小説です。
リリーン 時計鐘の音が闇を震わせながら降り注ぐ。僕は天を振り仰ぎ、淡く光る星に囲まれた時計鐘を見た。
もう昼か。急がなきゃ。
弓を握り弦を爪弾く。低く広がる音の反射と屈折が僕に周囲の様子を伝えてくれる。シャラン、手鈴が弓音に干渉し暗闇に白い姿が浮かび上がった。
「カミルさん」
現れたのは神官のカミルさんだった。見なくても手鈴の音色ですぐわかる。
「シェンじゃないか。いいところで会った。一緒に昼飯でもどうだ?」
「いえ、お腹すいてないので」
答えた途端、腹がぐーっと鳴った。
カミルさんは笑いながら、、
「お腹の虫は違う意見みたいだな。話したいこともあるし、おいで」
※
――その昔。世界は太陽のせいで滅んだのだという。
太陽放射で地表は焦土と化し、僕らの祖先は世界を捨て常闇の国に移り住んだ。以来太陽は僕らの禁忌になった。口伝で語られる太陽は死よりも恐ろしく残酷で、幼子は“太陽”と聞いただけで震え上がるほどだ。
常闇の国で数百年。光より音、視力より聴力で世界を把握するようになった今でも、天井に散りばめられた夜光石を星と仰ぎ、時計鐘が告げる時刻を朝昼夜と呼ぶのは名残なのか未練なのか。前時代を知らない僕たちは、鉱石を掘り、闇に耐える植物を育て静かに暮らしてきた。世界に疑問を持ったことなどなかった。――今までは。
※
「どうぞ」
差し出された堅パンと干し肉に首を振る。食料は貴重だ。
「遠慮しないでくれ。君の父さんにはお世話になった」
父は薬師だった。黒斑病にかかった先代の神官に父が煎じた薬は、命は救えなかったが病気の進行を遅らせることはできた。
「あの薬がなかったら私は何も知らずに跡を継がなくてはならなかった」苦い口調。「こうやって神官を務められるのは君のお父さんのおかげだ」
「それは僕も同じです」
父も黒斑病で死んだ。身寄りをなくした僕が父と同じ薬師として生活できるのはカミルさんのおかげだ。
「最近、太陽について調べてるらしいな」
「…ごめんなさい」
太陽は僕らにとって最大の禁忌だ。身を竦めた僕にカミルさんは、
「シェン、ひとつ教えてほしい。薬草はどこで手に入れてる?」
「…それは神官としての質問ですか?」
「いや。ただの好奇心だ」
「言えません。商売道具ですから」
「そりゃそうだな。…じゃあ、ひとつ御伽話を聞いてくれるか?」
「…はい」
「これは遠い昔、まだ太陽の恵みが地表に満ち溢れていた頃の話だ。ある日突然恐ろしい病が人類を襲った。太陽光にあたると身体が黒い斑点を帯び数日で死に至るんだ。病は瞬く間に蔓延し人口は数万分の一にまで減少した」
「それって黒斑病と同じ…」
「何より残酷なのは、治療法は確立できなかったのに、病に係る因子を持つ保因者と非保因者を判別する方法は解明したところかな。…天変地異と人口の減少で急速に衰退していく文明の中、保因者は切り捨てられた。彼らは常闇に移り住み『太陽のせいで滅んだ世界を捨て新天地に降り立った』と自らすら欺いて生きていくしかなかったんだ。見捨てた者は宿業を背負い、見捨てられた者は太陽を呪い続ける。長い間自然や他の動物を省みず虚栄を貪ってきた罰なのだと言われても、私達にはわからない。それでも逃げることはできないんだ…」
「……」
「これが神官に伝わる御伽話さ。…ところでシェン、薬草はどこで摘んでるんだ?」
「……言えません」
「わかった。じゃあこれは友人としての忠告だ。黒斑病は一度発症したら助からない。だから軽はずみまねはするなよ」
「…はい」
カミルさんの家を出た僕は薬草袋を探った。底に隠した薄茶色の花弁は、変色する前は見たことのない色と手触りだった。父さんの背中に張り付いていたこれは、もしかしたら…。
※
後ろを確かめて、岩の隙間に身を滑り込ませる。奥にぽかりと広がる空間を知っているのは僕と父さんだけだ。
何故ここが、夜光石もないのに薄明るく、常闇の国の白い植物とは違う色の薬草が生えるのかようやく分かった。数日前薬草の間に倒れていた異形の少年の言葉が理解できた理由と彼の話が嘘ではないのも。
「遅かったなー。来ないかと思ったぞ」
「ごめん」
すっかり怪我も治り、岩壁を登って外に出るのだという彼に聞いてみる。
「太陽ってどんなふう?」
「熱くて眩しくって生きてるーって感じかな。見たいなら案内してやるぞ。食料と手当の礼だ」
「いや、僕は…」
「なんだ、怖いのか?」
「違う」
「じゃ、一緒に行こうぜ」
「…生きてるーっか」
「そ、生きてるーっだ」
変色した花弁…。すぐに褪せた色は、それでもずっと僕の心に焼き付いていた。
「…うん、行こう」
僕は大きくうなずいた。
あの鮮やかな色をもう一度見れるなら。
もし命を落としても、僕はそれを太陽のせいにはしないだろう。