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11. 臆病者

勇気がお題の2000字小説です。

 草国の王、豪頼ゴウライは勇猛にして豪胆。身の丈八尺二寸(190cm)、獣のごとき異相で、羆と渡り合えば左腕を食いちぎられながらも右腕で縊り殺し、一蹴りで山道を塞ぐ岩盤を砕き、眼光で飛ぶ鳥を射落とす。一度戦場に立てば鬼神のごとき隻腕の王の武勇は遠く海を越えた異国まで知れ渡るほどであった。

 対して、異腹の弟、麒奏キソウは臆病者で、文には長けるが武には劣り、馬は能くするものの戦場では血を恐れて逃げ回る始末。それでも仲は睦ましく、兄王が国を束ね弟が政道を助け草国は繁栄を保っていた。


 その豪頼がこれほどまでに追い詰められようとは、想像だにしえないことであった。極秘裏に行われた国境への視察を一点狙い澄ました襲撃は、この行程が隣国に漏れていたに違いなく、国の中枢で謀略か造反があったのは明白だ。

 従者の大半を失いながらも夕闇に紛れて刃を逃れ、山間の洞穴に身を潜めたものの、いずれ夜が明ければ居場所も知れる。兵が攻めこんでくるのは時間の問題であった。

 豪頼は大太刀を握り、傷つき打ちひしがれた従者達を鼓舞するように声を上げた。

「この上は一人でも多くの敵を討ち、我が名に恥じぬ最後を見せてくれようぞ」

 王の言葉に、我も我もと腕を突き上げて声が応える。

 その時。

 背後から、細身の刀が豪頼の首筋にぴたりと突き付けられた。

「豪王。愚かなことはおやめなさい。太刀を降ろし鎧を脱いで頂きましょう」よく聞き知った穏やかな声。

「おのれ、麒奏! 裏切者はそなたであったか!」

 臆病者と侮ってはいても、心の底で最も信を置いていた異腹の弟の生白い顔を、豪頼は射るように睨んだ。


 山腹に炎が上がったのは未明であった。

 薄暗い空に舞い上がる焔と煙を背に人馬の影が立った。

 炎より鮮やかな朱をあしらった鎧と兜で身を包んだ巨漢。脚で馬を操り右手で大太刀を掴んだ隻腕の姿は見紛いようもない。

「豪頼!」

「いたぞ!」

「打ち取れ!」

 ブオンと風を切る音。巨漢は大太刀を頭上に振り上げ周囲を睥睨した。

「草国の豪頼ここにあり! 雑兵ども、命が惜しくば去れ、名を上げたくばかかってくるがよい! いずれ雑魚どもに討たれる我ではない、退路はいらぬ、勇を持ち道を切り開くのみ!」

 地を割るような怒声が木々を震わす。

 武勇を知る兵たちが一瞬怯み、それを恥じるようにどよめきながら襲い掛かる。

 前足を上げて高くいななき、蹴散らすように朱色の人馬が躍り出た。

 大太刀を振り回して兵を切り捨て山間を駈ける。

 怪我でも負っていたのか太刀捌きは精彩を欠いたが、鬼神の名に違わぬ勇猛ぶりで、王を含めた十数人を討ち果たすのに半時もの時間と多くの兵の命が失われた。

「…これは」

 地に伏した草国の王の血染めの兜をはぎ取った兵は、凄惨な死に顔に声を漏らした。


 草国に訃報が届いたのは、王の不在を狙い打った隣国兵の来襲に慌てふためいた官吏達が策を合議していた時だった。

 王の言葉を預かったという従僕が部屋に入ってくると獣じみた異臭がぷんと漂った。目深く襤褸を被った泥まみれの姿に眉をひそめる。

「お言葉をお伝えしまする…」口を手で覆ったようなくぐもった声。 

「王はなんと?」

 バサリ。従僕が襤褸を脱ぎ捨てた。

 官吏達がはっと息をのむ。

「豪王!」

「裏切り者を討つため、黄泉より舞い戻ったぞ!」

 ひぃと悲鳴を上げて逃げ出そうとした武官を一刀両断し、豪頼は臣下をぐるりと見回した。

「ただちに馬を持て! 兵を集めよ! 小賢しい策を弄す奴ばらなど一撃で蹴散らしてやるわ!」

 帰還した王の命に応えるため、官吏達は一散に駆けだした。



「早まってはなりませぬ」

 薄暗い洞穴の中、刃を向けられ歯噛みする豪頼に、麒奏は静かに説いた。

「戦場で討ち死にするのは容易きこと。無駄に命を散らしてなんとします。王を失えば国が立ち行かぬ、己の誉れより国と民のことを考えてくだされ。死すべき時にのみ死すのが真の王、真の勇というものです。たとえ名を地に落とし、草を食み泥を啜っても、王には生きて国に戻って頂かなくてはならぬ。ご心配なされるな、兄上の憤りは私が代わりに晴らしましょう。さぁ鎧と兜をお渡しくだされ」

 言うが早く、従者に己の左腕を落とさせる。

 身体に布を巻いて朱の鎧をまとった麒奏に豪頼は頭を垂れた。



 瞬く間に隣国兵を打ち払った豪頼はただちに山間の洞穴に兵を向かわせたが、周囲はすべて焼き払われ麒奏の遺体すら見つけることは叶わなかった。

 豪頼は隣国に攻入り、鬼神のごとき戦いでこれを見事に滅ぼした。

 すべてが終わってのち、豪頼は建ったばかりの霊廟を訪ねた。

 ようやく探し当てた朱の鎧の破片を胸に抱く。

「我などただの臆病者よ」

 弟の名の刻まれた墓標を前に豪頼はただ静かに落涙した。

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