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1. コアントローの昼下がり

スイーツがお題の2000字小説です。

「ゆかり、シュークリーム作ってよ」


 …それを今、この場面で言う?


「ぜぇーったい、いや」


 あたしは小鼻にしわを寄せて、相馬ののほほんとした顔をにらんだ。


「やっぱり?」

「なんで、今シュークリームなんて言うかな? バカなの? 死ぬの?」


 三日前に決別した元彼の新しい彼女が「サークルのみなさんに差し入れでぇっす」って持ってきたシュークリームがクソまずかった…上にむかついたって話を聞いてなかったのか、こいつは。


「しかたないじゃんか、食べたくなったんだから」

「コンビニで買ってきなよ」

「手作りがいーの」

「あたしはいや。食べたきゃ自分で作れば?」

「ん、了解。そうする」


 さらっと言って、相馬は立ち上がった。


「ええっと…、キッチン使うぞ」


 レシピを検索してるのかスマホの画面を見ながら、勝手知ったる他人の部屋って感じで道具と材料をそろえていく。

 幼なじみの相馬とは、大学の講義のコマがぽかりと開いた平日の真昼間、元彼の愚痴につきあわせても大丈夫なくらいの腐れ縁だ。もちろん逆もあるからギブ&テイクだと思ってるけど、愚痴の割合は8:2であたしの方が多いかもしれない。

 

「んだよ、冷蔵庫ろくなもん入ってないじゃん。ちゃんとメシ食ってんの? あ、でも卵と牛乳はOKっと、無塩バターは…ないか、マーガリン使うくらいならサラダ油でいっかな」

「食べてるって。んっとにおかん体質だよね、相馬は」

「ゆかりはおやじ体質だから、ちょうどいいんじゃね?」

「誰がおやじよ、失礼だな」

「…調味料と卵と牛乳以外で冷蔵庫に入ってんの、缶ビールと塩辛とウコンって、立派なオヤジだろ?」

「うるさーい! それよか、マジで作る気?」

「うん。材料もなんとかなるし」


 オーブンを温め、菜箸で卵をときほぐし、粉をふるい、シュークリームの生地を作っていく。

 鮮やかな手つき。レシピはもう頭に入ったらしく迷う様子もない。


「いつの間にお菓子まで作るようになったわけ」

「ん? お菓子はこれが初めてだ」

「ふーん」


 相馬は昔からなんでもそつなくこなし周囲からの受けもいい。顔もスタイルも平均点超えてるし、優しくて気が利く。女の子にもモテるんだろうな。…ふん。


「なんかむかつく。相馬のそーいう要領のいいとこキライ」

「そ? 僕はゆかりのそういうはっきりものを言うところ好きだけどね。…っと、バニラエッセンスあったっけ?」

「……あるわけないじゃん」

「じゃ、これでいっか」

 

 相馬が棚から取り出したのは、いつか失敗したカクテルに使ったコアントローの瓶だった。


「そんなの代わりにならないでしょ」

「いちいちつっかかるなって。ほら、むくれてないで、サークルの話の続きは?」


 シュー皮の種をオーブンに入れ、今度はカスタードにとりかかった相馬の背中にべーっと舌をだし、あたしはぽつぽつと続きを話した。

 今更未練なんかないけどむかついたこと、イライラして不機嫌になったこと、他のメンバーに気を使わせたこと、そんな自分がすごく嫌になったこと。途中で焼き上がりの音がしたけど、気にせず、全部正直に。

 

「…なんだか失敗ばっかり。相馬も…ごめん、要領いいのがキライとか八つ当たりだよね」


 なんでも飄々とこなしてしまう相馬がうらやましかったのだ。失敗して愚痴ってばかりの自分が情けなかった。


「なぁ、ゆかり」背を向けたまま相馬「シュークリームってさ、パティシエがスポンジを作ったときに失敗した生地を焼いて出来上がったって知ってる?」

「…知らない」

「食べてみなよ、失敗の産物」


 相馬はナイフで切りこみを入れた皮にカスタードを挟んだ、不格好なシュークリームを差し出した。

 黙って一口齧る。

 出来立てのシュークリームは、まだ皮もクリームも温かい。

 さくりとした皮、カスタードのやわらかな甘み。ほのかな洋酒の味とオレンジの香りが口の中に広がる。

 コアントローのシュークリームなんて初めてだ。

 

「おいし…」

「こんなおいしいものが作れるようになるなら、失敗も悪くないって思うだろ?」

「……なにそれ、慰めてんの?」

「失敗は成功の元って話。いいじゃん、少しぐらい躓いて落ち込んだって」

「…うん」

「失敗しても愚痴っても、僕はゆかりのこと好きだから、心配すんな」

「ありがと。あたしも相馬の優しいとこスキだよ」

「あのさぁ」小さな溜息「ゆかり、わかってる? 好きの意味。僕はどうでもいいヤツの愚痴に付き合うほどお人よしじゃない」

「…え? えぇぇ?」


 真剣な相馬の顔にどきりとする。

 近づいてきた相馬の指先からは、微かにオレンジの香りがした。


 幼馴染だと思ってた相手の、幼なじみじゃない顔に初めて気付いた。

 そんなコアントローの昼下がり。

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