Round02.借りパク
「キヨシ、久しぶり。なんだかまた痩せてないかぁ? 飯はしっかり食わないと」
「迷宮さん、知ってるでしょ。ボク、食べても太りにくい体質なんですよ」
「プロテインは試したか? 今は味も良い物が出ている。あれは肉を付けるのにもいいぞ」
「いや、夜叉さんみたいなムキムキになるつもりもないんで」
「何を言う。俺は親譲りで骨格がいいだけだ。この程度でムキムキなどと言っていたらボディビルダーの方に失礼だぞ」
「はいはい筋肉すごいですね。で、キヨシ、君にしては珍しいね。五分とはいえ、遅れてくるなんて」
「あー、いや、トイレ寄ってたら乗る予定の電車一本のがしちゃって。これでも少し余裕もって着くはずだったんですけど。すんません」
「気にしないでいいさ。むしろほぼ集合時間に揃っただけ格ゲーマーとしては九〇点だ」
ケイブの言う通りなのが悲しい現実である。格闘ゲーマーは六〇分の一秒にはうるさいが現実の三〇〇秒には寛大だ。
だが、そんな格ゲーマーであっても許せないものがあった。
――借りパクだ。
これは格ゲーマーでなくても許せないものだろう。人の物を借りて返さない。相手の嫌がることをするのは画面の中だけにする、という暗黙の了解にもとる行為だ。中には物だけでなくお金を借りて返さない人間もいる。
今回四人が向かう先は残念ながらそういう人物の家であった。
「さて、全員揃ったし、シフの家に行こうか。知らせておいたとおり、知ってる僕が案内しよう」
迷宮入りが先頭を切って歩き出す。迷宮入りはシフという男にしぶしぶ貸したマンガが一〇冊ほどある。自分のコレクション棚に空きがあることについに我慢できなくなったのだ。
「そうですね、行きましょう。トゥィッターの返信はなかったけどダイナミックメッセージで連絡は入れておいたので家には居てくれると信じたいところです」
ケイブが迷宮入りに続いて階段を降りていく。ケイブは電車賃が足りない、と言うシフに千円を貸すことを通算五回もしている。ゲーセンでは金を使うということは手持ちがあるはずなのに帰りになるとすぐこれだ。これに毎回応えるケイブはお人好しがすぎる。
「あいつには一回ガツンと言っとかないとな。人間やれば返せるという体験は自堕落な奴にも必要だ」
やれば返せる、という言葉で周りの三人の頭に疑問符を浮かべさせた夜叉だが、シフにキャンプ用の寝袋を貸してそのままだ。寝袋を貸した本人は寝袋がないからハンモックを使おう、と新たな領域に入っているが、それはまた別の話だ。
「そうですね。借りたら返す、というのは人として基本ですよ」
当たり障りのない言葉で最後尾に続いたキヨシは、ゲームを貸している。クリア済みのものとはいえ、あげたわけではない。
各々の事情と私怨と自業自得により、今日というインデペンズデイは訪れたのであった。