Round00.再会(迷宮入り)
【迷宮入り】12月末/孤島に向かうフェリーにて
(結局、誘惑に負けて誘いに乗ってしまった……。人にリスク管理がどうこう言える立場じゃないな)
久しぶりに引っ張り出したキャリーケースを片手にデッキから何もない海を眺める。
気持ちのいい風とは言えない、海上を吹きすさぶ風。薄暗い曇り空。もう少し明るい気持ちであれば違う感想を抱いたかもしれない。
宿泊日数にあわせた最低限の荷物――と言いたいところだが、どうにも悪い予感がするので前にケイブくんに押しつけれられたキャンプ用品をいくつか持ってきている。
目的地近くで凍え死ぬ前に僕は暖かい客室に入る。空いている席に身体を預け今回の旅行について思い巡らす。
10月下旬頃、僕に一通の招待状が届いた。
株式会社サイバーフォーリナーイベンツという見知らぬ企業から届いた開発中の2D格闘ゲームのテストプレイ大会の案内。会社登録はされていたので実在していることは確認済みだ。
目を通して思ったことはイタズラにしてはできすぎていて、嬉しい繋がりというよりは因縁に近い何かということだった。
参加者一覧には懐かしい面々が並び、死んでしまったシフくんの名前もあった。だが、シフくんの名前は赤で塗り潰され〝脱落〟とある。
ケイブくんの名前もあったが、なぜか〝特別観戦者〟という表記で直接参加はしないような記載があった。
正体不明の招待状についてケイブくんに話すべきか迷い、結局話さずに一人で参加することを選んでしまった。
そんな過ぎたことを考えていると、客室の暖かさに負けて一気に眠くなってくる。
このフェリーは目的地近くまで行く定期便だ。このまま寝てしまえば乗り過ごしてしまう――。
「こんにちは」
誰かの声がするが眠気に抗えないので無視する。僕は今、眠い。非常に眠い。
今日のことをどう解釈すべきか悩みに悩んで、コンボを落としまくる日だというのに家庭版の熱帯ランクマを10連勝するまで一生してしまったので非常に眠いのだ。
「――迷宮入りさん?」
眠気で身体がガクリ揺れながら、僕は僕の名前を呼ぶ誰かの声を聞いた。
「あ、え? ケイブくん……」
間抜けな声を出してしまったと思いつつ、まだ眠気を引きずったまま顔を上げる。
「……あれ?」
僕に声をかけてきたのはケイブくんではなく銀髪の男性だった。不機嫌そうな表情をしており、もしかすると僕がうとうとしている間に彼に迷惑をかけたのかもしれない。
たとえるのなら、電車で居眠りをして隣の見ず知らずの乗客に身体を預けてしまったような気まずさだろうか。
「ああ、そうか。迷宮さんは寝ぼけているんですね。ボクはケイブくんではありませんよ」
「……え?」
寝ぼけていると察した彼は表情を和らげ、親しげに僕のプレイヤーネームを呼んだ。どうやら僕のことを知っているらしい。
僕を迷宮入りと呼ぶのは格闘ゲーム関係者しかいない。であれば目の前の人物は僕の知り合いか、知り合いの知り合い、あるいは僕を一方的に知っているのかもしれない。
全国ランキングが表示されたり、大会が行われるようなゲームタイトルであればそういったこともある。
「迷宮さん、おはようございます。お疲れの様子ですね。夜遅くまで漫画を一気読みとかしたんですか? それともネット対戦ですか?」
(……いや、この感じは僕が忘れているだけのように思える)
俳優やファッションモデルのような整った顔立ちと柔和な振る舞い。雰囲気イケメンではなく、誰がどうみてもイケメンといった人物。それに日本人離れしたような顔立ちは――。
「もしかして〝夢現〟くん!?」
特徴を整理すると懐かしい名前が思い浮かび、思わず叫んだ。僕と交友があった格ゲー関係者でこの特徴に当てはまるのは一人だけ。そして彼も僕と同様に孤島に招待されている。
「はい、そうです! 夢現です。お久しぶりです、迷宮入りさん」
僕が名前を呼ぶと夢現くんは満面の笑みを浮かべた。間違いない、本人だ。
「夢現くん、イメチェンした? 君って茶髪というか金髪じゃなかった? ってか背伸びた?」
――夢現くんと親交があったのは随分前のことになる。今はなきホームゲーセンに通っていた人物だ。そのときの僕は大学生で彼は高校生だった。
「アハハ、変なの。ボクだって成長して社会人になるんですよ。こんな感じに」
そう言いながら両手を広げ、オーバーリアクション気味に今の姿を見せてくる。当たり前のことだが学ラン姿ではない。
オシャレなシャツにジャケットといった僕みたいなフォーマルカジュアルな装いだ。いや、嘘ついた。僕よりオシャレだ。ドレスコードが必要な格式の高いレストランやイベントでもない限り、どこへでも行けるだろう。
似合ってはいるが社会人は髪を銀色にしていいのかと一瞬考え、すぐに常識にあてはまらないような人物だったことも思い出す。国は忘れたが異国のルーツを引く帰国子女だ。
日本で高校生をしていた彼はそりゃまぁ良くも悪くも目立っており、居場所を求めてゲームセンターに通っていたのだ。
「そうだね。君も大人になったんだねぇ」
こうしてみると親戚の子供がいつの間にか成人していたような、そんな気持ちになる。
「迷宮入りさんにそう言われるとなんだか照れますね……」
「そうかい?」
「だって迷宮入りさんは先輩というか、ボクにとっては憧れる大人の一人でしたから」
「そう言われると僕のほうが照れるんだけど」
「台押ししてくる(※1)やつに対して、対戦中に高難易度のコンボを継続しながらも足で器用に押し返すところとか。意外と力があるんだなぁと感心していました。手伝おうかと思ったんですけど」
「いや、それは大人とはいわない」
※1ゲーム筐体を相手側に物理的に押す行為。やってはいけないが、やらればこちらも狭くなるので押さざるを得ない。押したほうが悪い。
「社会人の定義を給与を得ているということまで広げて考えると……君は俳優やモデル、あるいはアーティストをやっているのかい?」
「ボクは今、迷宮さんに褒められているんですか?」
「多分。……というかあまりに久しぶりすぎてね。ホームゲーセンが潰れてから君とは会わなくなったからね。携帯も変えたみたいだし。どこで何をしているのかわからなかった」
「ああ、すみません。ゲーセンが潰れて間もなくして、ボクは日本を離れたんです。携帯も解約してしまいまして……」
「そうだったんだ。なら仕方ないね」
「ボクは迷宮入りさんにお世話になったので会いたかったんですけど、連絡先がわからなくて」
「まぁあの頃は内々のコミュニティサイトとか掲示板でやり取りするのがメインだったしね」
「書き込みすることも考えたのですが、なんだか向こうで忙しくしているうちにサイトも掲示板も過疎化して人が居なくなったようでしたし」
「確かに。時代の移り変わりを感じることの一つだね」
お手軽なSNSトゥイッターが流行り始めると、コミュニティの場もそちらに移動していた。
その過程で名前を変えた人も多く、足取りをたどるのは容易ではない。かくいう僕もその一人だ。
当時掲示板などで別の名を名乗っていたが、誰かが僕を〝迷宮入り〟と呼び、その名前が定着して僕自身も名乗ることにしたのだ。
「夢現くん、取りあえず座りなよ」
「では、お隣失礼します」
夢現くんはそう言って僕の右隣に座った。よく観察してみれば夢現くんも旅行用キャリーケースを持っていた。旅先での偶然の出会いでなければ、僕も夢現くんも目的地は一緒のように思える。
「――この船に乗ってるってことは、夢現くんの目的地も僕と一緒なのかな? 孤島で開催されるとある年末イベント」
そう問いかければ、夢現くんは表情を引き締め頷いた。
「……やっぱりそうですよね。〝株式会社サイバーフォーリナーイベンツ〟のテストプレイ大会。気になる手紙も入ってましたし」
「そうだね。『気掛かりなこと』は無数にあるよ」
届いた招待状にはメッセージカードが一枚同封されていた。そこには『気掛かりなことはありませんか?』と意味深な言葉が添えられていた。
「そもそもなぜこの会社はボクたちの所在を知っているんでしょうか? あの頃のボクを知っている人はいなさそうなのに」
今回招待された格闘ゲーマーたちはホームゲーセンが一緒であることと、あのときの全国大会店舗予選参加者だったのだ。
ケイブくんと仲良くなる前、僕は夢現くんとコンビを組んで格闘ゲームの大会に参加していた。あのときの全国大会店舗予選の相方はケイブくんではなく、ここにいる夢現くんだった。




