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格闘ゲーマー迷宮入りの推理奇譚  作者: 秀島キョウ/師走幸希
そして壇上から誰もいなくなった編(絶海の孤島にて)
24/26

Round00.冬の高架橋下にて読み合い(ケイブ)

【ケイブ】12月末/冬の高架橋下


「ケイブくん。しばらく僕に連絡しないで欲しい」

「……どうしたんですか、急に」


迷宮入りさんの発言は唐突なものだった。

――いや、迷宮さんはいつも突拍子もないことを言う。けど、そういう類いのものじゃないと直感する。オレの魂がそう言っている。

相手との読み合いに勝って出した択じゃなくて、本能的に勝てると思って出して勝った技のような。戦闘劇予選抜けした日みたいな勘が働いた。

使いどころが不明で迷走しながらもたまに使うかもしれない謎コンボを開発する職人〝迷宮入り〟。

オレと迷宮さんが初めて出会ったのはその呼び名が定着した後だったと思う。


「ちょっと実家でごたごたがあってね。年末年始は忙しいんだ。年が明けてもゲーセンに顔を出せなくなるかもしれないのでね。断りの連絡を入れるのが申し訳ない」

「はぁ。そうなんですか。迷宮さんが家族の話をするなんてめずらしいですね」

「そうかな?」

「めずらしいってか、したことないですよ」

「そう? でも僕だけじゃないと思うけどね」

「まぁ確かに……。取りあえず分かりました。なんか聞かれたらみんなにも言っときますよ」

「悪いね、ケイブくん。助かるよ」


迷宮さんはそう言ってまた無言になる。

オレと迷宮さんは毎年恒例行事となっている格ゲー勢との忘年会を終えて駅に向かって歩いている。人通りの少ない夜の高架橋下にオレたちの靴音が反響する。ここは大都会だってのにタクシーも走らない静かな夜だ。

雪が積もらないとはいえ、季節は冬。

冷え切った雨を降らせた後の夜風は肌や喉を刺してくる。集合時間に遅れるから慌ててスニーカーを履いて家を出たけど、今日はブーツにしておけばよかったと後悔している。

高架橋下を出て街路樹に目をやれば、目映いクリスマスカラーの電飾が眼に入ってきた。サンタやトナカイの飾りを外して、電飾の色を変えたら世間的には年越しの雰囲気になるんだろう。あと数日もしたら、業者が撤去作業に勤しむんだろうなとぼんやり思う。


「……もしかして彼女とかできました?」

「えっ。僕?」


迷宮さんに声をかけると心底驚いた表情をみせる。予想外の質問に戸惑っているようにも見えた。


「あっ、いやほら、なんっていうか、年末年始に旅行に行く人っているじゃないですか! 迷宮さん、そういうのかなと思って。それに飲み会の席で彼女がどうこう言うと面倒くさいこともあるじゃないですか」

「ああ、なるほどね。そういうのも有りかな。海外旅行か」

「オレも一回ぐらい行ってみたいんですよね、海外遠征。オレたちからするとアケコン担いで飛行機に乗るなんて想像できないですよね。大会っていったら筐体があったから」

「そうだね。皿米さらまいくんたちとかが海外の交流会に行ってたし、ケイブくんも挑戦してみたらいいよ。皿米くんって確か旅行代理店勤務じゃなかったっけ?」

「…………そうしますか」


再び訪れる無言に、迷宮さんが変だとオレは確信する。

いつもの迷宮さんなら〝通訳ぐらいはするから、代わりに僕のアケコンを持ってくれると助かるなぁ〟ぐらいは言うからだ。

何故ならば迷宮さんも海外遠征に興味を持っていたし、迷子の外国人旅行客に対し難なく道案内をするグローバルな姿を見たことがあるからだ。だから迷宮さんは絶対にそう言う確信があった。

――ここ一ヶ月程、迷宮さんの様子がおかしい。

他ゲー勢や一般人には伝わらない実況解説が必要な格ゲー界隈用語だらけの発言も、気の利いた一言もない。直接的な会話はもちろんツゥイッターでも同じだ。

迷宮さんの言葉を借りるなら、モニターでは1F遅延と表示されてるのに2~3Fで変動しているぐらいハッキリ分かる。振れ幅があるぐらいなら固定してくれ――だろうか?

オレの隣を歩く迷宮さんの表情はいつも通り。

真面目で頭が良さそうな社会人らしい短髪眼鏡の疲れた感じのサラリーマン。ただし職業は不明。格ゲー勢の中で今一番付き合いが長いオレですら迷宮さんの職業を知らない。

冷静に考えてみると分からないことのほうが多いけど、分かることだってある。疑問や謎に自ら突っ込んでいく迷宮さんが〝余計な情報を出さないように発言を選んでいる〟ぐらいは分かる。

あくまで可能性の話で、オレが単にそう感じてるだけかもしれない。

でも、可能性があるなら追求しなきゃいけないと思う。

新しいコンボレシピだったり、キャラ対策だったり。格ゲー的習性というか本能というか。だからオレは言う。


「――迷宮さん」

「なんだい、ケイブくん?」

「オレからは迷宮さんに連絡しないですけど、迷宮さんはオレに連絡してもいいですからね」


そう真面目に言えば迷宮さんはバツが悪そうに笑った。滅多に見ない反応だった。それぐらい変なのだ。けれど、迷宮さんは気にせずに言葉を紡ぐ。


「ん。必要になったらそうするよ。……駅こっちだから。ケイブくん、お疲れ」

「お疲れさんです」


気付いたら分かれ道に差し掛かっていて、迷宮さんは地下鉄のホームに向かって行く。階段を降りる前に足を止めた。


「――ケイブくん、帰省してて電波が無い山の中だったとか言わないでね。君の実家、一歩間違えれば陸の孤島でしょ?」

「あっ……!」

「ふふふっ、良いお年を」

「迷宮さんも、良いお年を!!」


迷宮さんは背を向けたまま腕を振って、地下へ消えて行ってしまった。これがオレの思いつく最善択だった。

中編クローズド・サークルミステリー始まります

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