Round06.格闘ゲームで鍛えられた動体視力
携帯を取り上げられたまま、身動きもとれずに一日が明けた。旭はもはやうめくこともやめ、尿意を我慢することもやめ、ただひたすら時が過ぎるのを待っていた。下手に頭を働かせると最悪の展開が頭をよぎってしまう。
……重いものを動かす音がした。旭は反射的に警戒してしまう。心変わりした八坂が自分を殺しにくる姿が目に浮かぶ。そう思った旭の耳に、別の声が聞こえた。
「なんでこんなドアを押さえるように冷蔵庫が置いてあるんすかね」
旭は驚いていた。この声の主は、知っている。同じゲームをやっている盛平の声であると。
「見られたくないものがあるんだろう。本当にここに彼がいるかどうかは分からないが、少なくとも当たりだろう」
旭はいぶかしがっていた。誰だかわからないもう一人の声もする。
「よっと。暗いな……おい、そこに誰かいるのか?!」
「も、盛平さん……」
「DIE5LOWか?! 大丈夫なのか」
旭は救助に駆けつけてくれたのであろう知己の姿にほっとすると同時に思った。命の危機の時に呼ばれるようなハンドルネームじゃないな、と。
「やはり監禁されていたか。まったく、炎上方法も馬鹿にできんな」
「迷宮さんじゃなかったらここにたどり着けていなかったでしょう。そういう意味じゃ迷宮さんのもとに届いたということは正解だったってことでしょう。5LOW、よくがんばったな」
続いて部屋に入ってきた男、迷宮入りと盛平が会話をしながらDIE5LOWこと旭の拘束を解こうとしてくれていた。
その時、迷宮入りたちが入って閉めていた部屋の扉が開いた。
「……あれ? 君たち、ナニヲシテイルンダイ」
目の光が怪しい八坂が、包丁を手に入室してきて立っていた。
「そうか、やっぱり旭も陰で俺を馬鹿にしていたんだね。なら、君もそのお仲間にも……イナクナッテモラワナナイトダネ!!」
なにやらブツブツ言ったかと思うと、八坂が包丁を腰だめにして突進してきた。
瞬間、盛平が迷宮入りの肩を軽く押したかと思うと、迷宮入りはふらふらと2メートルほど押しのけられた。
「?! 盛平くん! だめだ!」
包丁を持って突進する犯人と正対する形となった盛平。自分をかばったと思った迷宮入りだった。
だが、不思議と盛平の動きは凶器を持った相手を前にして堅いものではなかった。
迷宮入りは一部始終をその格闘ゲームで鍛えられた動体視力で見ていた。
突進してくる相手と交差する直前のタイミングで、包丁を構えたのとは逆方向に流れるように体を反転させながら移動し回避。それと同時に相手の両肩に添えられる手。次の瞬間、凶器を持った八坂の体は宙に浮いた後、後頭部から床にたたきつけられていた。
迷宮入りは思い出していた。合気道を得意とする格闘ゲームキャラがこれと同じ技を出していたのを。
「迷宮さん、警察に電話してください。それと、救急車もお願いします」
盛平に指示された迷宮入りが我に返る。盛平を見ると包丁を遠くに放ったあとに手首を捻ってうつ伏せにひっくり返した相手を押さえていた。
「通報、し終えたぞ。盛平くん、君のその体術は何なんだね」
「合気道ですよ。先輩に警察官が結構いて、稽古はかなりつけられているんです。逮捕術に使われているだけあって、人間を制圧するには便利ですよ。こういう形で役に立つとは思っていませんでしたが」
なんてことのないように言うが、かなりの特殊技術だ。格闘ゲームやっているということ以外知らなかったが、誰がどんな技術を持っているかなんてわからないものだ。こんな感想も無事だったから思えることだと、迷宮入りは今になって気が抜けたようにその場に座り込んだ。
その後、事件が明るみに出たことで大騒ぎとなった。
犯人の八坂はパワハラに耐えきれず事務所の上司を殺害し、同じように自分を責め続けた事務所の先輩とお局様を殺害していた。303号室には、二人のバラバラ死体が散乱していたという。
最初の犠牲者の上司は、先日の西東京での殺人事件のことであり、この件は連続殺人事件として報道もされ大いに話題となった。
生き残った旭は精神衰弱により入院することとなった。カウンセリングも必要との話だ。
救出劇のヒーローである盛平は目立つことを避け、表に名前や顔が出ないよう警察にお願いしていた。幸いなことにマスコミ関係者が事件の匂いをかぎつける頃には盛平も迷宮入りも素知らぬ顔をしていたため取り沙汰されることはなかった。
ただ、その日は夜中まで事情聴取や怪我の有無の確認が続いたため二人とも目当てのゲームセンターに顔を出すことはできなかった。
どんな事件があっても、日常に帰るための手段を彼らは持っている。ゲームセンターでの格闘ゲーム。
それは非日常でもあると同時にしっかりと日常へも繋がっていた。