Round04.幽霊マンション
「……いやー、迷宮さん、流石に考えすぎじゃないですかね。こんな、ただの譫言みたいな日記ですよ?」
「そうだろうね。その可能性の方が高いだろうね。でもね、盛平。格ゲーマーである僕らがやってはいけないことがあるだろう。可能性を否定することだ。何か可能性があるのなら疑ってかかる。これはもう、習性のようなものだ」
「そこまでやる人って少ないとは思いますけど。でも、何にでも疑ってかかったり可能性を追求するのは誰も使わないようなコンボを開発する迷宮さんらしいです。変わってなくて安心しました」
「僕のことはいい。さて、ここまでは考えた。ご都合主義的な考え方だが、この単語が指し示す可能性は5LOWくんが殺人犯に監禁され助けを求めているということだ。都合が悪くなってほしい可能性だが、無視はできない」
「じゃ、じゃあ助けた方がいいんじゃないですか? 警察に言うとか」
「君は5LOWの住所や連絡先、本名はわかるかい?」
「え。いや、知らないですけど」
「僕もだ。これでは警察に知らせようにも知らせられない」
ゲームセンターに集う人間の素性は明らかにされていない場合が多い。長年つきあいのあるやつでさえ相手の本名を知らないことは多い。現に、こんな話をして連絡も取り合っているが迷宮入りと盛平はお互いの本名を知らない。
それでも、本気で誰かを案じる気持ちはある。
薄いのか濃いのかわからないが確かな仲間意識のある集団。それが格ゲーマーである。
「たしかに。警察に電話しても何と言っていいかわかりませんね」
「だろう? なら、可能性を潰すには自分で動かなければならない。けど、場所はどこなのかが不明だ。この日記がSOSならば、それもどこかに秘められていると思うのだが」
あいにくとここで詰まってしまった。そう嘯いて残りのカフェオレを一気に啜る。
「あれ、迷宮さん。最後の『とどめの41236Cは生当てダメ』ってところは?」
「ああ、そこか。そこはわからなくてね。生当てしてはいけない、単発で出しては駄目でコンボに組み込むという意味だとしてもうまく繋がらなくてね。なのでこうして盛平くんと話していれば何か手がかりが得られるかと思っていたのだが」
「301ですよ」
「え?」
盛平の言葉に耳を疑う迷宮入り。
今何と言った? 301?
「ダメって、NGって意味じゃなくてダメージのことじゃないんです? あの技の生当てしたときの単発ダメージは301ですよ」
「そ、そうか! でかした盛平くん! それだよ!」
つい大きな声を出してしまったせいで店員の目が痛い。そのことに気づいた迷宮入りはすいませんと小声で謝りながら周囲に頭を下げると、頭を寄せるようにして盛平に話しかけた。
「パッと読んで誤読していたようだ。迂闊だった……そうだな、言われてみればその数字が肝だ。おそらく、その数字は番地か建物名、部屋番号のいずれかを指している可能性が高い」
「番地は違うんじゃないですか? 何丁目の何番地とかなら絞れませんよ。もしSOSなら、もっとわかりやすいんじゃないですか?」
「盛平くん、君は頭の回転が速いな。今度リアル謎解きゲームにでも一緒に行かないか?」
「そうっすか? 行ったことないんでちょっと面白そうですが……って、それどころじゃないですよ迷宮さん」
「そうだったな、いかんいかん。番地じゃないとすると、建物名では何かないか」
二人はスマホで検索を始めるが、5分も経たずに音を上げた。
「ダメですわ。マンション名じゃなくて301号室としかヒットしません」
「僕もだ。というか、これだと対象範囲が広すぎる。となると301号室だが、もし監禁場所がハッキリ分かっててなおかつそれと気取られないように書いているのだとしたら、ヒントが他にもあるはずじゃないか」
迷宮入りは今一度例の日記を開いた。
「優勝のくだりは、穿った見方になるが見てもらえるよう、炎上するような内容にするために付けた煽り文に見えるな」
「ですね。俺もそう思います。あとは強いて言えばプラザ5とプラザ4を取り違えている箇所ですけど……あ」
「どうした? なにか心当たりがあるのか?」
盛平が口を開いた形のまま静止してしまっている。迷宮入りが促すと、静かに再起動した盛平が零した。
「あるんですよ。迷宮さんは知らないかもしれませんが、1年前くらいからプラザ4の裏手にあるんですよ。空き室だらけの幽霊マンションが」
迷宮入りはその言葉に30秒ほど思考すると、荷物と伝票を手に立ち上がった。
「行ってみよう。プラザ4なら徒歩10分くらいだ。無駄足なら無駄足で構わないだろう」
迷宮入りの行動に、盛平は急いで自分の飲み物を飲み干すと後に続いた。