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 終わった時、周囲の様子は一転していた。

窓は割れ、薄汚れた壁に開いた穴からも、雑草だらけの庭が見えている。

さっきまでのモダンな綺麗な建物は姿を消し、ボロボロに朽ちた建物が姿を現していた。

 この建物も彼女の力によって生み出されたものだったのだろう。

「ありがとう、伽音さん。助かったよ」

 隣に立つ伽音に向かって響は言った。どうやってついてきたのかと思うところもあるが、彼女が突然現れるのはもう慣れっこになってきている。

「余計なお世話だったかもしれませんね。あなたならあのくらいのこと乗り越えることは出来たでしょう。でも、私は余計なお世話というのが大好きなんです」

 伽音は唇にうっすらと笑みを浮かべながら言った。

「ボクは彼女を理解してあげられなかったよ」

「そんなこと当然でしょう。人が人を真に理解出来るなんてありえませんからね」

「前にボクは全ての生命とつながっているって言わなかった?」

「意味が違いますよ。それにね、どんなに生命がつながっていようとも、その人の全てを理解出来るなんて、どんな神様ですか。それは奢りというものですよ」

「……奢り」

「あなたも私もただの妖かしでしかないのですから」

「そんな考えでいいの? それならあんな回りくどいやり方は必要ないんじゃないの?」

「何を言うんですか。ちゃんと相手に現実というものを突きつけなければいけません。自分が犯した罪を、自分の立場をしっかりと理解させなければ」

「あの人は理解したのかな?」

「あれでいいのです。さて、私のお手伝いはここまでです」

「ここまで?」

「おや、オトボケですか? あなたにはもう一つやらなきゃいけない仕事があるじゃありませんか」


*   *   *


「助かりました」

 そう言ったのは坪倉香保子だった。

 響は、市内にある坪倉香保子の不動産会社の社長室で今回のことについて報告を済ませたところだった。

「いえ、無事に解決出来て良かったです」

「彼女は異常だったでしょう?」

「思い込みの激しい性格だったようです。そして、その思い込みで自分の記憶をも書き換えてしまう。さらにあの人は亡くなる少し前から若年性アルツハイマーを発症していました。事件のことも、自分が死んだこともわからなくなっていたと思われます」

「そうだったの。だから、あんなに言ってることが支離滅裂だったのね」

「坪倉さんは、事件のことをどこまでご存知だったんですか?」

「知りませんでしたよ。あの人から事件のことを聞いて、少しだけ調べただけです」

「そうですか。あなたのおかげで藤枝さんも助けることが出来ました。藤枝さんも感謝されていましたよ」

「藤枝さんが?」

 坪倉香保子は響の言葉を聞き、意外そうな顔をした。

「どうしましたか?」

「藤枝さんは助かったんですか?」

「もちろんです」

「でも、私がこの話を一条様にお話したのは一週間前でしたよね? 藤枝さんが招待されていたのはーー」

「その翌日でした」

「その一日で、よく藤枝さんのことを調べだしましたね?」

坪倉香保子にとって、藤枝が思ってもみなかったに違いない。

 それを教えてくれたのは、一条春影その人だった。実は春影はもともと藤枝から、この件を相談されていたのだ。知人である本郷と長岡が行方を消し、自分宛てに謎の招待状が届いたことで不安になったようだ。そこで春影は、藤枝の代わりとして響に招待状を持たせたのだった。

「でも、あの人はどうして彼らのことを知ったんでしょう?」

「彼ら?」

「彼女が作り上げた物語の犯人たちですよ」

「さあ……でも、本郷さんや長岡さんは以前に雑誌で取り上げられたことがあったと思います。きっと、そういうものから知ったんじゃないでしょうか」

 香保子は首をひねった。

「ええ、彼女が真相を知ったのは、雑誌で見た記事がもとだと言っていました。でも、その記事が雑誌に載ったのは彼女が死んだ後なんです」

「それならどうして彼女は知っていたの?」

「きっと誰かがそれを彼女に教えたんです。しかも、間違った情報として」

「誰か……とは?」

「あなたではありませんか?」

 そう言って、響は坪倉香保子がどう反応するのかを見た。香保子は少しだけ驚いた顔をしたが、さほど大きな反応はなかった。

「私は偶然に彼女と出会ったんですよ」

「確かに出会ったのは偶然だったのだと思います。そして、霊媒師として彼女を救おうとした。けれど、あなたは彼女を調べる過程で考えを変えた。彼女を、彼女の思い込みの激しさや、他人への殺意を利用出来ると考えた」

「利用? 私が何をしたというの?」

「串井先生は別ですが、それ以外の被害者は事件とはほぼ無関係の人たちです。しかし、彼らのことを調べていくと、坪倉さん、あなたに関係しているんです」

「私?」

「坪倉さん、あなたは不動産の仕事で顧客と揉めているそうですね」

「そ、そんなこと今はどうでもいいでしょう」

「そういうわけにはいきません。先月、他人の土地を複数の人に売ったという地面師が逮捕されました。しかし、逮捕された地面師たちは他の人間から指示されていたそうです。しかも、それが何者かが掴めていなかった。それを独自に調べ、訴訟まで持っていたのが警察を引退した藤永さんです。そして、原告団に手を貸した弁護士が本郷慶一さん。長岡努さんは既に雑誌社は引退されていましたが、知人を通してこの事件を雑誌で取り上げることになっていたようですね」

 しだいに坪井香保子の顔が青ざめていく。

「……そんなことまで……」

「そんな時にあなたは長友静江さんと知り合った。あなたが彼らのことを彼女に教えたんです。けれど、彼女の恨みは強すぎた。人を殺せば殺すほどに、彼女の恨みの力は強くなっていった。それが怖くなったあなたは、彼女を始末するために一条家に依頼した」

「ただの想像でそんなことを言わないでほしいですね」

「あの人と同じようなことを言うんですね」

「同じ?」

「もちろんボクが言っているのはただの想像じゃありませんよ」

「何か根拠があるの?」

「言ったでしょう。事件について調べたって。もちろん、ボクがといより一条家の情報網を使ってですけどね。あなたも事件について調べたんですよね?」

「え……ええ」

「でも、あまり正確には調べられなかったようですね」

「何か間違いがあったというの?」

「事件について、あなたと彼女は同じ勘違いをしていました。それはつまりあなたから間違った情報を与えられたからです」

「どんな勘違い?」

「事件のあった場所ですよ」

「彼女の自宅……でしょう?」

「ええ、彼女もそう言っていました。あの時、事件があったのは自宅ではないんです」

「え?」

「つまり相続の問題なんですよ。確かに事件のあったのは彼女の父親の名義でした。しかし、実際に住んでいたのは姉夫婦なんですよ。姉夫婦は知人の結婚式に出席するため、家を留守にしていました。しかし、その日、車の衝突事故があり、その家に車が突っ込んで玄関が壊れてしまったんです。そのままでは不用心だということで近くに住んでいた彼女の一家が一晩だけの約束であの家に泊まりにいったんです。そこで事件は起きた」

「……知らなかったわ」

「そうでしょうね。普通、そんなところまで報道しません。不動産関係の書類を見たところで、もともと彼女の父親の名義。30年も昔の話。しかも、本人が事件のことを曖昧にしか憶えていない。気づかなくても仕方がない。けれど、あなたはあの家を『彼女の自宅』と勘違いし、それをそのまま彼女に話したんです。そして、彼女はそれを信じた」

「ま、待って……それだけのことで私が彼女を利用したというの?」

 香保子の声が裏返る。

「さっき自分で言ったじゃありませんか?」

「え? 何を?」

「藤永さんが、彼女に招待されていた日、あなたは知っていたんでしょう?」

「そ……それは……」

 香保子は言葉を失い、どうやってこの場から逃げようかを考えているように見える。

「彼女には最後の機会を与えました」

「機会?」

「自分の間違いを確認し、最後の招待をする機会です」

「……まさか」

「あなたへの招待状です」

 響はポケットから一通の封筒を取り出して、香保子の前に差し出した。

 黒い気がそれを包んでいる。

 それが何を意味しているのか、響にもよくわかっていた。

 香保子の手が封筒へと伸びる。きっと本人はそれに触れたいなど思っていないだろう。だが、それに抗うことは出来ない。

 やがて、その指が封筒へと触れた瞬間、彼女の姿は封筒とともに消えていた。

 だが、響には香保子のことよりも気になっていることがあった。

 長友静江がなぜ妖かしとなったかということだ。

 彼女は本来妖かしになるべき存在ではなかった。それを妖かしにした者がいる。

 かつて会った一人の男のことが思い出されていた。

 人工的に陰陽師の力で妖かしを作れると言っていた男。

 それを『化物学』と呼んでいた男。

 あの男が関わっているような気がして、それが得体の知れない気持ち悪さを感じている。


   了


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