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 響の言葉を聞くなり、静江は大声で笑いだした。

「私が死んでいる? 何を馬鹿なことを」

「やはり認められませんか」

「認めるもなにもないわ。私はここにいるじゃありませんか。それこそ、あなたの妄想じゃないの。あなた、大丈夫なの?」

「これは妄想じゃありませんよ」

「それならあなたの前にいる私は何者だというの?」

 挑戦的な眼差しで静江は響を見つめる。

「今、ここにいるあなたは妖かしです。あなたは事件の後、逮捕されました。しかし、当時のあなたの年齢と、やったことの残虐性から精神鑑定を受け、保護施設に入ることになりました。その後、あなたは病死されています。死んだ後、あなたはその想いを元に妖かしとなった」

「妖かし?」

「でも、本来、あなたは妖かしになる資格などない。あなたの恨みは正当なものじゃない。自分勝手で汚れたものだ。どうしてあなたは妖かしに? 誰によって妖かしに? あなたを作った人間は誰ですか?」

「くだらない。私は私よ。誰かに作られたわけじゃない。死んでいようと、生きていようと私は私」

 吐き捨てるように静江は言った。彼女が嘘をついているようには見えない。つまりは自分がどのような存在なのかを知らないのだ。

「その考え方は立派だと思います。しかし、誰かに唆されて無関係な人を殺すようでは意味がない」

「無関係な人? そんなはずがないじゃないの」

「さっきも話したように、あなたは事件のことをちゃんと記憶していないんですよ。その自分勝手な性格で自らの記憶を書き換えてしまった」

「それこそあなたの作り話だわ。ねえ、本当にあなた、前に私と会ったことがなかった?」

 響は首を振った。

「いえ、誰かと間違っているんじゃありませんか?」

「そう……かしら?」

「この事件、もう30年も前の話ですよね? あなたは事件のことなど本当はほとんど記憶していないんじゃありませんか?」

「そんなこと、あなたに答える必要はないでしょう。もう紅茶も冷めてしまいました。さあ、そろそろお開きにしましょうか」

「そうですね」

これ以上、話をしても何の答えも得られないだろう。「紅茶、ごちそうさまでした。とても美味しかったです。しかし、残念ですがあなたはこの世にいてはいけない」

「私を殺すつもり?」

「元へ戻すだけですよ」

 そう言って響はその左手を静江へと向けた。

 響には、妖かしの生命を奪う力があった。

 だがーー

「あなたにはわからないの? 自分を殺した人間を恨む気持ちがあるのは当然でしょう」

 その言葉を耳にした瞬間、なぜか心がギュッと締め付けられるような感覚が襲った。

 その一瞬、響の心に迷いが生まれた。

 突然、響の視界が奪われた。

 真っ暗な闇が周囲を覆う。

(これは?)

 単純に光が遮断されたというものではない。

 自分の存在が何かにのみ込まれたような感覚。

「あなたの話を聞けてよかったわ。この力はそういうものだったのね」

 声だけが心の中に飛び込んでくる。

「知らなかったんですか?」

「そうよ。ずっとこれが何なのかわからなかった。でも、やっとわかった。ここは私の領域なのでしょ。それならあなたの力が使えると思いますか?」

「……これがあなたの力?」

「これは混沌の闇。私だけが唯一でいられる世界。私の声だけを聞きなさい。あなたの心を晒しなさい。あなたが何者なのか、あなたの奥底にあるものを全て吐き出しなさい」

 心に強い衝撃が走る。自分というものが闇に溶かされ、全てが引き抜かれるような感覚が襲ってくる。

 作られた存在。作られた記憶。作られた過去。

「これは?」

「何か見えますか? それがあなたという人間。さあ、私にもっと全てを晒し、あなたの心を私に捧げなさい」

 胸の奥に鋭い痛みが走る。

 その時――

「そうはいきません」

 ふいにどこからともなく声が聞こえ、響のすぐ背後から双葉伽音が顔を出す。暗い闇の中に、伽音の存在が一筋の光のように浮かび上がる。

 響と同じく一条家に暮らしている妖かしの力を持つ少女。

「伽音さん」

「草薙さん、油断しちゃダメじゃありませんか」

 伽音がついてきたことを、響はまったく知らなかった。

「何者ですか? 私の領域に無断に踏み込んでくるなんて」

 不快そうな静江の声が聞こえてくる。

「私は草薙さんの保護者のようなものですよ」

「どこから現れたのか知りませんが、誰であろうとこの私の領域で私に抗えるものなどいるはずがない。おまえの全てをさらけ出せ」

 闇がさらに深くなり、伽音の身体を包み込もうとする。

 しかし、伽音の身体は闇に包まれなかった。いや、闇に覆われているのは間違いない。それなのにハッキリと伽音の存在がそこにいる。

「どうかしましたか?」

 伽音が小さくあざ笑うように問いかける。

 闇の向こう側から動揺が感じられる。

「誰だ? おまえはいったい誰なんだ?」

 その声が震えている。

「覗けませんか? そうでしょうね。あなたのような浅い闇の力では私を呑み込むなんて無理な話。私の奥底にまで辿りつけるはずがありません」

「浅い力……だと?」

「妖かしの力は心の力。つまり、あなたの心の浅さですよ。自分勝手な恨みや憎しみなどその程度の闇しか作れないということです」

「おまえたちはいったいーー」

「私たちはね、あなたとは比べ物にならないほどの闇なのですよ。私は当然ながら、この人だって、あなたにどうこう出来る人ではありませんよ。今、あなたが見たものはただの第一段階。その奥まであなたは入れない。この程度の闇、私が飲み込んであげましょう」

 伽音が大きく息を吸い込む。

 まるで一気に霧が晴れていくように闇が消え、目の前に再び静江の姿が見えてくる。

 その静江に対し、再び響は左手を差し向ける。

 次の瞬間、彼女の生命は消えていた。


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