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響が一条春影に呼び出されたのは、昨夜のことだ。
広い一条家の屋敷の中で、春影が暮らす別棟は『奥の院』と呼ばれている。
一条家に仕える者の中でも、そう足を踏み入れることは許されていないのだが、響は何度か春影に呼び出されていた。
そこにはいつものように着物姿の春影以外にもう一人の姿があった。
「私は坪倉不動産の坪倉香保子と申します。霊媒師としても活動させていただいています」
派手な服を着て、鼈甲の眼鏡をかけた50代のふくよかな女性が響に向かって挨拶をする。その首元には大粒の真珠のネックレスが揺れている。
妖かしの一族である一条家の中で暮らしている自分でも、『霊媒師』と聞くとどこか胡散臭い感じがしてしまう。
「あの……何か?」
響はどう答えていいかわからず、助けを求めるように春影のほうを見た。だが、春影はわざと無視するかのようにまるで目を合わせようとはしない。
その響の様子を見て、坪倉香保子はーー
「あぁ、いきなり『霊媒師』などと言われると驚かれるかもしれませんね。もちろん本業は不動産のほうです。ただ、私には人には見えないものまでが見えるもので。一条様はその方面には詳しいと伺っております」
「それはただの噂でしょう?」
春影は澄ました顔で言った。一条家は『妖かしの一族』としての裏の顔はあるものの、表では資産家であり複数の会社を経営している。
「実は一条様に一つお願いがあってやってきました」
春影はその香保子の言葉に、黙ったままで視線を響のほうへ向ける。それを見て、香保子は響のほうへ改めて顔を向けた。
「ある人を助けてあげてほしいんです」
「ある人?」
「その人は30年前、自宅で家族を亡くされました」
「亡くなった?」
「私の力でその人を助けてあげたいといろいろと試してみたのですが、私だけの力ではなかなか難しいのです。ぜひ、お力を貸してもらえませんか?」
「どういうことでしょうか?」
この一年、一条家で暮らしながら、その仕事の手伝いをしたいとこれまで何度か願い出てきた。そういう意味ではやっと願いが叶うことになるのだが、なぜだかこの件についてはあまり気乗りがしない。
やはり『霊媒師』と名乗るこの女性の存在が気に入らないからかもしれない。
「彼女は今、復讐を果たそうとしています」
「復讐の相手というのは?」
「それは私にはわかりません。それについては話してくれないんです。しかし、それでも誰かが殺されるのは間違いありません」
「殺される?」
それを聞いて、さすがに響は身を固くする。だが、春影は冷静そのものだった。
「響さん、彼女の力になってあげてください」
その静かだが威厳のある言葉に、響はただ頷くしか出来なかった。
結局、その後、一時間ほどかけて響は坪倉香保子からその長友静江という女性のことを聞くことになった。
――あの人は、知り合いからの紹介で来られたんです。しかし、会ったばかりの人に対して自らを『霊媒師』などと名乗るような人、私は苦手なんですよ。本当は会う気もなかったんだけど、ちょっと気になるところがあったのであなたに話を聞いてもらいました。
坪倉香保子が帰った後、春影はそう言った。
結果、この件を響が担当することになったのだ。




