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7.初めてごっちゃん以外の先生に教わった気分はどうじゃ?

 俺はごっちゃんと「らぶらぶ給食。嫉妬の視線和え」を堪能し、休憩時間に調味料軍団に襲撃された。

 主に精神的な苦痛を被ってから、午後の授業が始まる。

 ジャージに着替えて体育館で剣術の訓練だ。

 やはりというか、当然というか、授業は戦闘訓練の比率が大きい。

 重い鉄製のドアを開けると、体育館の中央で待ち構えていたのは、ドレスのような白い装束に身を包んだ女剣士だった。

 女剣士が振り返ると、ドレスが白薔薇のようにふわりと広がり、僅かに遅れて長い金髪がさらりと揺れた。

 金髪だ! 背が高い!

 というか、ごっちゃんじゃない!

 だ、誰だ。

 20歳くらいだろうか。外国人的な顔立ちだし、いかにもファンタジー世界にいそうな、気の強そうな女剣士だ。

 モブ生徒達も動揺しているらしく、ざわついている。

 というかあの白いドレス、透けてね?! めっちゃエロい!

 凛とした美しい女性に気圧されているのか、全員が入り口に固まってしまい、中に入っていく者はいない。


「我々A組全員が時間割を見間違えたとも思えない。……状況的に考えて、彼女は前の授業を担当していた講師だろう」


「舞ちゃん先生もあんなスケスケの白いドレスを着てくれるのかな。ちっぱい、見えちゃうよぉ」


 どうやら醤油とケチャップも困惑しているようだ。

 俺達が体育館の手前でまごまごしていたら、校舎の方からごっちゃん先生がやってきた。


「んー。みんな、どうして入らないの?」


 初日に着ていた水色のドレスで、さらっとした黒髪には銀色の蝶々を模した銀細工を付けている。

 ごっちゃんが来たということは、授業の場所を間違えたわけではないようだ。


「ごっちゃん、授業と関係ないけど、質問をしてもよろしいでしょうか?」


「んー。なあに?」


 ちくしょう。可愛いな。

 笑顔で首を傾ける仕草が子供っぽいから、ケチャップみたいな変態ファンが生まれるんだよ!


「知らない人がいるんですけど」


「今日はなんと、ゲスト講師がいるんだよ! 全員、体育館に入って整列」


 クラスメイト達は、ごっちゃんの手拍子に弾かれて、我先にと体育館に駆け込んだ。

 俺も最後尾からついていく。


「みんなの授業に協力してもらうため、数多ある異世界の中でも最強クラスの女騎士に来てもらったんだよ!」


「クリストリス・ドッホ・コロイスです。よろしく頼みます」


 ドレスのような白い衣装に身を包んだ女騎士が、凛とした声で名乗ると、クラスメイトはざわつきだし、そのうちの何人かは「クッコロだ」と呟いた。


「なんじゃ? なんで今、みんなざわついたのじゃ? くっころとはなんじゃ?」


 ごっちゃんがきょとんと首を傾げると、挙手して一歩前に出たのは醤油だ。


「クッコロとは『くっ、殺せ』の略です。プライドの高い女騎士が戦いに敗れて、敵に捕ったときに悔しそうに呟く台詞です。服はあちこち裂けて露出が高い状態になっており、辱めを受けるくらいなら死を選ぶ覚悟で『くっ、殺せ』と言うのです。転じて、気が強くてプライドの高そうな、高貴さ漂う女騎士のことをクッコロと呼ぶようになったのです」


 醤油は四角眼鏡をくいっとして、キラーンして力説を終えた。


「貴方たちはいったい何をわけのわからぬことを。私は、けして、そのくっころとやらではありません……。うっ。じろじろ見ないでください。うぐっ……」


「と、このように、羞恥心に耐えきれず、つい『くっ、殺せ』などと言ってしまうのが特徴です。女騎士に限らず、ラブコメヒロインでも、例えば主人公にぬいぐるみ集めなどの可愛い趣味がばれたり、子犬に赤ちゃん言葉で話しかけているところを目撃されたりして、テンパってしまったときにもクッコロ属性は発動します。自説なのですが、クッコロの本質とはけして『くっ、殺せ』というセリフにあるのではなく、どうしようもならない事態に対して、顔を真っ赤にして『ええい、どうにでもなれ』とやけっぱちになることこそが本質だと思うわけです」


 眼鏡、くいっ、くいっ、キラーン、キラーン!


「なるほどー。くっころかー。クリストリスはくっころなん?」


「護国殿! 何を言うのですか。断じて違います! 確かに祖国に捧げた私の剣には誇りを持っています。ですが、いえ、だからこそ、たとえ虜囚の身に落とされようとも、辱めを受けようとも最後まで諦めずに闘います。死など選びません!」


「うむ。そうじゃよな。そう簡単に諦めてはならぬのじゃ。お主たちもクリストリスのように、けして諦めぬ強靱な闘志を抱くのじゃ! ……ん、なんでお主ら微妙に顔が赤いのじゃ?」


 生徒たちの大半がざわざわするだけで誰も応じないでいると「あの」と塩が遠慮するように挙手し、ごっちゃんが「なんじゃ」と応じた。


「それで、ゲスト講師? 女騎士さんのことは何と呼べばよろしいのでしょうか」


 この質問には女騎士が胸を張って、一歩前に出て応じた。


「クリストリスと呼んでくれて構いません。ドッホ・コロイスは、コロイス王国に仕える騎士という称号です。貴方たちの名前とは意味合いが違います」


 またざわつく生徒たち。

 いや、うん、俺にもみんなが微妙にうろたえている理由は分かるぞ。クリストリスとは呼びにくい。年頃の男子高校生は違う物を連想してしまい、言い間違える怖れがある。

 どうするんだ。初対面の異性をクリスみたいな愛称で呼んでもいいのか、誰か聞けよ。


「なんじゃ、なんじゃ、お主ら、変じゃぞ?」


 ソースが隣の生徒に「だって、なあ」と声をかけ、そいつがまた隣に「なあ」と声をかけていく。

 全員がごっちゃんの追求するまなざしから逃げるようにして隣にスルーしていき、右端にいた俺のところまでやってきた。

 ごっちゃんが「なにを隠しておるんじゃ」と首をかしげている。

 女騎士も無言で「いいから答えなさい」とプレッシャーをかけてくる。


「あ、いや……」


 うっ。

 並んだふたりが少しずつ俺の方に寄ってくる。

 俺は左にいた塩を向いて「なあ」と逃げ場を求めた。だが、塩は首を正面に固定したまま視線一つ動かさずに俺をガン無視した。

 というかクラスメイト全員、軍人みたいに綺麗に背筋を伸ばして顎を引いて直立不動だ。

 完全に俺に押しつける気だ。

 くそっ。たまたま俺が端にいたからって、何でこんな目に遭うんだ。

 俺はじりじりと下がっていくが、ふたりは逃がすつもりはないようで、つかず離れずついてくる。

 らちが開かないから、正直に言うしかない。

 

「あ、あのですね。クッコロさん、名前が……」


「私はクッコロではない」


「うぐっ……。すみません」


 ずいっと迫ってきた。なんかいい匂いする。レモンみたいな爽やかさが鼻の奥をくすぐってくる感じだ。

 うわー。まつ毛、めっちゃ長え。

 瞳、金色だよ。俺たちの目と違って、紋章みたいなのが浮かび上がってる。伝説のなんとか一族的な複雑な能力を秘めているに違いない。


「えっと、ですね……。あの……。その……」


 さすがに言いづらい。


「ううっ。タイム。ごっちゃん、せめて、ごっちゃんにだけは先に説明させて」


「うむ?」


「むっ……」


 女騎士が睨みつづけているから、俺はぺこぺこ頭を下げながら、ごっちゃんと一緒に壁際にまで移動した。

 あー。

 やっぱ落ち着くなあ。

 ごっちゃんは俺がスキルで創った架空の妹にそっくりだから、何も警戒する必要がない安心感がある。


「何で、流星はさっきまでおどおどしていたのに、急にニヤニヤしているのじゃ?」


「あ、いや、ニヤニヤというか、ニコニコだと思うんですけど」


「やー。ニヤニヤなんだよ。まあ良い。ほれ、なんじゃ? 聞くぞ」


 耳に手を当ててくいっと首をかしげる仕草がまた可愛いな、おいっ。


「えっと……。多分、世界が違うから単語が違うとか、文化が違うとか、そういうことだと思うんだけど」


「何を勿体付けておるのじゃ」


「あー。いや、あの、ね。クッコロさんの名前が、俺たち日本人の男子高校生にとっては、女の人のいるところで口にするだけで恥ずかしくて顔が赤くなっちゃうというか」


「んー?」


「ああ、いや、人の名前でそういう連想をしちゃうのは失礼なことだって、分かっているんだよ」


「むむむ。流星が言っていることはよく分からないんだよ。じゃが、発音に何か問題があるようじゃのう。どれ」


 ごっちゃんはポシェットからタブレット端末を取りだした。


「じゃじゃーん。マイ・パッドじゃ。うりうり。こんなちっこいのに、むーびーが撮れる凄いやつなんじゃよ」


 まーた自慢してきた。

 俺だって初めてスマホを買ってもらったとき、めっちゃハイテンションだったから、分からなくもないけどさ。でも、それ、生徒用のに比べると三年くらい前の型落ちだぞ。

 ただ、細かい傷はあるものの、きちんと磨いているらしく、指紋ひとつ無くキラキラしている。指紋と指汗でべとべとの俺のゲーム機とはえらい違いだ。

 

「日本の言葉でクリストリスを検索……。なになに……。あー。そっかあ……」


 ちらっと上目遣いからの「えっち」は、ぐさっと俺の心臓に刺さった。


「うっ……」


「クリストリスの名乗りや、ワシが名前を呼ぶのを聞いて、変な想像しとったの?」


「うっ……。いや、否定はできないけど、別に俺ひとりが悪いわけじゃ……」


「もう、えっちなんだからっ」


「うぐうっ」


 鼻先をピンッと、はじかれた。

 笑っているから呆れたり怒ったりしたわけではなく、単に俺をからかって遊んでいるだけだろう。


「ま、しょうがないかー。ワシがクリストリスに説明するんだよ」


 というわけで、俺はごっちゃんとともに女騎士の元に戻る。

 ごっちゃんが耳打ちしてひそひそしていると、次第に女騎士の顔が紅潮していった。


「くっ……! 貴方がたは、私をそのような目で見ていたのですか」


 女剣士はキリッとした切れ長の目でクラスメイトを睨みつけた。


「言葉が似ているだけで、このような屈辱を受けるとは……! くっ……!」


「そ、そういう表情と発言が、クッコロと言われる原因の気が。いえ、何でもありません」


 こええ……。

 睨まれただけで、インフルエンザのひきかけみたいな寒気がブワッと背中を走るよ。

 異世界転移訓練学校の講師を任されるだけあって、やはりクッコロさんも、異世界の一つや二つくらい救えるような戦士だ。纏っている気迫が明らかに違う。


「せっかくじゃし、クリストリスのあだ名はクッコロということでいいんでない?」


「護国殿がそう言われるのなら、致し方ありません。ですが……。本日の訓練、多少、手元が狂っても宜しいでしょうか」


「うむ。殺さぬ程度にな」


「もちろんです。殺さないくらいに鍛え上げて差しあげましょう」


 怖っ。美人の口だけの笑顔って、怖っ。

 背中の震えからくる、おしりのムズムズが治まらない。

 というわけで、クッコロ先生による剣術訓練は生徒のみんなが本物の殺気を味わうという、実に貴重な時間となった。

 木製の剣をつかった実践的なかかり稽古で、すべての生徒が一刀の元に打ち倒されていった。

 クッコロ先生は、クッコロ発言の元になった醤油を特に怨んでいたのか、もう悲惨だった。殺気にあてられた醤油は遠目でも分かるくらい顔を真っ青にしてガタガタ震えていたし、一度尻もちをついたら、もう膝が震えるだけで立ち上がることさえ不可能になっていた。

 でも、授業最後の講評でクッコロ先生が語った内容は、やはり、教師だった。


「貴方たちはクズです。戦闘能力は皆無ですし、私を侮辱するようなまなざしで見つめたし、生きる価値もないようなクズです。ウジ虫すら貴方たちの例えに使われるのを嫌がるでしょう」


 辛辣な罵倒のような気もするが、生徒の一部、というか醤油は涎を垂らしながら恍惚とした表情で聞いていた。疲労の顔だよなこれ……。まさか、しごかれすぎて変な趣味に目覚めてしまったのか?


「貴方たちは私の殺気を感じました。その感覚を忘れないでください。恐怖は貴方たちの剣を震わせる欠点ではありません。敵の剣気を察知し見きるための強力な武器です。恐怖心を鋭利に磨き上げてください。そして、制御するのです」


 さすが、教師らしく胸に響くこと言うじゃん、クッコロ先生。

 俺は教師のアシスタントという立場なので、クッコロ先生の高説を背後に立って聞いていた。形の良いお尻を眺めながら。

 薄く白いドレスはよく見れば、お尻の形が見えているのだ! 下着を穿いていないんじゃないかってくらい、お尻の谷間もくっきり見えて、エロい! 背後の俺からはエロ柔らかく引き締まったお尻が、じっくりと観察できるのだ。


「ところで。赤井。いいことを教えましょう。私レベルになると背後の視線も感じることができるのです。貴方には特別な課外授業が必用なようです」


「ひえっ……」


 このあと滅茶苦茶しごかれた。

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