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6.三日目だよ。もう異世界転移訓練学校には慣れたかな

 異世界に来て三日目。

 太陽の明かりで目が覚めた。厳密には太陽のような恒星なんだろうけど、太陽と名付けた。別に二つあるわけでも、特殊な色をしているわけでもない。普通の太陽だ。

 修学旅行感覚で朝の準備や朝食を済ませると、一斉に登校。集団行動をしているせいか、だらだらせずに、みんなと同じような時間感覚で行動してしまった。

 教師が来るまでの朝のガヤガヤ時間も、なんか、もう、本当に日本の高校。

 俺が会話の輪に交ざれず、割とはぶられ気味なのも、もう、ね。

 なんだよー。

 お前ら、異世界に召喚された救世主だろ。勇者的な存在なんだろ。冒険者だってギルドで仲間を集めるためにはコミュ力必須だぜ?

 だったら、教室でぼっちしている奴に声をかけろよ。

 仲間外れみたいで格好わるいだろ。

 というか、教室の左前にある、この教師用の机、何て呼び名なんだろうな?

 教卓とは違うし、俺の出身校じゃ、単に『先生の席』って言ってたな。

 というか、この席って中学校までじゃないのか? 高校には無かったぞ?

 あ、そっか。俺だけ先生の席にいるから、みんな話しかけにくいんだな。

 別にはぶられているわけじゃない。そうだ。そうに決まってる

 ふう……。

 ああ……。ふあああ……。

 寝不足で盛大にあくびが出てしまった。

 昨晩はごっちゃんが夜這いしてくれるかと期待し……たわけじゃないが、妙に目がさえて眠れなかったんだよ。

 古い建物だから隙間風が気になってきて、ベッドと机の位置を変えて、けっこう疲れた。

 あー、眠い。だるい。


「おはよう。赤井君」


「ん? ああ、おはよう。刃刀!」


 気さくに手を掲げて近づいてきたのは、目玉焼きに塩をかける派の刃刀詩音だ。


「詩音って呼んでよ。何でこの教室、席が一個だけ前にあるんだろうね。大きいし」


「いやいや、普通に先生用のだろ?」


「え? 先生用の机なんて無いでしょ?」


「ん? 俺の通った小学校や中学校には有ったぞ?」


「うっそだー。僕の通ってたところにはなかったよ」


「へー、そうなんだ」


 詩音が笑顔で話しかけてくるから返事しやすい。大きい声を出さないし、こっちの発言を遮ることもないし、こいつ、すっごく話しやすいぞ。

 俺が詩音と談笑しているとモブ生徒がひとり、ふたりとやってきて会話に混ざってくる。


「学校の仕組みを考慮すれば、教室に教師の席は無い。立場の違いを知るためにも、教師の席は職員室のみに置くべきだ」


 目玉焼きに醤油をかける派の、醤油顔の眼鏡野郎がメガネをキラーン。佐藤翔優という名前も醤油っぽい。


「いや、有る」


 ソースをかける派の、ソース顔男子が無骨に言い放つ。得能宗助という名前もソースっぽい。


「そんなことより、舞ちゃん先生、まだかなー。今日はどんな可愛い姿を見せてくれるのかなあ。あれで十六歳でしょ? どう見ても小学生だよお。萌えるぅ」


 目玉焼きにケチャップをかけるというケチャップ野郎が、ニチャアと目を細める。父親が外国人で、遠間・ケチャ・プーという名前だった。

 いやー、いいな、雑談。

 男が輪になって他愛のない話に興じるのも悪くはない。


「ところでさ」


 詩音こと塩が話の腰を折り、一瞬だけ間が空いた。


「昨日の夜、緊張や不安で、よく眠れなかったんだよね」


 醤油、ソース、ケチャップが「ああ、そうだな」「俺もだ」「舞ちゃん今日はどんなコスプレなんだろう」と頷く。

 塩は三人の反応を確認した後、勿体ぶるようにしてゆっくりと口を開く。


「ただでさえ眠れないのに、隣の部屋から夜中ずっとベッドが軋むような音が聞こえてきたんだよ」


 マジか。迷惑な奴もいるんだな。


「今朝、みんなに確認したんだけど」


 俺は塩から何も聞かれていないんだけど、もしかして「みんな」から除外されてる?


「やっぱ、ごっちゃん先生が夜這いをしてくれたって男子はいないんだよ。ねえ、ところで隣室の赤井君」


「ん? 隣って詩音だったんだ」


 さっき詩音って呼べって言ったから、詩音って呼んだんだけど、いいよな?


「ずいぶんと眠そうだし疲れている様子だけど、昨晩はずっとギシギシと何をしていたのかな」


「ああ。部屋の模様替えを――」


 いきなり醤油に椅子を引かれ、転びはしなかったものの腰が浮きあがりかけたところ、左右からソースとケチャップが肘を掴んできた。


「え、あれ?」


 左右をがっちり掴まれて、俺は強制的に立たされた。背後の醤油が正面に回ってきて、机にあった定規で俺の頬をぺちぺちと叩いてくる。

 その気になればいつでも振りほどけるが、とりあえず様子見だ。


「最初に宣言する。これは尋問ではない。君の返答次第では、即、処刑だということを、よく理解したうえで、返答してくれたまえ」


 眼鏡を輝かせながら近距離で睨んできた。

 なんなんだよ、もー。

 いや、でも、まあ、こうやってクラスメイトと馬鹿な理由で騒ぐのって、なんか、青春だな。ソースかケチャップかどっちか知らんけど、俺の尻を撫でているのは気のせいだろう。

 ひー。

 尻を這いまわっていた手が、ゆっくりと腰を撫でつつ、前にやってくる。

 ちょっと待って! 首筋にメッチャ鼻息かかってくる!

 誰か助けて!

 というタイミングで。


「席につけ」


 女教師がハイヒールをカツカツ鳴らして教室に入ってきた。

 理知的な三角眼鏡の銀縁をキラーンと光らせる、タイトミニの女性。

 ごっちゃんだ。

 調味料四人衆はささっと自分の席に戻っていった。

 ちくしょう。覚えていろよ。


「今日は、異世界のお金について学習するわよ」


 ごっちゃんは黒板のかなり下の方にチョークででっかくGと書いた。背が低いから上まではチョークが届かないらしい。


「これは異世界のお金の単位『じー』よ。表記は基本的に、どこの異世界でもGなの。発音が『じー』でない場合でも、ごーるど、ごるごる、ごっずなど、お金を連想するような言葉になっていることが多いわ」


「何で、何処でもGなの?」


 あ。しまった。

 俺、助手ポジションなのに、つい質問しちゃった。


「良い質問ね」


 ごっちゃんは、しめたと言いたげに唇の端を吊り上げた。


「異世界は無数にあるの。その中には他の異世界と交流している世界もいくつかあるのよ」


 ごっちゃんが手招きしている。ジェスチャーを読み解く限り「黒板の上の方から書きたいから、腰を持ち上げてくれ」だ。

 下心満載で俺は言われたように腰を持った。

 ほっそ……。俺の太ももを触っているんじゃないかってくらい、ほっそい。


「魔神の力を借りる魔法や召喚魔法では、毎回毎回、異世界とゲートを開くのは手間よね。異世界毎にゲートの利用方法が違うのも面倒なの。だから、統一機構ができたの。転移や召喚や言語などを統一しておけば、召喚される側に都合が良いの」


 女教師口調なのに、俺に高い高いしてもらっている状態なのがギャップ萌えだ。

 なるほど。ごっちゃんの腰、柔らいかなあ。掴みどころがないから徐々にずり落ちてきて、俺の両手がだんだん腰から胸へと近づいていく。

 

「この、規格統一をしている団体は、異世界スタンだあど、おーがにぜーしょん。頭文字をとって、あい、えす、おーよ。異世界の実に八割が加盟しているの」


 なんか途中から発音がひらがなになってた。

 ごっちゃんはカタカナ苦手なー。

 ごっちゃんが「んっんっ」と両肘をパタパタするから、降ろした。あとちょっとで合法的に胸に触れられたかもしれないのに!

 両手に残る温もりの余韻に浸りたいのに、生徒の方に向きなおった瞬間、ものすごく殺意あふれる視線がいくつも突き刺さってきた。

 くそ、これで何度目だ。ごっちゃんに触れるたびにクラスメイトに刺されていたら、そのうち俺はアニメのチーズみたいに穴ぼこになっちゃうぞ。

 授業はその後、ISOが管理している規格についての説明になった。武器や防具など、俺たちが特に準備をしなくてもよい物が分かった。無数に在る異世界が、まさか裏で繋がっていて、規格の統一団体があったなんて……。異世界にじゃがいもが普及していたり、マヨネーズを作る材料がそろっていたりするのは、ISOのおかげらしい。

 助手ポジションだけど、まあ実際の俺は単なる生徒だし、授業に聞き入ってしまった。

 俺とごっちゃんが黒板を向き、生徒たちに背中を晒していると、消しゴムの欠片というか、まるごと消しゴムが飛んできた。

 俺はこうなることを予期していたので事前にスキル《リフレクトテリトリー》を使用しておいた。闘気が薄く、俺の全身を覆う。これは、一定の攻撃力以下の遠距離攻撃を相手に跳ね返すというスキルだ。一般兵の放つ弓矢くらいなら、そっくりそのまま跳ね返せる。

 背後から「ぐあっ」というケチャップの声がした。犯人はお前かよ……。やたらとごっちゃんの幼い容姿に並々ならぬ関心を抱いていたからな。

 連続して消しゴムが飛んできた。


「うぐっ」


「ぐあっ」


「ぎひいっ」


 おいっ! 何人が俺に物を投げつけているんだよ!

 というか、みんなガッツあるな。最初のひとりがカウンターを喰らった時点で、諦めろよ!


「くっ! 跳ね返ったコンパスの針が額に突き刺さったくらいのことで……ッ!」


 スゲえガッツだな、重傷だろ!

 その闘志は、異世界で発揮しろよ。使いどころは今じゃねえよ。


「みんな、力を合わせるんだ。ひとりひとりの力は弱くても、俺たちの力を一つに集めれば、どんな凶悪な敵だって倒せるはずだ! 同時攻撃でアイツの反射スキルを打ち破るんだ!」


 聞こえてるぞ!

 さすが異世界に召喚されるだけあって、随分と立派な協調性だよ。それを、なぜ、俺に向ける……!


「――というわけよ」


 ごっちゃんが板書を終えて振り向くのに合わせ、俺も、何も気づいていないそぶりで生徒たちの方を向く。ギリギリのところで一斉攻撃は中止になった。

 うわー。ひくわー。

 醤油はでっかいたんこぶが額の中央に膨らんでいた。どんだけ全力で消しゴムを投げたんだよって感じだし、額にコンパスが刺さったロリコン野郎ケチャップには、もう何も言うまい。

 みんな何かしらの被害を負っているようだが、塩だけは無傷だ。俺の視線に気づいてにこにこと笑っている。

 俺がごっちゃんに救いを求める視線を向けると、事情を察しているのか、いないのか。


「うむ、元気でよろしい」


 ごっちゃんは満面の笑みを浮かべた。

 よろしくねーよ。学級崩壊じゃねーか!

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