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5.調味料四天王が来たんだよ

 クラスごとに専用の寮があり、俺はA組専用の寮で、卒業までの一か月を過ごすことになっている。

 廊下は歩くたびにギシギシ鳴るし、天井からは裸電球がぶら下がっている。他の施設は現代日本っぽいのに、寮は築三十年という感じだ。

 割り当てられた部屋は、木製ベッドと机があるだけで、他に家具は無い。

 夕食やお風呂や自主トレは好きなようにしていいらしい。俺は夕食をとることにし、食堂に向かった。

 食堂は広い空間に長テーブルが並んでいて、好きなところで食べることになっている。カウンターで、どう見ても日本のおばちゃんっぽい人から料理を受け取った。

 ご飯、鮭、目玉焼き、味噌汁、海苔。

 夕食だというのに、旅館の朝食みたいだ。

 まあいい。俺は孤独をスパイスにして夕食をとるさ。

 いや、カッコつけてはみたが、単にはぶられているだけだ。食堂には十人くらいいるようだが、初日から特別待遇を受けている俺にわざわざ話しかけてくるような奴はいない。

 どうせ、俺の強さを妬んで、鼻もちならない野郎だとでも噂しているんだろう。

 俺はひとりで座り、朝食のような夕食をとる。窓の外は真っ暗なのに朝食メニューだから脳が軽く混乱する。

 塩鮭を箸でほぐして、身をみそ汁に入れて混ぜていたら、誰かが近づいてくる気配を感じた。


「やあ、赤井君、良いかな」


「ん? ああ、調味料か。醤油、ソース? どっち?」


「あ、うん。サンキュー」


 ん?

 なんか隣に座ったぞ。俺の前に有った調味料がほしいわけじゃないのか?


「僕は刃刀詩音。よろしく」


「あ、ああ。よろしく」


 はがたな、しおんか。格好良い名前だな。いかにも異世界に転移する勇者の名前だ。


「何の用だ。ひそひそ話に飽きたのか?」


「仕方ないよ。ここの食事も原材料が何か分からないし、食べるのに少し抵抗あるからね? けど、作ってくれた人の前で、そういう話もできないし。……それに、そもそも知らない所に連れてこられて、訓練しろなんて言われたら戸惑うさ」


 ん?

 俺のことを噂していたのだろと指摘したつもりだが、想定外の返事だ。

 まさか、俺が勝手に、自分が噂されていると思い込んでいた?

 勘違いかよ。なんだよそれ、めっちゃ恥ずかしいじゃねえか!


「だ、だよな。戸惑うよな。みんな真面目に授業を受けていたから、困惑しているの俺だけかと思ってた」


「うん。みんな、そう思ってたみたいだね。でも、休憩時間に、先生に聞かれたくないようなことを周囲の人とこそこそと相談してたよ。もしかしたらそれで赤井君に誤解させちゃったかな。だとしたら、ソーリーな」


「まあ、護国先生が可愛いから、仲よさそうにしている赤井君に嫉妬している人は多いみたいだけどね」


 詩音は、喋り方が若干キザな感じもするが、何処にでもいるような平凡な男子高校生という感じだ。いや、そういう奴らばかり集めたクラスなんだから、当然なんだろうけど。


「赤井君って、強いじゃん? だからコネを作っておけば、いつか役に立つかと思ってさ」


 ひょろい顔して、中身はまっ黒か。


「一ヶ月の訓練が終わったらこの世界での記憶って消されるんでしょ? だったら、正直にいこうと思っただけだよ。利用できるものは利用しないと」


「なるほど。刃刀は、そういうしたたかさがあるから選ばれたのかもな。いくらなんでも、本当にごく平凡な男子高校生ばかり召喚されたとも思えないし」


「そうかな。あんまり褒められた気がしないけど嬉しいよ。素直にありがとうと言わせてもらうよ。友情の証しにひとつ大事なことを教えよう。僕は目玉焼きには醤油でもソースでもなく、塩をかけるんだ」


 あー。けっこう変な感性の持ち主かもしれない。俺が卓上の塩をとって渡していると、背後に複数の気配。


「俺は醤油」


「俺はソースだ」


「僕ケチャップ」


 いつの間にか室内にいた生徒が集まっていた。

 それにしても、みんな変な名前だな。


「醤油、ソース、ケチャップ、よろしくな。俺は赤井流星だ」


「うわっ。さぶっ……。こいつさぶっ…」


 うぐっ……。

 醤油顔した醤油野郎が俺を馬鹿にしてきた。

 ほぼ初対面だから楽しい冗談で場を盛り上げようと思ったのに、俺の人間味あふれる配慮に気づけないとは、まだまだだな。

 みんなで目玉焼きに何をかけるか論争が始まった。日本人なら一度は誰かと話題にしたことで、和気あいあいと盛り上がっている。

 なんか、胸が温かくなってくるな。この雰囲気。

 俺が勝手に偏見で作っていた壁は崩れ去った。誰も俺のことなんて妬んでいない。

 スキルが使えるからって俺が勝手に自惚れていただけだ。

 みんな気のいいやつらばかりだ。

 次からは同じテーブルに座ろう。

 半熟醤油混ぜ混ぜや、固めケチャップなど、なるほど確かに美味しい食べ方で話が温まってきている。

 だが、まだまだだ。みんなの目玉焼き談議に俺が一石を投じよう。


「俺は、半熟の目玉焼きと納豆を一緒にご飯に乗せて、かき混ぜるのが――」


「邪道だ! 納豆は単品で食え」


「むむむっ、こやつよく見れば、舞ちゃん先生といちゃいちゃしていたやつなり!」


「吊せ! 吊せ!」


 うっ。

 ソース、ケチャップ、醤油が派閥の垣根を越えて俺を糾弾してきた。なぜだ。混ぜるのがいけないのか、納豆がいけないのか。


「やめろよ。俺たち同じクラスの仲間だろ」


「ああ、我々は仲間だ。だが、貴様は違う!」


「そんな馬鹿な!」


 俺はクラスメイトにもみくちゃにされ、頬を両サイドから掴まれふがふがされたり「異能力者の割に体格は普通だな」と体中を触られたり「舞ちゃん触った手ぺろぺろ―」と舐められたり、身の毛もよだつえげつない行為を受けた。

 こ、これって、良い意味での遊びだよな?

 ちょっとした悪ふざけだよな?

 くそーっ。異世界の仲間は女性ばかりだったし、学校では友達がいなかったから男子高校生のノリが分からない。

 もう少し身体を見せてくれとズボンを脱がせようとしている奴までいるけど、どうなってんだ。午前中の授業で目覚めたのか?!


「こらー、やかましいのじゃ!」


 食堂の入り口から、俺たちの馬鹿騒ぎを吹っ飛ばす叱責。

 全員の動きがぴたりと止まった。

 声と語尾で分かる。ごっちゃんだ!

 俺は周囲のモブ学生の群れから抜けだし、可愛らしい姿を発見する。

 入り口にいたのは確かに、ごっちゃんなんだけど、妙に艶めかしい香りを漂わせている。

 濡れた髪を頭の上で束ねて湯気をほくほく。薄い浴衣が肌にぴったりと重なっている。


「ごっちゃん! お風呂上がりってことは、まさか同じ寮に住んでいるの?」


「当然じゃろ。お主らの監督義務はワシにあるのじゃ。さらに、学校が終わった後も、異世界に備えての訓練は続行中じゃからな」


「就寝の前になんかあるんですか?」


「今夜は異世界で定番の『美少女がベッドに侵入してくるイベント』が起こるんだよ!」


 俺以外の男子から、おおっというざわめきが起きた。

 硬派な俺は反応しなかったけどね。まあ、確かに以前の異世界で何度かあったイベントだ。魔王軍との戦いで疲れているのに、狭くて硬いベッドに女の子が侵入してくるから、寝づらいだけだったがな……。


「美女悪魔が肉体を利用して君たちを誘惑しようとするかもしれないし、魔王を倒したあと、お姫様といい関係になってしまうかもしれない。もちろん、旅の道中で何度も野営していたら女騎士とだって、むふふな関係になっちゃうかもしれないんだよ。だから、ワシが予行演習で、ラッキーな一名にむふふ……。楽しみにしておるのじゃ!」


 みんなむふふな展開を妄想しているのか、鼻の下を伸ばして、ごっちゃんのひとことひとこに食い入っている。

 そして、ごっちゃんは俺にウインク。腰をきゅっと曲げて、投げキッス。


「さて、ワシが夜這う幸運な一名は誰かの。成績優秀な一名は誰かの」


 うわー。

 モブ生徒達が腐った血のようにどす黒い視線で俺の身体を刺してくる。

 昼間、ごっちゃんはクラスメイトの訓練意欲を引き出すために俺を優遇していると言っていた。けど、意欲よりも殺意の生成に成功しちゃっている気がするんだけど……。


「男の子同士の悪ふざけもよいが。あまり張り切りすぎて、寝る前に体力を消耗するでないぞ。夜は……長いからの」


 ぽっと頬を染めて腰をくねくねしてから、ごっちゃんは去っていった。


「じゃ、そういうことで」


 全員が唖然としているすきに俺も退室。

 正気を取り戻した奴が追いかけてきたからドアを閉じ、俺はダッシュで自室に戻った。

 さて、俺はカーテンを閉めて、シーツを綺麗に正して、椅子に座る。

 いやいや、別に、ごっちゃんが本当に夜這いしにくるのを期待しているわけじゃないからな。

 単に眠くないから、手持ち無沙汰で椅子に座っちゃっただけだし。

 あ、待て、待て。お風呂に入らないと。

 けどモブ生徒達と一緒に裸になって共用のお風呂に入るのも嫌だしな。どうしよう。

 まじでみんなお風呂、どうしてんの? 修学旅行で風邪を引いたふりして後からひとりで大浴場に行ったから、分かんないんだよ。みんな、ち*ち*丸出し? 恥ずかしくない?

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