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4.いっしょに給食を食べるんだよ

 三時間目は教室で座学だ。

 はっきりいって、見覚えがあるレベルで普通の教室だ。

 教卓に立つのは、理知的な三角眼鏡とセクシーなタイトスカートが魅惑的な女教師。数学を教えてくれそうな顔つき。放課後にエッチな課外授業に誘ってくれそうな妖艶な雰囲気が漂ってくる。

 というか、ごっちゃんだ。

 ごっちゃんだけど、先ほどまでの幼い印象がなりを潜めて、色気を醸しだしている。

 女性の変貌っぷりに、まじ驚愕。開いた口が閉じない。

 ごっちゃんって呼んでも問題ないだろうか。

 ううむ。どうしよう。

 今の俺には可及的速やかに、確認しなければならないことがあるんだ。


「護国先生」


「ごっちゃ……。うっ、ううっ」


 あ。おちょぼ口で、ぷるぷるしてる。脊髄反射で「ごっちゃんです」と言いかけたのを堪えている。


「な、何でしょう、赤井君」


 ごっちゃんは平静を装った口調で、眼鏡をクイッとした。銀縁フレームがキラッと輝く。


「僕の席が無いんですが」


「ちょっと外に来なさい。他の者は自習していなさい。座席には教材一式が入っているわ」


 あれ。廊下で怒られるパターン?

 俺は女教師に続いて、生徒の視線から逃げるようにこそこそと教室から出る。

 ごっちゃんがくいくいと手招きするから、俺は前かがみなる。げんこつかなーとちょっとだけびびっていると、ごっちゃんが背伸びして「ごっちゃんです」と耳打ちしてきた。

 あっ、息がくすぐったい……。

 どうやらふたりのときはごっちゃんと呼べということだ。


「座席が一組足らないのじゃ。お主は学級委員長じゃし、ワシのお手伝いということで一緒に教卓に立っておいてほしいのじゃ」


「あー。はい。分かった。座学でどれだけ俺が役に立てるか分からないが、全力を尽くす」


「うむ。頼りにしておるぞ。最近は異世界転生者が増えたせいで、ここは新米教師のワシでも担任になるくらい、人手不足でなー。特に『何処にでもいる普通の男子高校生』クラスはいつも教官不足なんじゃよ」


 なるほど。確かに、普通の男子高校生の転移率は高そうだしな。俺みたいな生徒を教師の助手に抜擢したくなるのも当然だ。


「よろしく頼むんじゃよ」


「はい」


 俺はごっちゃんに続いて、教室に戻った。

 まあ、まだ異世界転移訓練学校とやらに来て二日目だし、暫くは周囲の状況に身を任せて流れていくべきだ。

 うん。波風を立てずに、周りに併せよう。

 異世界に転移した人のあるあるなんだろうけど、流されているなー俺。まあ、何をすればいいのか分からないし、しょうがない。前回も流されるままにしていたら、気づいたら魔王を倒していたし。

 とりあえず今はごっちゃんの指示に従おう。妹みたいで可愛いから助けてあげたいし。

 困っている美少女を助けるという意味では、ここが俺の《異世界》だし、これが俺の物語だ。

 俺は、ごっちゃんの手伝いに尽力する決意を固めた。

 とはいえ、座学の授業で、俺が他人に教えるようなことは何もなかった。全員、自分が召喚される世界の文化や言葉を学んでいるんだから、タブレット端末に表示される内容が異なる。

 ときおり質問があったら、ごっちゃんが答えている。

 何気に学校の備品は最新の物だ。ごっちゃんのだけが、おもいっきり旧世代機のようだ。

 俺には何もすることがないから、ただ、教卓の脇に立っているだけだ。

 たまに同じ姿勢を維持するのが辛くなって身じろぎするだけ。なんか俺、助手ポジションではなく、怒られて立たされている生徒では?

 教室左前にある教師用の座席に着いたら駄目だろうか。俺の視線に気付いたらしいごっちゃんが「めっ」というジェスチャーをしたから、駄目なんだろうなあ。

 仕方ないから、試験中の教官よろしく、ごっちゃんを真似して教室内を練り歩くことにした。おうおう、みんな真面目に学習しているなあ。この熱意は何処から湧いたの?

 三時間目、四時間目が終わり、昼休憩の時間がやってきた。

 出席番号順に選出された給食当番が配膳した。

 学級委員長だから当番が免除される、なんてことはなく俺も給食当番だった。雑用をこなしているという感覚はなく、むしろ楽しかった。俺の高校は弁当か食堂だったから、配膳作業は中学以来だ。中学校の給食が懐かしいなあ。

 メニューはソフト麺だ。

 懐かしすぎる。周りは大半が「なにこれ」と言っているが、まさか、給食でソフト麺が出ないのか? 転移元が違うと給食の内容も違うのか?

 生徒用の座席は余っていなかったから、俺は教室の左前にある教師用の座席で給食をとることになっている。

 全員の準備が終わった後、俺はいただきますが待ちきれなくて、麺を袋の上から指で押さえつけて十字にあとを付けて、四分割した。

 すると、それを見た一部の生徒からざわめき。


「おい、あいつ、何をしているんだ。麺を分割したぞ」


「そうか、麺を少量ずつ取ればお椀から汁が零れることはないし食べやすい」


「凄い! こんな食べ方があったなんて!」


 なんで、こんなことで、現代知識が絶賛される異世界みたいなノリになるんだよ!

 そんなことより早くいただきますしようよ。

 もう口の中はよだれでいっぱい。

 ごっちゃんが教卓の前に立ち、銀色の棒で生徒の給食を指す。


「いただきますの前に軽く説明します。それは一見すると単なるソフト麺。しかし、汁が違うのです。異世界の生き物の骨を煮込んだスープです」


 白濁スープからは豚骨のような匂いがするし、大根やニンジンのような野菜が入っている。本当に異世界の材料で作られているの?


「最初は日本の給食風よ。少しずつ異世界っぽくしていくから、楽しみにしていてね。では手をあわせてください。いただきます」


「いただきます!」


 教室内のほぼ全員が唱和しただろう。一つになった声が、わっと、膨れあがった。

 わー。いただきますって声に出したの中学校以来だよ。

 ソフト麺を汁につけて、さあ、一気にすすろうとしていたら、視界の端からお盆が一つ侵入してきた。

 ん、と顔を上げれば、ごっちゃんだった。

 ごっちゃんが肩を押してきたので、脚に車輪がついている俺の椅子は後ろに移動した。何がしたいんだろうと思っていたら、ごっちゃんは俺の太ももに座ってきた。

 お尻の柔らかさがタイトスカートと学生服のズボン越しに、俺のふとももにびんびん伝わってくる。

 やばい。健全な男子高校生の俺としては、ちょっと、やばい。ラッキースケベを何度も体験している俺だけど、慣れるなんてことはなく、普通にヤバい。女子のおしりの感触が太ももに当たるのは、ヤバいよヤバい!

 ごっちゃんの太ももの感覚と、俺の眼前に来る後頭部から漂う髪の匂い、マジでヤバい! 食事時だから具体的には、何がどうヤバいのかは伏せるけど、ヤバいんだって!


「あの、ごっちゃん、いったい何を」


「机が他にないから、しょうがないのじゃ」


「でも、そこに座られると、俺が食べれない」


「そっか……。じゃあ、いったん退くから流星が端に詰めるのじゃ。ふたりで座るんだよ」


「ええーっ」


 俺は一つの椅子にごっちゃんと座ることになってしまった。右半尻が半分はみ出しているから、微妙に踏ん張らないといけなくて食べにくい。

 踏ん張っているのはごっちゃんも同じらしく、ふたりの腰が強く押し付けあって、とても柔らかい。


「クラスメイトに、めっちゃ睨まれているんだが」


 俺は意識しまくっていることを悟られないように、口をとがらせてぶっきらぼうに振る舞う。お尻が離れたとはいえ、女子と密着していたら、普通にドギマギしてしまう。


「教師とはいえ、私のような可愛い女の子が自分たちと同年代の男子に密着していれば、気になって当然なんだよ」


「分かっているんだったら離れてくださいよ。俺、微妙な立場だからクラスメイトから、疎外されたらどうするんですか」


「それが狙いじゃ」


 ごっちゃんはソフト麺を美味しそうにつるっとすすった。


「異世界に転移すれば大半の者が異性にモテモテじゃ。しかし、日本にいたころは彼女いない歴イコール年齢じゃろ?」


「俺はそうだけど、みんながみんなそうとは限らないだろ?」


「んー。ラブコメ世界なら少しはモテておったかもしれんのー。けどなー。召喚魔法は、退屈な日常に何かが足りないと感じておるような者を呼ぶのじゃよ」


「そんなことは……」


 ないとは言い切れないな。

 少なくとも俺のリアル生活は充実していなかった。

 友達がいないし、会話相手もいないから、スキルで架空の妹を創ってしまったのだし。


「自分の世界に居場所があるような充実した者は、召喚魔法で呼ぶのは難しいのじゃよ。世界に留まろうとする見えない意志の力が働くからの。その一方で、世界に未練のないものは召喚しやすい」


「どうせ俺も非リア充ですよーだ。彼女いない歴イコール年齢だし」


「ワシと会話したことあるし、ここで失った時間を取り戻せるくらいワシと仲良くすればいいのじゃ。お主はこれからリア充じゃよ」


 ごっちゃんは麺を勢いよくつるっとすすった。


「本当はな、ワシみたいな可愛い子が何十人もおったならな、ひとりひとりにモテモテ実習体験をさせてやれるのだが、な。ワシみたい可愛い美少女は、ワシしかおらんじゃろ? ん? ん?」


 上目づかいで長いまつ毛をぱちぱちしながら、可愛いアピールしてくる。上品に整った顔立ちなのに、子供っぽく表情がころころ変わるというギャップにときめかざるをえない。


「美少女に召喚されたらいちゃいちゃできるとなれば、俄然、学習意欲も湧くんだよ?」


「なるほど。俺がこうやってごっちゃんと小声で秘密トークをしていることが、めぐりめぐって、どこかの異世界で野盗に襲われている姫を救うことに繋がるのか」


「うむ。飲み込みが早くて良いのじゃ。そう、ソフト麺だけに」


「あ、こら、ちゃんと噛みなさい」


「なんじゃー。親みたいな言い方なんだよ」


 あ、つい、架空の妹に接するような口調になってしまった。

 ごっちゃんには生徒として丁寧に接するのか、同年代の女子として距離を置くのか、いまいち距離感を掴みにくいのだ。


「しかし、の、今みたいなのは、ポイント高いぞー。うりうり」


 ごっちゃんが肘で脇をぐりぐりしてきた。なるほど、確かにクラスメイト達の視線に嫉妬だけでなく、若干の殺意が混ざりつつある。

 ごっちゃんの狙いは分かった。

 だからこそ、胸がちくりと痛んだ。

 ごっちゃんが俺と親しくしてくれるのはすべて授業のための、演技なのだ。

 初対面からフレンドリーだったし、話しやすいし、もっと仲良くなれるのかなと期待したんだけどなあ。求められているのは、俺の戦闘能力だ。俺自身じゃない。

 異世界でも、言い寄ってくる美少女はたくさんいた。求めればすぐに恋人になれただろう。けど、それは、俺のスキルや戦闘能力に対する好意だ。俺自身が好かれているわけではない。

 そう。

 俺自身が、上っ面だけを見られているような気がして、他人からの好意を無条件に受け入れることができないのだ。

 好きと言われても納得できないのだ。

 誰か、戦闘能力なんか関係なく、本当の俺を見て好きになってくれないだろうか……。

 俺自身、誰かを本心から好きになったことがない。

 本当は俺も、誰かを好きになりたいんだ。


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