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3.素手での格闘技術を身につけるんだよ!

 二時間目の授業。

 異世界の訓練学校に戸惑いを隠せないままではあったが、俺たちは他にあてもないのだから教師に従うしかない。俺たちは武道場という畳敷きの建物に移動した。まあ、実際には俺たちというより、A組の集団と、やや離れた後ろの俺なんだがな。俺はさっそくぼっちと化している。

 優秀な俺が学級委員長になり、特別扱いを受けているからって、ねたむなよ。まあ、俺は孤独が好きだから問題ないがな。

 武道場で待ち構えていたのは、暴風のような闘気を纏った小柄な拳法家だった。


「道場に入る時は、礼をせんか!」


 気迫の乗った声に、何人かの生徒は物理的な力さえ感じたらしく、一歩、二歩と後ずさった。

 拳法家が着ているのは赤いチャイナドレスだ。深いスリットから太ももがきわどいところまで露出していて大胆……ということはなく、幼児体型なので、あまり色気はない。

 というか、ごっちゃんだ。


「押忍! 全員正座! この講義では、ありとあらゆる格闘技の基本になる身のこなしを覚えてもらう! 押忍! 押忍押忍!」


 ごっちゃんは押忍の掛け声とともに正拳突きを交互に繰りだす。なかなか腰が入って重そうな拳だ。銀色の手甲がキラッと光る。


「弟子どもよ、心せよ! 異世界に召喚された直後は、大抵の場合が無手である! 押忍! 運よく魔方陣の上に召喚されると思うな! 押忍! いきなり目の前にモンスターが迫っておるかもしれん。押ふっ……。けほけほっ」


 喋っている合間に押忍なんて叫びながら正拳突きするから、そりゃあむせるよ。


「モンスターに女の子が襲われている場面に遭遇するかもしれん。そのとき、無手の貴様らはどうする。わが身の可愛さに逃げるのか? 男なら拳で道を切り開け! 押忍!」


 若干頬を朱に染めつつも、ごっちゃんは説明を続ける。


「先ずは基本の型を覚えるのだ! 押忍! これが正拳突き! 押忍! これが前蹴り。押忍!」

 技を披露するごっちゃんに生徒全員が身を乗り出して見入っている。ごっちゃんは真剣な生徒の様子に満足しているのか、声が少し早口で高くなっている。


「押忍! 次は回し蹴り」


「ごっちゃん、ストップ。ちょっと、待って」


 俺は慌てて立ち上がり、ごっちゃんの前で生徒たちの視線を遮るように両腕を開く。


「む。弟子よ。何を邪魔する」


「あの、ごっちゃん、生徒、正座している」


「うむ」


「ごっちゃん、蹴りを披露?」


「うむ」


「女拳法家、チャイナドレス、スリット、太もも、パンチーラ」


「うむ。……う、む?」


 ごっちゃんは腰を見降ろし、自分のスリットを眺めると、顔をチャイナドレスと同じくらい真っ赤にした。


「き、貴様ら、正座ーっ!」


「や、生徒は最初から正座しているから、パンツ見えそうなわけで」


「口答えは許さんのじゃー!」


「あ、また素が出て、ぎゃああっ!」


 ごっちゃんの拳が毒蛇のようにゆらりと揺れて、不規則な軌道で俺の眼前を通り過ぎていった。指先で両目をこするようにして叩く、眼つぶしの高等テクニックだ。

 俺が畳の上でのたうちまわっていると、同じように眼つぶしを食らったらしき生徒の悲鳴が、一つ、また一つと増えていった。

 さっきはぽっちを見ちゃったから甘んじて痛みを受け入れたが、今回は、パンツを拝めていない。未遂なのだから罰を受ける理由はないのだが……!

 涙目になりながらも周囲を見てみると、無残にも三十名のクラスメイトが両目を押さえながらゴロゴロ、イモ洗い状態になっている。

 なんという、地獄絵図!

 残火のような闘志をゆらりと立ち昇らせている女拳法家が中央で背を向けて立っていた。やべえ。まだ怒りがくすぶっているから、死んだふりをしていよう。

 数分後。


「お主たちの格闘術の力量は分かった」


「分かったの?!」


 ごっちゃんは腕を組んでうんうんと頷いている。さっきの一件を、試験だったことにしたいらしい。恥ずかしさで暴走しておいて、いったい、何を見抜いたというのだろう。


「突きや蹴りよりも先に、重心を意識した歩き方を覚えてもらおう。重心のコントロールが完璧になると何ができるか、見せてやろう。目を閉じて歩くから、一番弟子よ、好きなタイミングで私の背中を押して転倒させてみろ」


「はい」


 俺は言われたとおり、ごっちゃんの後を歩く。ごっちゃんの頭は俺の顎の下だし、小さい背中だなあ。押すんじゃなくて抱きつきたくなってくる。


「あ、ところでごっちゃん先生。授業っぽい感じで訓練が進んでいるけど、やっぱ学校みたいに四時間目が終わったら給食があるの? 昨日みたいに弁当が配られるの?」


「うむ。給食があるのじゃ。異世界の食文化に慣れるため、珍しい食品を食べるのだ。食育といってな。食べることも、教育の一環だ」


「なるほど。確かに異世界の宮廷で見慣れない爬虫類の姿焼きやら虫の煮物やらを食べなかったら、相手の不興を買いますしね。ところで、ごっちゃんって、どんな食べ物が好きなんですか?」


「んー。何でも食べるよ? でも、敢えて言うなら――」


 ほいっと、会話で油断を誘って、ごっちゃんのひざの裏を足先でつついてみた。歩行中のひざかっくんは重心が乗っている脚を狙えば確実に相手は転ぶ。

 さすがにごっちゃんなら無様に転倒はしないだろうけど、慌てふためくに違いない。目つぶしを食らった仕返しというか、ちょっとした、いたずら心だったんだ。

 けど、俺の脚が触れる瞬間、ごっちゃんが、振り返ろうとした。

 俺のつま先がごっちゃんの両足の隙間にするっと入って、がっと挟まって、互いの脚がもつれて、俺たちはあっさりと一緒に転倒した。


「むにゃーっ!」


「うわっ!」


「痛た……。何をす……」


「あ……」


 俺はごっちゃんに馬乗りになる姿勢で、ひらたい胸にぺたっと手をついていた。これでもかというくらいお約束のラッキースケベだ。スキル《ラッキースケベ》が発動したのかもしれない……。

 やばい、ごっちゃんはまだ気が動転して目を見開くという第一段階だけど、直ぐに顔が沸騰してしまう。なんとかごまかさないと。

「さすが師匠! 授業をしっかり聞けば、異世界で異性と遭遇した時に、ごく自然にラッキースケベできるようになるんですね! わー。授業に対する熱意が湧いてきた!」


 情けないことに俺の声は自分でもわかるくらい震えていた。ごっちゃんは、目の端に微かに涙を浮かべて、唇をプルプルと揺らしている。


「う、うむ、そうじゃ。この世界で修業を頑張れば、このようにラッキースケベなど思うがままじゃ。マ、マスタークラスになれば、パンツの中に顔を突っ込むくらいのラッキースケベを起こせるようになるのじゃ」


「わー、修行、頑張るぞー」


「ふ、ふふふ、そうだな。熱心な生徒には、倒れた状態で零距離から放つ奥義を教えてやらんと、いかんようじゃな」


「あ、あはは」


 俺は甘んじて罰を受けるために、腹に力を込めて痛みに備え――。


「ごふうっ……」


 ごっちゃんが俺の胸に触れた瞬間、肺を直接押したかのような衝撃が内側からこみ上げてきた。ごっちゃんの上で崩れたら、ますます報復が怖いから、俺は最後の力で横に転がってから悶えることにした。

 どうやらごっちゃんは、格闘技の実力も魔王軍の幹部に匹敵するレベルだ。さすが教師。はんぱない。

 それから俺は、ぼやける意識で授業の様子を眺めた。

 相手の姿が女武道家に見える催眠状態に陥ったクラスメイト達の乱捕り稽古。

 至る所で起こるラッキースケベ。繰り返すが、A組は全員男子だ。

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