2.女騎士が、みんなの実力を見るんだよ
異世界転移から二日目。
学生寮に用意してあったジャージに着替え、俺たちA組三十人は体育館に向かった。
バスケットボールのゴールがあるし、コート用のテープが床に貼ってある。昇降台もあるようだ。どこからどうみても普通の体育館。
最初の訓練を担当するのは、銀色のビキニアーマーを着た女騎士。
女騎士!
思わず二度見したけど、女騎士!
オークにさらわれてエッチな目に遭っちゃう系の女騎士! へそ丸出しだし、細い二の腕も少し上げたら腋が見えそう。
しかし、まるで隙がない。
バスケコートの中央に自然体で立っているようだが、見た目とは裏腹に、周囲の空間を支配しているかのような圧倒的存在感。
鋭いまなざしは常に周囲を窺っている。生徒達もただならぬ気配を感じているのか、無言だ。
しーんとした体育館に、小柄ながら圧倒的な剣気を充満させる達人……!
というか、ごっちゃんだ。
確かにエッチだけど、よく見れば、小学生か中学生が背伸びしてセクシーな水着を着てみましたという、可愛らしい感じだ。
さすがにビキニアーマーは恥ずかしいのか、よく見ると肌色の全身タイツを下に着ている。後頭部にくっついていた大きな蝶々みたいな髪飾りは無い。
「貴様達には先ず剣の扱いを覚えてもらう。このような片手剣は、多くの異世界で貴様達が最初に装備し、最後まで技量を磨くことになる武器だ」
ごっちゃんの口調は、歴戦の女騎士のよう勇ましい。声のひとつひとつにメリハリが利いていて、体育館の空気が引き締まっていくかのようだ。
「伝説の聖剣や魔剣を手にする者もいるだろうが、武器の能力に頼るだけではモンスターには勝てん。貴様たち自身の剣技を磨くのだ」
一部のノリの良い生徒が「はいっ!」と大きな返事をした。
「先ずは貴様たちの実力を見る。我が従者よ、剣を配れ」
ん? ごっちゃんが俺の方をちらちら見てくる。
あっ、従者って俺のことか。初日の身体測定で圧倒的な成績を叩きだした俺は、学級委員長に就任し、ごっちゃんのお手伝いポジションに収まっているのだ。
俺は体育館の隅に有った台車から鋼の剣を生徒に配った。生徒達はみんな、剣の重さに驚いているようだ。俺がひょいっと渡すと、軽い物でも渡されたかのように受け取ろうとし、落としそうになる。そうか、普通の高校生の腕力では重いのか。
「よし、全員、剣を手にしたな。出席番号一番から順に、私にかかってこい。殺すつもりで構わん。全力で挑め」
ごっちゃんは身の丈もありそうな幅広の剣を片手で軽々と構えた。あんなに大きな剣なら重量は相当のはずで、鍛えている人でも片手で持つのは難しいはずだ。やはり、ごっちゃんはただものではない。
異世界の救世主になる存在を育てようとしているのだから、ごっちゃん自身も世界水準の強者なのだろう。
「どうした。出席番号一番、前に出ろ。貴様たちは一か月で一流の勇者や冒険者になるための下地を身につけねばならんのだぞ。尻込みする時間などないぞ! 剣技のスキルを覚えたいなら、異世界に行ってからでは手遅れだ。ここの訓練で覚えていけ。覚えたスキルのみが、後に目覚める!」
ビリビリッと体育館の窓ガラスが震える。これでは学生達は尻込みしてしまうだろう。やはり、誰も名乗り出ない。
ん?
なんかみんな俺の方を向いてひそひそ話をしている。
もしかして、ごっちゃんの剣圧に怯えることなく平然と立っている俺の凄さに驚いている? やべえな、異世界二回目の俺は立っているだけでも周りから称賛されるのか。
昨日の身体測定でも散々驚いてくれたからな。俺、あれでも手加減していたんだぞ。
笑いを堪えていると、ごっちゃんが「あ」と、俺を指さして口を丸くした。
そして視線を重ねて数秒、俺も、ようやく気付いた。赤井だから、俺が一番だ。
「出席番号二番、前に出るのじゃ!」
狼狽えたごっちゃんの口調は女騎士風ではなかった。つまり、周囲のヒソヒソ話も俺への称賛ではなかったようだ。
出席番号二番の生徒が前に出て、しばらく間合いを計るようにゆっくりと進んでから、おっかなびっくりという様子で剣を振った。戦った経験がなくて気が引けているのと、さらに、女性に切りかかることへの抵抗があるのだろう。
ごっちゃんは手先だけで剣を振るい、あっさりと生徒の剣を払いのけた。
「論外だ。このウジ虫め! この場に訓練効率が上がる魔術がかかっているとはいえ、その程度ではいつまで経っても成長できんぞ。本気でかかってこんか! 貴樣らの股間にぶら下がっているものは飾りか! この熟れた肉体を貴様らの汚らしい雄棒でめちゃくちゃにしたくはないのか!」
発奮させるためだろうけど、下品なことを言っている。
ビキニアーマーがずり落ちそうなほど、ぺったん寸胴体型なのに熟れた肉体って、自分で言っていて惨めにならないのだろうか。
「何か言いたげだな、流星よ」
「え?」
まじかよ。この人、背中にも目が付いているのか。
「そうか。生徒たちに貴様が手本を示してやろうというのか」
「えーっ」
「学級委員長に選ばれた実力をクラスメイトに見せつけておか?」
女の子と戦いたくないから俺は断りたいんだけど、現時点でスキルが使えるのは俺だけだろうし、やらないといけないんだろうなあ。
あまり目立ちたくはないけど、クラスメイトに実力を見せつけたくないかと言えば、嘘になる。今のところ、ただ身体能力が優れているだけのやつって思われていそうだし。
軽く実力を見せつけて優越感に浸るのもいいか。
俺は訓練用の剣を手にし、軽く振ってみる。手に馴染ませようとしただけの素振りなのに、風を起こしてしまった。周囲から驚嘆の声が聞えてくる。
「おい、あいつ、この重さの剣を軽々と振っているぞ」
「今の何だ。風の魔法でも使ったのか?」
「剣筋がほとんど見えないぞ」
うん。《片手剣Lv7》のスキルはまだ使えるな。
「くっくっくっ。ワシには分かるのじゃ。お主、何かしらのスキルで剣術の達人になったな?」
「あ、ごっちゃん、素で喋った!」
「うるさい! 覚悟せよ! はあっ」
裂帛の気合いとともに豪速で振り下ろされた剣を俺は自分の剣で受け止め、そのまま力を込めずに受け流す。特に意識せずとも自然と体が動いた。
「ふむ。少し早くしていくぞ」
少し、と言った割にはごっちゃんが巻き起こすのは、さながら銀の竜巻だった。
ごっちゃんの剣とボディーアーマーの銀色が目の前にあることは分かるが、動きが速すぎて輪郭が曖昧になるほどだ。
「えっ。まじ。ごっちゃんって本職の剣士?」
様子見の攻撃からでも分かる。俺が過去に出会った異世界の剣士でも、最上位クラスだ。
しかし、そのすべての斬撃を俺は受け流す。以前の異世界では四本腕の魔王軍幹部の剣をすべて受け流したこともあるくらいだからな。相手の初動で完全に剣の軌道を見きっているから、いくら速くても斬撃が俺に届くことはない。
「さあ、どうした! 流星、貴様のスキルは防御能力だけか? 攻撃したらどうだ」
「いや、見学中の生徒への手本だから。一瞬でケリがついたら勉強にならない。学級委員長として模範になることが求められているなら、それに応えますよ」
「遠慮はいらぬ。達人同士の戦闘は一瞬で終わるもの。それを知ることもまた勉強だ」
なるほど。やれと言われればやるしかない。
俺はごっちゃんの連続攻撃が途切れる一瞬、ほんのわずかな呼吸のタイミングに合わせて、剣を横一線になぎ払う。
ごっちゃんは俺の攻撃を紙一重で避ける。
俺達は一瞬視線を重ねあうと、後ろに跳躍して距離をとる。
演舞と勘違いしたのか、周囲からは拍手が起こった。
凄いなごっちゃん。魔王軍の幹部になれるレベルだぞ。
本気でやらないと決着がつきそうにもないけど、どうする?
俺が悩んでいるとカランカラーンと金属が転がる音。
見下ろすと、ごっちゃんの足元で銀色の丸いものが転がっていた。
もしかして、胸当て? 確認のために視線を上げる。
予想どおり。ごっちゃんは全身肌色のタイツみたいなのを着ているだけなので、胸の中心に二つほど小さな膨らみが見えた。
偶然だ! 俺の《ラッキースケベ》が発動したわけじゃないぞ!
俺の視線に気付いたごっちゃんが「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げると、胸を押さえてへたり込んでしまう。
体育館を揺らす「おおーっ」という叫びは、教官を圧倒した俺に対するもの……じゃないな。
「くそっ、ここからだと距離があってぼっちが見えない!」
「まさか、わざとアーマーを斬ったのか?」
「あれだけの技量をいやらしいことのために使うなんて。アイツ、何者だ!」
俺はジャージの上着を脱いでごっちゃんに渡す。
「ごめんっ!」
恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないし、妹そっくりの女の子の胸ぽっちを男子どもに見せるわけにはいかないのだ。
「ううっ……。流星、酷いんだよ。遅刻だけでなく、こんなことまでするなんて……」
ごっちゃんは襟元をぎゅっとたぐりよせて、プルプルと肩を震わせている。
「す、すみません。これは、手元が狂ってしまって。不幸な事故なんです!」
「ううっ……」
励ますつもりで頭をなでなで。
「何で、そういうことするかなー?! 同じ年齢だけど、私、教師なんじゃよ?!」
こんなにちっちゃいのに、齢いっしょかよ!
「ほんと、ごめん! ごっちゃんの攻撃が凄すぎて、俺はもう防御で手一杯だし、攻撃するスキがまったくないから、もう、ほんと、ぎりぎりの反撃でした。あれ以上続けていたら、絶対に俺の負けだったし、なんというか。ごっちゃん凄い! さすが!」
「うくっ……ぷぷっ……」
ん?
ごっちゃん、泣いてない? 笑ってる?
ごっちゃんはぐわっと立ち上がるとふんぞり返って生徒たちを睥睨する。
「見たであろ! お主らも剣術を究めれば、このように偶然を装って女騎士のビキニアーマーを奪ってらっきーすけべを体験できるのじゃ! お主たちも異世界で女騎士をひん剥きたければ、訓練を頑張るのじゃ!」
生徒たちは感嘆の声を上げ、拍手喝采だ。
「あれ? もしかして、これ、授業の一環だった?」
「うむ。当然じゃ。異世界で戦うだけでは、もちべーしょんが続かぬのじゃ。召喚された者には役得が必要なのじゃ。しかし、らっきーすけべなど、そうそう簡単には起こせぬのじゃ。全員、ふたり一組でかかり稽古じゃ! 相手の姿が女騎士に見える催眠術をかけてやるのじゃ! そのジャージは、すんごい防御力じゃから怪我の心配は要らん。本気で訓練せよ!」
生徒たちがあちこちに散ると、おっかなびっくりだが練習を始めた。本当に訓練相手が女騎士に見えているらしく、胸や下半身へ攻撃が集中しているようだが、大丈夫か?
俺は首筋が赤くなっている教官殿とふたりきりになり、壁際から訓練の様子を眺める。
「何処まで狙いどおりなんです?」
「ぜ、ぜんぶに決まっておる! 別にお主のスキルが予想以上に凄かったから、つい、避ける目測を誤ったわけじゃないんだから!」
うわー。首の赤色がだんだんと顔にも回ってきて、ほっぺが暖房電源ONみたいになってるよ。
「な、なんじゃ、その目、疑っておるな! むにゃー!」
ごっちゃんがポカポカと殴りかかってきた。あ、いや、そんなことより先に貸したジャージの胸元を閉じてよ。胸元のぽっちがチラチラと見えそうで……。
「どこを……見て顔を赤く……ん? ぎゃあーっ!」
「ぎゃあーっ!」
ごっちゃんの神速の眼つぶしをくらって、俺は痛みで仰け反った。トタトタと逃げ出す足音が聞こえる。
不可抗力とはいえ、ぽっちを見てしまったのだから仕方ない。
しばらくして目の痛みが回復した俺は、体育館の光景を把握すると、そっと目を閉じた。
相手の姿が女騎士に見えている生徒達がラッキースケベを起こしまくっているせいで、地獄のような光景が広がっているんだけど、どうすんの。
後に聞いたところによると、モンスター学校のオークやゴブリンの実技実習も悲惨なことになるらしい。