高尾のウチ
冴島がくれた歌について、帰ってから詳しく調べてみた。
つっても、ネットでのにわか知識だけどな。知っていたことがほとんどだったが、新しく得たものもあった。
歌の作者は、式子内親王という平安時代のお姫様だ。彼女は斎院と言って賀茂神社に奉仕する神職に就いていた。それは清らかな乙女にしかできない仕事で、彼女は恋愛も結婚も出来なかったんだ。
だからこそ、許されない恋を歌ったのだろうか。
相手とされるのはこれまた有名な歌人、藤原定家だ。
後世にはこの悲恋を扱う舞台もあって、それが少しオカルトチックで気が重くなる。
式子の亡き後、定家は初恋の彼女を想いすぎて、その思念が葛となって式子の墓に絡まり一緒になろうとするんだ。その葛は刈っても抜いてもまた蔓延り、式子の成仏を邪魔する。とんだストーカー行為に坊さんもお手上げだ。
……ふたりは両想いだったという説もある。
冴島は自分の気持ちを式子内親王の歌にたとえたけど、定家葛のことは知っていたんだろうか。
ネットでそれらを調べていく途中、よくあるお祓いとかの業者ページも出てくるわけだけど、理不尽系ホラー映画に出てくる、都市伝説とか呪いって、大抵お祓いの意味ないよな。
だから、全く興味なかったんだが、「呪いなんて、閉じ籠れば大丈夫。ヒキニート最強」って書いてあるサイトが気になって、覗いてみることにした。
…………………。
これは。もしこれが本当なら、運が良ければ予言にある死を回避できるかもしれない。
思えば、冴島の行動は正しかったんだ。
だが、あと一歩だった。
あのアプリに提示される死の予言は、あふれんばかりの悪意に満ちている。だから、『死にかた』の予言を回避するためにはこのサイトにある通り、徹底的にやらないと。曖昧で付け入る隙があれば、予言は必ずそこを通してくる。俺には分かる。
なんてったって、あの死の予言自体が曲解に曲解を重ねたようなもんだからな……。
もう遅いかもしれない。けど、これを誰かに伝えないといけないと思った。そう、たとえば学校の裏サイトとか……。
けど、何が悪かったかひどい目眩がして、俺は目を開けていられなくなった。どこかで俺を呼ぶ声がするのに、それが誰なのかもわからない。俺はそっと意識を手放していた。
気がつくと、自分の家ではない見慣れた天井があった。嗅ぎ慣れた布団の匂い……俺の武術の師匠でもある高尾の爺様のウチだ。爺様はこの辺り一帯を面倒見てる寺の僧で、高尾の親父さんも、お義兄さんもお兄さんも坊さんだ。俺も、小さい頃から何度となくここで世話になっている。
しかし、なんで自宅でぶっ倒れたのに、高尾の家で世話になってるんだろうか。俺は布団の中で首を傾げた。
「……寝直すか」
「起きろボケ。飯食え」
「あ? ゴリラ?」
「あン!?」
大きな音を立てて障子が開く。俺は見下ろしてくるガチギレ顔の高尾。
先に目を逸らしたのはあいつの方だった。
「チッ!」
盛大に舌打ちをして、お盆を茶卓に置く馬鹿。高尾の母ちゃん手製の晩飯は、一汁三菜にメインがついててかなり豪華だ。今日はさんまの塩焼きか。元から食が細い俺にはかなり多いんだよなぁ。今、絶食がたたってあんまり食えないし。
膳を前にして手を付けない俺に、ゴリラはまたもや舌打ちをした。
「またブッ倒れやがって。そのまま死ぬ気か、コラ?」
は? 説教かよ?
「あんな犬っころか死んだくらいで、そこまで思い詰めてんじゃねぇよ! いつまで……」
「おい」
「あ?」
「犬っころって、何だよ……」
まさか、まさか冴島のことじゃないよな?
頭がキンキンに冷えて、心臓まで凍りつきそうだ。違うって言え。頼むから。
「ハッ、犬みたいにオマエになついてた、あの冴島って奴に決まってんだろ?」
「っ!」
「裏庭に墓でも立ててやれよ。それで気が済むんならな」
「てめぇええ!」
俺は高尾に飛び掛かった。それを利用して投げられる、が、それは当然。俺は投げられるに任せて着地の用意をしていた。俺を投げたせいで軸がブレている高尾の腰を目掛けて、肩から突っ込んだ。
下手くそが!!
投げたくらいで体軸が揺らぐからオマエは弱いんだよ!
受け身くらいは取れるだろうと、思いきり畳に叩きつけたら、頭も少し打っていたみたいだった。小さく呻いている。サボり過ぎだ、阿呆。
「取り消せ、高尾!」
「ヤだね! っとぉ!!」
「!」
今度は襟首を引っ掴まれた俺が下になるように組み敷かれた。クソッ、馬鹿力がっ!
高尾は全体で俺を潰して、右手の掌底で俺の額を割る勢いで押さえている。俺の右手を折れるくらいに握りしめながら。
「んなガリッガリの体で、俺を抑えこめると思うなよ!? おら、抵抗してみろや!」
「ぅぐっ! 重い…んだよ、ゴリラ野…郎…!」
「あ? 痛いのが好きなんだろ? 自分で自分虐めて、死にそうな面さらしてんじゃねぇぞ、ドマゾ野郎が! そんなに死にたきゃ、今すぐ俺が殺してやろうか!?」
「っざけ、んな…!」
俺は右手は押し潰されていたが、左手は高尾の体の下にあるだけで、引き抜くことが可能だった。右を警戒しすぎで詰めが甘いわ!
うつ伏せで両腕極ってたら足技かヘッドバットしか無かったが、向かい合わせだったのが俺を有利にしている。
左手で狙うのは目。
目潰しを避けようと、高尾は転がった。
間抜け! 避けて頭突きするとこだろうが、そこは!
すかさず高尾の上に乗り、浴衣の合わせをぎゅうぎゅうに絞って酸素を絶つ。上手い具合に高尾の右肘が俺の膝の下にあった。
俺は舌なめずりすると、腰を入れて高尾を抑え、手に力を入れた。高尾の左手が俺の体のあちこちを攻撃する。太ももには爪が食い込み、きっと血も出ていることだろう。痛みはある。だが、体は絶対に動かさない。殴られても、引っ掻かれてもな。
俺はね、やられるよりやる方が好きなんだよ、決まってんだろ。強い側に立つために修行してんだ。マゾじゃねえ。
やがて高尾の抵抗が止んだ。
フーッ…、フーッ…
……俺の荒い息だけが聞こえる。
高尾の顔はもう真っ赤を通り越して紫がかっている。このまま絞め落としてやろうか。…いや、やめておこう。
「学校でも、もう、声かけてくんな……」
俺は浴衣を緩めて高尾を解放した。
奴が咳き込んで、のたうち回ってる間に、鞄を掴んで部屋を出る。高尾の怒声だけが俺に追い付く。
「勝ち逃げなんて許さねぇぞ!! オマエは俺が必ずブッ壊す!!」
……知ったことか、くそったれ。