今日の死にかた占っchao!
『古賀 正芳:5月28日 午前11時52分
死にかた:ベアハッグで潰されchao!』
赤松と佐竹はスマホの画面を覗いて顔を見合わせた。
「ベアハッグってなんだよ……。これじゃあ、あいつだけ死なないんじゃん。やっぱ、あいつがやったんじゃね?」
「赤松、駅前だ。あそこには熊の像が立ってただろ?」
「それだ! あいつを駅に引き摺ってってやる! それで、呪いなんてもんがホントにあんのか確かめてやろうじゃねぇか!」
「……おい! いい加減にしろ、オマエらぁ!」
「なっ、タカオくんはどっちの味方なんだよォ!」
「クッソ! どけ!」
「タカオくんっ!」
「あっ、古賀がいねぇ!」
「ホントだ、どこに行きやがった、あいつ!」
走り出した高尾の背中を、愕然とした思いで見送った赤松と佐竹は目的の古賀が居なくなっていることに気が付いた。
「どうする?」
「手分けして探すしかねぇ!」
「タカオくんは駅に向かったぜ? 俺は駅に行くわ」
「くそ、おれは会館に戻る。墨染、おまえどうする?」
しゃがみこんで啜り泣く墨染は返事をしない。赤松は舌打ちし、無言で会館へ走った。佐竹も去り、一人になった墨染は呟く。
「拓哉ぁ……」
涙で色褪せた恋人の名前を…。
※※※
高尾は走りながら時計を確認し、舌打ちした。古賀の死の予言まで、あと25分……。
合図は通じた。古賀はどこへ逃げる?
(とにかくこいつから離れねぇと電話もできやしねぇ)
後ろから追いかけてきている佐竹を振り切る勢いで、高尾は駅に向かっていた。あの予言めいた占い結果を見た高尾の頭にも、まずひらめいたのがあの駅前の熊の彫像だった。
古賀が赤松に捕まったとしても、彫像の前で待ち伏せしていればどうとでもなる。本当なら赤松も佐竹も引き剥がして、古賀をすぐに帰宅させたいところだが、どいつもこいつも素直に言うことを聞くような殊勝な性格はしていない。
高尾が最後に頼れるとすれば、自分相手に「古賀は俺が守る」だなんて言い放った、藪というヤツくらいだった。
(アイツが古賀と上手く合流してくれれば、あるいは……)
寺の息子である高尾は、滅多にやらない神頼みとやらをするのだった。
※※※
高尾の合図で抜け出した俺は、思うように動かない体で会館まで戻ろうとしていた。その途中に藪の奴と鉢合わせする。
「藪! 頼みがある」
「ああ。高尾からの伝言受けて急いで来たんだ。お前が、リンチされるかもって」
「その高尾なんだよ、問題は。あいつを早く家に帰さねぇと……。けど、とりあえず俺もここから離れなきゃ」
「とりあえず、どっかで落ち合うって話か? それなら、学校か駅へ行こうぜ」
「……駅だな」
ちらっと見えた高尾の予言。あれはヤバイ。予言の時刻は午前11時52分…か? 車の事故だ……外に居ると確実にヤバイ。俺はアラームをセットした。
この世界のすべては、観測者が居なければ何者も存在しないと同じことだと言ったのは誰だっけ? 現実なんて、誰かが「これはこうだ」と認識するからこそ確かなものになるに過ぎない。このクソッタレの呪いも同じ、誰かが噂に踊らされて「死ぬに違いない!」と信じてしまう、だから死ぬ。
けど、『死にかた』にはまだ破る方法がある。それが、時間、だ!
あの死の予言には決まった時刻がある。指定されたその時刻に、死亡理由にある出来事から完全に遠ざかっていれば死なない。死ぬ理由がない! つまり、高尾の場合なら、車との接触を避ければ勝ちだ。
……冴島も、橘も。救えたかもしれなかった。
だからこそ、高尾は死なせねえ!
俺は藪に肩を支えられながら、タクシーを探した。このところ棺桶に片足突っ込んだ生活だったから、歩き詰めはキツイんだ。走るなんて無理。
「見つけたぞ古賀ぁ!」
「げ、赤松。藪、タクシーは?」
「あ、おーい、こっちこっち!」
さっきからタクシーを拾おうと手を上げていた藪のおかげで、赤松に追いつかれるギリギリで間に合った。藪は俺を押し込んで言う。
「古賀、先行け。すみません、駅まで。オレは良いんで出してください」
「はいはい。ロータリーで? それともビル?」
「どっちでも……いや、ロータリーで!」
運転手の質問に、俺は答えた。駅ビルの方より、ロータリーの方が見晴らしがいい。それに、目立つ熊の彫像のおかげで待ち合わせもしやすいしな。タクシーが動く頃には、赤松が追いついてきていたが、藪がそれを止めてくれていた。
俺は震える手で高尾の番号を呼び出す。だが、繋がらない……。腕時計は11時35分。何で電話に出ないんだ、高尾!
※※※
――11時42分
高尾は駅前広場の熊の像の前に居た。スマホを見て、古賀からの着信に気が付く。最初の発信時刻が11時35分、そこから三件続けて掛かってきていた電話に、高尾は思わず笑みをこぼした。
どうやらまだ捕まってはいないようだ。どこかに隠れていてさえくれればいい。時間が過ぎ去るまで、隠れて居ればいいのだ。あのふざけた占いの時間が過ぎても古賀が見つからなければ、赤松たちも諦めるだろう。
「もしもし、高尾?」
「おう、無事みたいだな」
「オマエ、ちょっとの間トイレにでも隠れてろ!」
「はぁっ!? オマエこそ隠れてろやぁ!」
「何でだよ!? もう、いっそ屋内ならどこでも良い! 車に気を付けてくれよな。おもちゃ売り場とか覗くなよ?」
「覗くかぁっ!! オマエこそクマの……!」
がしゃんっと破滅の音を立てて、高尾の手から弾き落とされたスマホは地面にキスをした。あまりに情熱的過ぎて、それだけで死んでしまったようだ。
「……佐竹ェ!!」
高尾の横に立っていたのは、肩で息をしている佐竹だった。どちらもお互いを今すぐ殺しそうな、憎しみの表情を浮かべて、二人は睨み合う。
「タカオ…くんっ、何で、あいつ、かばうんだよ!」
「かばってねえ」
「ってんだろ!! あいつが橘を殺したんだぞ……!」
「ちげぇよ。ありゃ事故だったんだ」
「信じられない! 橘だって幼馴染だったのに、橘よりあいつを取るのかよ!?」
「落ち着けよ、佐竹。何言ってんのか分かんねぇよ!」
※※※
「切れたっ!?」
慌てて掛け直すが繋がらない。ったく、あいつ今どこだ? いや、焦っても仕方がない。落ち着いてよく考えろ……あいつは最後に何て言ってた?
クマ……。そうか、小学生の頃よくクマの像の前で待ち合わせしたっけ。高尾は俺と合流するつもりだったのかもしれん。駅中に入れば車にはねられることはないし、大丈夫だよな。そういえば俺に出た占い結果、まだ聞いてないな、俺。
ふっとクラクションの音に窓の外を見る。タクシーが動いてない。いや、タクシーだけじゃなく全体が詰まっていた。
「えっと、何で進まないんですかね?」
「さぁねぇ。事故でもあったかね」
突然の通知音にスマホを見ると、前に無理やり追加された橘からのものだった。内容は――
「おいおい、勘弁しろ…」
送られてきたスクリーンショットは二枚。墨染のものと、俺のもの……。
時刻は11時45分。
※※※
佐竹と高尾は睨み合いを続けていた。
「もう、他に誰も納得するような答えない……だろ? タカオくんは信じてないんだったら、何で邪魔するんだよ……!」
佐竹は泣きそうな声で呻いた。
「……オマエらが納得するかなんて興味ねぇな。どうせ赤松と二人で古賀ボコって憂さ晴らししてぇだけだろーが」
佐竹が答えられないのは、佐竹はともかく赤松がそのつもりだからか。高尾は、人を食ったようなとぼけた表情で立っている熊の像に蹴りを入れた。そこへ、聞き慣れた怒鳴り声が飛び込んでくる。
「佐竹ぇ! なにしてんだ、おまえ!」
「赤松! お前こそ、古賀はっ?」
「ハァッ、ハァッ、あいつタクシーで、こっち来たろ……」
「来てない」
高尾が振り向くとそこには、息を切らせた赤松と藪がいた。赤松が叫ぶ。
「藪! どういうこった!」
「……駅、向かうって…。来てねぇの?」
「チッ、スマホ貸せ!」
高尾は藪から奪うようにスマホを受け取り、古賀の番号を呼び出す。それを見た赤松は疲れきった体でそれを阻止しようとし、佐竹もまた同様に、そして藪は高尾を二人から守ろうと体を割り込ませる。
(クソ、早く出ろ……。駅から離れろ、正芳!)
長いコール音の末、ようやく繋がる。高尾は赤松を抑えながら叫んだ。
「おい、俺だ!」
『……高尾!?』
「……高尾!?」
「っ!」
「古賀ぁあ!!」
スマホからのものと背後のもの、重なって聞こえる二つの声。赤松が吠えた。
※※※
藪からの電話に出ると何故か高尾の声がした。それも、すぐ近くに。そして赤松が叫んだ。熊の彫像の前で揉めている集団、あいつらだったのか。慌ててスマホの表示を見ると、残り一分切ってる。おいおい、もう時間が無いぞ。
「おい、とりあえずここから離れろ! 話は聞くから! なっ?」
「てめぇ……!」
掴みかかってこようとする赤松を高尾の奴がシャツを掴んで止める。どうでもいいから、頼むから早くここから離れてくれ……!
ブー――ッと、けたたましいクラクションが鳴り響く。見ると、クマのマークの配送車が道を外れて猛スピードで高尾達に向かっていた。……運転手、くそ、突っ伏してやがる!? 俺は高尾を、藪を助けようと飛び出した。あれは俺の死の予言だ! 誰も巻き込ませない……!
そのとき、悲鳴を上げる群衆の中で、泣きそうな顔の冴島が俺を制止しようと腕を振るのが横目で見えた。……ごめんな。
地面を蹴って、跳んだ。高尾を突き飛ばそうと手を伸ばしたのに、その瞬間、高尾は逆に俺を投げ飛ばした。宙に浮かぶ感覚。それは一瞬のことだったに違いないのに、何故かすべてがゆっくりとして見えた。
藪は高尾の腕で吹っ飛ばされ、俺とは別方向に倒れていく。赤松、佐竹は、突然のことに驚き固まっていた。俺は、腹の底から叫んだ。頼む、どうにか間に合ってくれ……そして、時間が元の速さに戻った。
高尾……あの、馬鹿野郎が……!
トラックはあいつらを撥ねてもそれでも止まらず、駅ビルに突っ込んでいた。どうして、こんなことになっちまったんだ? あれは俺への死の予言だった筈なのに。ふと、頭上に影を感じて見上げた。高尾、か……?
違う。
それはゆっくりと倒れてくる熊の彫像だった。誰かの悲鳴が遠くに聞こえる。
……ああ、予言は、覆せない。何故って、俺が自分で死地に飛び込んだからだ。
「高尾、冴島……ごめん」
熊野郎に抱かれて、俺は青空を見上げていた。体から大切な何かが零れていくのが分かる。痛みももう感じない……。腕時計のアラームが、11時52分を告げていた。