葬儀
杉野はあれからすぐ看護師に見つかって追い払われた。面会時間がどうのと言っていたが、おそらくそればっかりじゃないだろう。その夜も俺はひとり病室で過ごし、朝になって退院した。
橘の通夜は実家で行われたが、葬儀は学校の最寄り駅の近くにある会館で行われる。友達に見送ってほしいという、じいさんの願いらしい。
高尾からメールが来ていた。葬儀が終わったら、あいつが墨染たちを抑えている内にさっさと帰れ、だと。もちろんそうさせてもらうつもりだが、実際にどうなるかはわからねぇな。
この後、俺は一人、新幹線で二時間の距離にある爺ちゃんの家に行かされることになっている。もうここには帰ってこない。……高尾と藪に何て言おうか。特に、高尾だ。ライバルで、幼馴染みで、気付いたらいつも一緒に居た。馴れ合ってたわけじゃない。ただ、もうあの顔も見れなくなると思うと調子が狂っちまう。
母親が一緒に行くと言って聞かないので、タクシーで会館まで運んでもらった。藪と上手く合流出来れば良いんだが。きょろきょろしていたら、向こうから見つけてくれた。
「おい、こっちこっち」
「おう、おはよ」
「早すぎだろ、もうちょいギリギリで来りゃよかったのに」
「ん。まぁな。でも、最後まで居られないかもしんないし」
「……そっか」
お前がそんな顔すんなよ。
俺よりデカい図体でさ。まるで俺が泣かしたみたいじゃん。藪の肩を抱いて背中をポンポンと叩いてやると、あの野郎、俺の肩に顔を埋めて涙を拭いやがった。……鼻水つけてたらキレるからな。
結局、危惧していたような事態は起こらず、葬儀は滞りなく行われた。遺影の中のあいつは、はにかみ笑いをしていて、あんな顔見たことないと思ったら、なんか、鼻が痛くなった。
橘の棺は打ち付けられていて、直接顔を見ることは出来なかったけど、ちゃんと焼香したから、お別れになったろう。母親は近所の人に挨拶をしに、藪はトイレに行った。もうすぐ焼き場へのバスが出る。先公たちは生徒を誘導して、帰らせようとしていた。
「てめぇ! よくも顔出せたな!」
「………」
高尾の取り巻きだ。なら、赤松か佐竹かどっちかだな。つーか、いつもコンビでいるからどっちがどっちかわからねぇよ。
「こんなトコで騒ぐな」
「なにを!?」
俺は無言で二軒隣のコンビニを顎で示した。そこなら先公がいないからな。俺がコンビニに向かい始めるとそいつは慌ててついて来た。
「待てよ! ……あ、佐竹? おれだけど、横のコンビニ……」
ツレを呼んでやがる。仲良いね。
……高尾は、どう出るか。自力で解決出来るように祈るとするか。
程なくして俺に声を掛けてきた赤松、呼び出された佐竹、墨染が俺を取り囲んだ。その後ろに控えるようにして立つ高尾……。ゴリラの目は「なんでバックレなかったんだ」と俺を批難していた。
「おい、橘に謝れよ、ヒトゴロシ野郎!」
「殺してねぇよ」
「あん?」
「だから、殺してねぇだろ、ただの事故だ」
「このっ、こいつぅ……!」
「よせ、墨染……!」
髪を振り乱して今にも俺に飛びかかってきそうな女子生徒を、高尾が腕を掴んで赤松達の後ろに引き戻す。
最初に声をかけてきた煩い方、赤松がスマホを俺に見せつけながら吠える。
「なぁ、このアプリ、これが原因で橘死んだんだろ? これ、おまえが仕組んだんじゃねぇの?」
「違う」
「はっ、どうだか。おまえの所為だと思ってるやつは多いぜ?」
「俺の友達も死んだ。俺がそんなことする筈ないだろ?」
「嘘だっ、ホントはタカオくん殺すつもりが、間違って冴島コロしちゃったんでしょ? それで、次はアタシらもコロすんだ! 拓哉から始めたんでしょ!? そうなんでしょ!」
「……その女、病院連れてった方が良いよ」
「なんだと!?」
「てめぇ!」
親切に助言してやったのに、取り巻き連中を怒らせてしまった。何なんだ、いったい。
「おまえの所為じゃないってんなら、ここに名前入れてみろよ、死神野郎!」
赤松の馬鹿が、スマホを見せてくる。画面は『死にかた』の名前入力フォームだ。……ちっ、ド低脳どもが。イライラする……。
「……なぁ、関係ないだろ、それ」
「怖いのかよ? びびってんのかよ!?」
「はぁ……。俺がそれに名前入れて、死んだら無実で、死ななかったら犯人ってコトだろーが。とんだ魔女裁判だな、このイカレポンチ」
「なっ!?」
「良いぜ、入れてやんよ。その代わり、俺が入れたらお前も入れろよ?」
「えっ……ヤ、ヤだよ!」
「腰抜けが……」
俺がスマホを受け取ろうとすると、馬鹿が一歩下がる。口を開かねぇが佐竹は迷っているみたいだ。
「ほら」
「近づくな、“死神”! お、おれが入れてやる!」
「はぁ? 俺の名前なら自分で入れる! 貸せ!」
「チッ、オマエら、もうヤメロ!」
高尾が俺たちの間に入ってきた。そのゴツい腕で無理やり退がらせられる。
「こんな下らねえコト、もうどうだっていい。ほら、これのこったろ? 俺が入れてやるよ」
「やめろ、高尾!」
「タカオくんっ!!」
止めようと手を伸ばした時には既に、占い結果を表示する音がしていた。高尾は、俺達に画面を見せた。その文字は、赤かった……。
「こんなもん、嘘っぱちだ」
「だとしても、……ばかやろう」
高尾は、画面を消してスマホを制服のズボンに仕舞った。平気な顔しやがって。大馬鹿野郎だよ、おまえ。
「おまえ、その画面もっとよく見せろ!」
「んで……なんでタカオくんまで……!? こいつが悪いんだよ!? 拓哉、こいつのせいで死んじゃったんだよ!?」
「事故だったんだ……」
ぎゃんぎゃん泣き喚く墨染の肩に手を乗せ、高尾が諭す。そんなことより、おまえは自分のことを気にかけろ。と、墨染が急に何かに気付いたみたいに、自分のスマホを見た。顔色が変わる。
「うそ…うそ……ヤだっ!!」
投げ捨てられたスマホがカタンッと音を立ててアスファルトに落ちる。明るい画面に、『死にかた』の占い結果が映し出されている。
赤い……。
「墨染、お前っ!」
「だって、だってぇ……!」
高尾に両肩をぐっと挟まれ、墨染は泣きじゃくっていた。赤松と佐竹が落ちたスマホを拾い上げている。高尾の目配せで俺はゆっくり後ずさった。今の内に離れろってことだ。
そうだな、落ち着くための時間が必要だ。大事なのは占った赤文字の結果だけだ。