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疑い

 他人ん家のトイレでグロッキーになっていた俺を拾いに来たのは高尾だった。その表情で、こいつもまた橘の死を知ったのだと理解した。俺達三人、母親の腹の中にいた頃からの付き合いだ。高尾のじいちゃんの道場で足並み揃えて修行してた時期もある。


「正芳」

「……電話、聞こえてたわ。間違いねぇんだな」


 立ち尽くす高尾のデカい手の中で、冗談みたいに小さなスマホが震えていた。


「出なくていいのかよ」

「……かってる。オマエは寝てろや、ガリガリ眼鏡」

「今眼鏡かけてねーわクソゴリラ」


 ぐいっと腕を捕まれ立たされる。問答無用かよ。そもそもなんで俺はこいつの家に居んだろな? 爺様とはまだ一度も会えてねぇし。


 まさか親に何かあったんじゃないかと、僅かな不安が蛇のように鎌首をもたげてる。だが、それならそうと最初に言われる筈だ。その辺は長い付き合いだから分かってる。


「なぁ、何で俺はここに居るんだ? 今何が起こってる? ……あいつは、何で死んだんだ」

「寝てろ。車出せるようになったらすぐ出る」

「はっ、どこ行くんだよ」


 高尾は俺の質問に答えなかった。けど、行き先はすぐにわかった。俺はまた病院へ逆戻り。今度は個室に押し込まれて、栄養剤の点滴を受けることになった。


 入院と聞いて、正直ちょっとホッとしてた。もう時間の感覚もわからなくなってたからな。親父達にとっても親戚連中との話し合いが終わるまで安心できる場所に隔離しときたいって思惑があったんだろう。そのための高尾のウチであり、病院であるというわけだ。


 その判断は正解で、俺は担ぎ込まれてからまた眠り続けて、気がついたら次の日だった。病院食も喉を通らず、ベッコウ飴ばかり食っている。


 橘が死んだのは早朝だったそうだ。あの電話で言っていた通り、橘はじいさんの畑の裏にある消火用水池の中に居た。ゴミを取る棒つき網の柄を握りしめていた格好から、落とした網を拾おうとして足を滑らせたんじゃないか、って。

 

 すぐに見つかって、病院に運ばれたがダメだった。遺体は司法解剖に回されて、家に帰れたのは日が変わった今日のことだ。これから夕方からの通夜には親父と母親だけ参加することになる。俺がお別れを言えるのは、明日の葬式で、だな。


 こんなつまんねえ死にかたしやがって。クソ、橘の大馬鹿野郎……。


 横になってスマホを眺めていた俺は、開けっ放しの病室の戸をノックする音にハッとした。個室ではあるが起きている間はそのままにしていたものだ。そこには灰色スーツの男が一人。


「どうも、今少しよろしいでしょうか」

「お久しぶりです」

「覚えていてくれましたか。古賀君」


 そう、俺はこいつを知っている。以前に俺に話を聞きに来た、刑事ではない警察官。若い方は杉野さん、だったかな。今日は一人きり、か?


「今日は一人ですよ」

「あ、そうですか」


 俺の視線から考えを読んだのか、杉野さんは言った。この間はおじさんばっかり喋ってて、あんまり印象に残っていなかったんだけど、お兄さんもなかなかどうして、優秀らしい。


「あ、中、入りますか?」

「よろしければ」


 先日と同じく、にこりともしない。ベッドを下りようとすると、「そのままで」と制止された。杉野さんは部屋の隅から背もたれのない丸椅子を持ってきて、ベッドの脇、俺の自然な視線の先に座った。


「体調は、いかがですか」

「特に問題ありませんよ。周りが大げさなだけです。まー、胃が食べ物を受け付けないんで、点滴は助かってますけどね」

「そう、ですか」


 俺が管の刺さったままの腕を見せると、杉野さんは形だけの同情を見せた。眼鏡の奥の目は無感情のままなんだよな、このお兄さん。最初に会ったときも胡散臭い目で俺のこと見てたし。


「今日お話ししようと思っていることは、もしかしたらもう聞いているかもしれませんが……」

「橘のことだろ」

「ええ、そうです」


 橘とは幼馴染だ、俺が知らない筈がないと向こうも踏んでいたんだろう、驚いていなかった。だが、次の言葉が出てこない。何から話すか迷っているようにも見える。杉野さんはスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作した。


「失礼、見せたいものがあります」

「なんだよ、もしかしてあのアプリかよ」

「そう、あの、アプリです。私は見つけられませんでしたが……。これを見てください」


 そう言って、見せられた画面にはスクリーンショットが映されていた。


『橘 拓哉:5月26日 午前05時09分 

 死にかた:お水飲みすぎchao!』


「……っ、あの、馬鹿……!」

「死因は、そう、溺死です」


 知ってる。

 あいつの死を聞いたときから、このアプリを試した可能性を考えていた。あいつは威勢だきゃ良いけど臆病で、あれだけ脅しておけばきっとやらないと思ってた。それなのにどうして、手を出しちまったのか。


「この画面は橘君のスマートフォンから、墨染さんに送られたものです」

「ああ、なるほどね……」

「君はこれが本当にアプリのせいだと思いますか?」

「分からない。だが、実際にこうして死んでる。『吉備津の釜』だよ……クソ、いまいましい」

「何……?」


 もしも呪いがあるとして、呪いは、解けない。だから本当は関わらねぇのが一番だ。けど、やり過ごすことならできたかもしれない……。そう、あの時、俺があいつの死の予言の内容を知っていれば。間に合っていたかもしれないんだ!


「君は何を知っているんですか、古賀君。君が、今、一番事件の核心に近い。警察は君の関与を疑っています」

「は?」

「昨日のその時刻、君はどこに居ましたか?」

「え……ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

「君には動機がある。被害者を殺すと仄めかしたのを聞いている人間が居るんだ」

「杉野さん、あんた、俺がアプリにかこつけて身近な人間を殺して回ってるって、そう言いたいわけ?」


 自分でもヒートアップしすぎたと思ったか、杉野さんはハッと口を閉じた。


「……そうは言っていません。しかし、君は何かを知っている。知っていて、黙っているのではないですか?」

「俺は殺してない。俺の地元は、カメラはあんまり普及してないけど、代わりにいつだって誰かの目がある。その辺は聞けばハッキリするはずだ。……橘のことは可哀想だけど、不幸な事故だったんだと思います」

「次にまた同じようなことが起こったとして、君は本心からそう言えるのですか?」

「アプリなんてやらなきゃ良い。そしたら事故は起きない。誰かが『死にかた』をやろうとするなら、俺はめます。あんたも、止めなきゃいけない立場の人間ですよね?」

「…………」


 その答えは、俺が期待していたのとは違うものだった。

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