橘 拓哉
「なぁ～にが、『名前入れたら、死ぬ』だ！ ばっかじゃね？」
まだあどけなさの残る顔に嘲りを浮かべ、橘 拓哉は笑った。
手にしたスマホには例のアプリ、『今日の死にかた占っchao！』のスタート画面が表示されている。
拓哉はこんなアプリの噂なんて信じていなかった。こんなの、信じているヤツの方がどうかしている。だが、赤松や佐竹をからかったり、桜にいい格好してみせるためだけに、かなり時間と手間をかけて探したのだ。
(せっかく見つけてきたのに「消せ」なんてさ。いくらタカオくんの言うことだって、聞けることと聞けないことがあるし！)
唇を尖らせてごちゃごちゃとしたアプリの画面を睨みつける拓哉。彼は同い年だがえらく喧嘩の強い高尾に心酔しているのだ。
同時に嫌なことも思い出す。拓哉が高尾にキツく言い含められたのは古賀 正芳のせいだという思いがあったからだ。
（クソ！ みんな、アイツに騙されてる！ ちょっと頭と要領が良いからって優等生みたいに言われてっけど、口も悪いし、笑いながらオレらの肩を外してくるイカれたヤツなのに……)
拓哉は憤懣やるかたないといった表情で、スマホの画面を見た。今、ちょうど『死にかた』を開いている。ふと、彼の脳裏に悪戯めいた考えが浮かんだ。
「へへ、古賀の名前、入れちゃおうかな」
古賀の名前を打ち込んで、結果をスクリーンショットで保存してから裏サイトに載せてやるのはどうだろうか、と拓哉は考えた。みんな驚くだろうし、古賀のヤツが見たらビビるだろうな、と。
「アイツの泣き顔が見られるなら、一発殴られてやってもいーや」
そんな事を考えもする。だが……。
すぐにダメだと思い返す。これはリスクが高すぎる。誰がやったかバレたら、古賀に殴られるだけではすまない。高尾を失望させてしまうだろうし、学校からも処分が下るかもしれない。
そうなったら、いくら自分に甘い祖父とはいえいい顔をしないだろう。拓哉が高校生の身分でバイトもせずに遊んでいられるのは、祖父の援助が大きい。小遣いを減額されたり車を出してもらったり、その他諸々の恩恵がなくなってしまうと、今の快適な生活が消えてしまうのだ。
「やめやめ！」
拓哉はスマホをジーンズのポケットに突っ込んだ。
そろそろ彼の祖父が畑仕事を手伝ってくれと言い出す時間だ。彼の祖父が働き出すのは五時から。この時期はもうかなり明るい。いつも休日は昼近くまで寝ている拓哉だが、今日ばかりは行かないといけない。
手伝いをすることで追加の小遣いを得ないと、もうすぐやって来る桜の誕生日プレゼントが買えなくなってしまう。シルバーのペアリングを買ってやると約束したのだ。そのとき、階下から声がかかる。
「おーい、拓哉ぁ」
「じいちゃん！ 今行く！」
拓哉はもう一度スマホをフリックし、入力画面に『橘 拓哉』と入れた。すぐに結果が出る。
「ぷっ！ 赤字ぃ！ 本当は全部の結果が赤いんだろ？」
スクリーンショットの軽快な音が静かな部屋に響く。まずは桜に。それから……
「拓哉ぁ？」
「すぐ、行くから！」
他のヤツにはまた後で自慢しようと思い直し、拓哉はスマホをジーンズの尻ポケットに突っ込んで部屋を飛び出した。
※※※
俺が怒りのあまり軋む廊下をドスドス歩いていたとき、居間の方から高尾の母ちゃんの声がした。
「あら、橘さん……え、なんですって？ それはまた、大変なことで…」
（橘？ 誰か、死んだか…）
この辺で橘と言えば、あのバカの家のことだ。橘の一族も高尾の家に劣らず大家族だが、向こうは年寄りが多い。去年も確か、曾祖母だか曾祖母の妹だかが亡くなっていた。
「まさか拓哉くんが……」
「！」
「ええ、ええ……。そう、溜め池で……。あまりご自分を責められちゃいけませんよ。まさか、こんなことになるなんて誰も思わなかったでしょう。連絡は、はい、任せてください。今は拓哉くんが帰ってくるのを待ちましょう……」
ガツンと
頭を殴られたような
そんな気がした。
橘が、死んだ？
なんで？
溜め池って、あの裏のか。
人間って、ホント簡単に死ぬのな。
冴島の驚いたまま固まった死に顔が思い浮かんだ。それと同時に、どうしようもない腹の引き攣れと吐き気が襲ってきて、俺はトイレに駆け込んだ。
